歌が聞こえる
今までに比べて短い&微妙なところで終わっていますが、どうぞよろしくお願いします。
ローダム海峡海軍基地に到着した次の日。リアノーラは早速捜査を開始した。本当は昨日からやりたかったのだが、本人の体調が芳しくなかったのだから仕方がない。王都ロザリカで魔法戦を行ってそう立たないうちに海軍基地に移動したため、移動中に汽車に酔ったのだ。乗り物酔いはしないタイプなのだが、あの時はよっぽど体調が悪かったのだろうと思う。
とはいえ、1日寝たらすっきりと回復したリアノーラだ。今朝は快調である。そんな彼女はエドワード、アーサーの2人を連れて謎の沈没を遂げた戦艦ガラハッドに乗り込んでいた。この戦艦は捜査終了後、破棄するらしい。戦艦一隻にいくらすると思っているのだろうか。しかし、1度沈んだものを引き上げているため、ところどころさびてはいる。そんな危ないものを軍人に使えとは言えない。
戦艦ガラハッドが謎の沈没をしたのは約ひと月前の1月7日。完全に沈んでから引き揚げたが、死傷者はいなかったらしい。座礁したわけでもないし、ますます深まる沈没の謎。
一通り戦艦を見回って艦橋に戻り、案内してくれた海軍兵が尋ねてきた。
「……あのぅ。何か分かりましたか?」
そう尋ねてきた軍人はまだ少年といっていい年頃だ。リアノーラとさほど年は変わらないだろう。たぶん、年が近いということで案内役に抜擢されたのだろう。侮られたとは考えない。
「んー。さすがに時間がたちすぎているからかしら。よくわからなかったわ」
「……そうですか」
リアノーラが困ったように微笑むと、海軍の少年は失望したように肩を落とした。申し訳ない。しかし、魔術はそんなに万能ではないんだぞ。
「そういえば、あなたは歌が聞こえるっていう噂、聞いた?」
何気ない風を装い、人のよさそうな笑みを浮かべてリアノーラは少年に尋ねた。彼は少し顔を赤くして視線を逸らした。
「ええっと。はい。自分はその歌も聞いたので……」
「お話、詳しく聞かせてもらえる?」
リアノーラがずいっと身を乗り出すと、少年はその勢いにのまれたように身を後ろに下がらせた。リアノーラの肩をエドワードとアーサーが両側からつかむ。
「相手を怖がらせるな」
「リアノーラ様。穏便に」
ひどい言いがかりをつける2人にひとまず逆らうことはやめ(文句は後で!)、リアノーラは少年に先を促した。
「その歌って、どんなの?」
リアノーラは2人に肩をつかまれたまま尋ねた。すごい執念だな、と突っ込まれたが、やはり気にしないことにする。少年はビビりつつも答えた。
「えっとですね。自分的には歌って言うよりも音楽って感じに聞こえました。歌ってるというより、音楽を奏でてるって感じで」
「……なるほど」
リアノーラは顎に指を当てて首をかしげた。アーサーは肩から手を放してくれたが、エドワードには信用されていないらしく、一方の手首は彼にがっちりつかまれていた。
「何か分かったのか」
「手を放してくれたら教えるわ」
「特にわからなかったんだな。よくわかった」
リアノーラはギュッと眉をひそめた。振り返ってエドワードを見上げるが、彼は少し目を細めるにとどまった。リアノーラはぐっと唇を引き結んだあと、ふと思いついて尋ねた。
「エド。何か楽器弾ける?」
「俺? ヴァイオリンなら弾けるけど」
おお。さすがは貴族の令息。この基地の司令官であるリプセット侯爵も、息子にはちゃんと楽器を弾けるように家庭教師をつけていたようだ。貴族にとって一種類以上の楽器が弾けることは当たり前のことなのだ。
「アーサーは?」
「私は何も引けませんよ。タンバリンくらいです」
それもどんなだ。苦笑して答えるアーサーに、リアノーラは「そうなの」と特に失望もせずにうなずいた。アーサーは貴族出身ではなく、平民出身ですからね。身分的には騎士侯になるらしいけど。アルビオンでは騎士侯身分が飽和状態である。
「ちなみに、そこの彼は?」
