ローダム海峡海軍基地
話がかなりオカルト方面に向かっています。
アルビオン王国には騎士団と軍が存在する。主に、騎士団は貴人の護衛を、軍は国防をつかさどる。宮廷魔術師は独立した組織成る。ちなみに。
軍はさらに陸軍、海軍に分かれる。そのうち空軍というのが現れるかもしれないが、今はない。空で戦闘を行うすべがないからだ。
さて。現在、エドワードは父であるクライド・リプセット侯爵が司令官を務める海軍基地、ローダム海峡海軍基地を訪れていた。別に父の職場見学に来たわけではなく、ちゃんとした理由があってここにいる。
ただし、目的を達成できそうかは怪しい。なぜなら、目的完遂のために必要な人材であるリアノーラの体調が悪いからだ。
ここまで汽車で来たのだが、王都を出る前から彼女は機嫌が悪かった。いや、機嫌が悪いくらいは問題ない。ただ、もともと体調不良だったのもあるだろうが、彼女が汽車に思いっきり酔ってしまった。この基地についてからも彼女の顔は真っ青で、治る様子がなかったので、今は基地内にある部屋で休んでいる。
「エド。リアノーラ嬢の様子はどうだ?」
不意に声がかかってそちらを見ると、父のクラウドが近くまで来ていた。窓から海を眺めていたエドワードは立ち上がって言う。
「今は寝ています。だいぶ落ち着いたみたいです」
「彼女、体が弱かったか?」
「体が弱いのは彼女の姉のユーフェミアのほうです。リアは強いですよ、どっちかっていうと。まあ、今回はめぐりあわせが悪かったというか」
そう。フェナ・スクール中等部・高等部校舎で魔法戦を繰り広げてすぐにこの海軍基地に来ることになった。そのため、体力等が回復していなかったのだろう。丈夫だといっても、それは常識の範囲内での話だ。リアノーラに対して常識、という言葉を使うのはなんだか変な感じがする。
しかも、学校の1階の床が抜けてしまったため、反省文を書かされた。これは大公セレスト以外、全員書かされているが、直接の原因と思われるリアノーラは、よりノルマが多かったのだ。
「たぶん、明日にはケロッとしていると思うので、大丈夫です」
彼女の今までの行動パターンから見るに、1日ぐっすり寝れば問題なく活動できるだろう。病を得たわけではなく、魔力不足と乗り物酔いが体調不良の主な原因だからだ。魔力不足はそう簡単に解決しないだろうが、気を付けていれば大丈夫なレベルではあるらしい。これは、一緒に来たアーサーの言だ。
「それで、エド。お前は何か不自然なことは見つけたか?」
「父上。俺、魔力とかそういうの、ないですよ。当たり前ですけど、霊感もありません」
そういえばそうだったか、とクライドは思い出してくれたようだ。頼むから、息子のことくらい把握しておいてくれ。たぶん、この調子だとリアノーラの父であるアルヴィンの方がエドワードについて詳しい可能性がある。
「じゃあ、そういう超常現象的なもの以外でもいい」
そういわれて、エドワードは思わず悩んだ。何か違和感はあったか? そもそも普通の軍事基地を知らないのでわからない。
ので、違うことを言った。
「そういえば、全然関係ないですけど、この辺、波は穏やかですね」
少し入り江になっているこの辺りは割と波が穏やかだ。リアノーラに付き合って一緒に覚えたローダム海峡海軍基地の報告書では、かなり潮流の速いところだと聞いていたのだが。
「ああ。このあたりはな。もう少し沖の方……入り江の入り口あたりに行くと、かなり潮の流れが速い。お前もうっかり行くなよ」
「行きませんよ」
と、答えながら、リアノーラならいくかもしれないと思い、その時は全力で止めよう、と決意した。なにしろ、墓を掘り返す女だからな、彼女は。事件解決のためには潮流の速いあたりまで行ってしまうかもしれない、ということだ。
「むしろ、父上は何か気付いたことはないんですか?」
クライドはエドワードたちが来るより先に、宮廷魔術師とともに一通り幽霊云々について調べたはずだ。それにしても、最近、妙に幽霊に縁があるな。見えないはずなのに。
エドワードの問い返しに、クライドは腕を組んでしばらく考え、それから思い出したように言った。
「そういえば、歌が聞こえるって言ってる兵がいたな。新兵なんだが」
騎士もそうだが、軍人には成人する16歳からなれる。そのため、エドワードより年下の軍人も普通に存在する。そして、その歌が聞こえるといった新兵は16歳なのだそうだ。リアノーラと同い年。
リアノーラといえば、今、一緒に来ているエリスに見張られて眠っているはずだが、あの2人がこの基地に来た時の関心度はすごかった。エリスは男だが、見た目だけならリアノーラ以上の