話を振られた少年軍人はびくっとした。……別に驚かれるようなことを聞いた覚えはないんですけど。
「じ、自分も楽器などは……」
「うん。期待してなかったからいいわよ」
あっさりリアノーラがうなずくと、少年はがっくり肩を落とした。エドワードがリアノーラの手首をつかむ手に力を込める。わかってますよ。さすがにちょっとは反省してる。
「……で。俺らに楽器弾かせて、どうする気だ」
ガラハッドから降りたところでエドワードが尋ねた。リアノーラはうん、とひとつうなずく。
「ちょっと思ったから試してみたいだけなんだけど、歌が聞こえるなら、音楽につられて何か現れないかなぁって」
「……それに、魔力霊感なしの俺が付き合わされるわけか……」
「いやならいいわよ」
リアノーラはさらりと言ってのけた。それでも付き合ってくれるのがエドワードだ。彼の優しさに甘えることになるが、1人になるなと言ったのは彼の方なので、付き合っていただく。
「でも、どこから楽器を確保してくるんですか」
アーサーが現実的な問題を示した。リアノーラは間抜けに「あ」と口を開けた。
「……あれなら父に聞いてくるぞ」
「おお。さすがは司令官の息子」
リアノーラは衝動的にエドワードに飛びつこうとしたが、抱きつく前に肩をつかまれた。そのまま体を反転させられ、アーサーに預けられた。
「アーサーさん。俺、ちょっと父のとこ行ってくるんで、こいつが妙なことをしないように見張っててください」
「わかりました」
妙なことってなんだ。今度はアーサーに見張られるらしい。私、どれだけ信用がないのだろうか。
2・3歩行きかけたエドワードだが、一度リアノーラの方を振り返った。
「リア。お前、何の楽器がいい?」
「ハープ」
「……デカくねぇ?」
「じゃあ、私もヴァイオリンかヴィオラで」
「ん。了解」
話がまとまったところで、エドワードが司令官室のある建物に向かって歩き出す。リアノーラはアーサーと並んで海の方を眺めた。
「この入り江は、波が穏やかですね」
アーサーがぽつりと言った。リアノーラは首をかしげる。
「そうなの?」
「ええ。まあ、入り江というのは波が穏やかな傾向がありますが、このあたりの海域は荒れていることで有名なのですよ。だから、ちょっと意外で」
沖の方に行くと、荒れているのかもしれませんね、というアーサーの言葉に、リアノーラは素直にうなずいた。
「へぇ~」
リアノーラの感心したような様子に、アーサーが驚いた様子を見せる。リアノーラはぴくっと眉を吊り上げた。
「何よ」
「いえ。リアノーラ様でも知らないことはあるのだなと思いまして」
「っていうか私、海を見るのも初めてだわ」
「! そうなのですか!?」
リアノーラはずっと王都に暮らしている。シェフィールドやベイリアルに行ったことはあるが、海に来たのは初めてだ。フェアファンクス公爵領も海に面していない。湖ならあるけど。だから、リアノーラは泳げなかったりする。
くだらない雑談をしていると、エドワードが戻ってきた。手にふたつヴァイオリンケースを下げている。この基地では、リアノーラたちは全員私服で過ごしているが、帯剣はしている。その姿にヴァイオリンケースはミスマッチなようで妙にマッチしていておかしかった。
「お帰り。お疲れ様」
「ああ。ヴァイオリンを2丁借りてきたぞ」
「というか、そんなもの、軍事基地においてあるんですね」
アーサーがまともなツッコミを入れた。確かにそうだ。ここは海軍基地である。
「海軍の音楽隊が使っているそうだ」
エドワードの冷静な返答に、リアノーラとアーサーは目を見合わせた。たぶん、2人は同じことを思っている。
「……その音楽隊、機能しているの?」
「さあ?」
ですよねー。軍人には平民が多いし、楽器が弾ける人がそれほど多いとは思えない。まあ、女性なら、ピアノ、ヴァイオリンくらい弾けるかもしれないが、海軍にはすがすがしいまでに女性がいない。音楽隊が機能しているとは思えなかった。
エドワードからケースを受け取り、ヴァイオリンを取り出す。ものはよさそうだが……。
「…………」
リアノーラは弦に弓を当ててそっと音を奏でようと、した。
「………………」
沈黙。何とも言えない音がした。ギーッという音でないだけましか。絶対調律してないよね、これ。
というわけで、チューニングから始めることにした。弦も弓も傷んでないし、音がずれているだけだろう。
何とか普通の音が出るようになったところで、リアノーラはエドワードに尋ねた。
「何弾ける?」
「……まあ、練習曲とか、そんなに難しくない曲なら。俺、そんなにうまくないし」
「じゃあ、『古き戦場のアリア』は弾ける?」
「弾けるけど、お前、選曲がシュールだな」
「この場所にピッタリでしょう」
ここはかつて戦場になった場所。『古き戦場のアリア』はふさわしく思えた。その名の通り、戦場の曲だ。ちなみに、本来はヴァイオリン3重奏である。
妙に軽やかな『古き戦場のアリア』を聞きつけ、暇な軍人がちらほら集まってきた。エドワードの音がずれているが、それはご愛嬌である。エリスとキャルヴィンも野次馬をすり抜けてこちらに近づいてきた。まあ、海軍基地で何やってるの、って感じではある。
「アーサーさん。この2人、何やってるんですか」
エリスが海の方を眺めていたアーサーに尋ねた。別に、アーサーは他人のふりをしていたわけではなく、海の方に変化がないか見ていただけだ。今までの調査で、海の方に何らかの問題があるとはっきりしていた。
「リアノーラ様の『こっちも音楽を奏でておびき寄せてみよう』作戦です」
「……リアらしいね」
エリスはあきれたようにそれだけ言った。付き合わされているエドワードを哀れそうに見る。リアノーラは少し顔をしかめた。その拍子に音調が少し乱れた。
「あ、あれ、なんですかね」
キャルヴィンの声に、リアノーラとエドワードが反応した。リアノーラは何とか弾き続けたが、エドワードの手は完全に止まった。
「ちなみにエド。見えてる?」
「いや」
リアノーラも手を止めて尋ねると、首を左右に振られた。「エリスは?」と確認すると、「なんかいるのはわかる」と言われた。
「うん。見えないなら、見えない方がいいと思うわ」
リアノーラはそういうと、海の方に視線を戻した。
そこには、びしょ濡れになった幽霊たちが集まっていた。岸には上がれないようだ。海上をふよふよ浮いている。ここまで幽霊っぽい幽霊に出会ったのは、リアノーラも初めてだ。
「……エリス。調査資料は見せてもらえた?」
「え? うん。特にめぼしい情報はなかったけど……」
「……まあ、普通、人間って自分の目で見たものしか信じないものねぇ」
目で見えない力を持つリアノーラは苦笑気味に言った。おそらく、調査資料には書かれていない事実が多数あるはずだ。リアノーラは初めから調査資料を『参考程度』にしか思っていない。
リアノーラはヴァイオリンを片付け、ケースを両手で持つと、集まっている野次馬ににっこり笑いかけた。中には幽霊のいる方を見て顔をひきつらせている人がいるから、見える人もいるのだろう。
「ご静聴、ありがとうございました。皆様、お仕事に戻っていただいて結構ですよ」
遠まわしに『仕事に戻れ、この先を見るな』というと、命令されることに慣れた軍人たちの半分はいなくなった。だが、半分は残っている。その中の1人が近づいてきてリアノーラに尋ねた。
「あの、お嬢様」
「はい」
「あれ……どうするつもりですか?」
どうやら、彼は見える人間らしい。
「除霊します」
「……」
にっこり笑って言うとその軍人は何とも言えない表情になった。あ、信じてないな。
「大丈夫ですよ。少なくとも、陸には上がれないみたいですから」
「……俺ら、海軍なんですけど」
そういえばそうでした。
リアノーラは笑ってごまかした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。本当に文才がほしいです。




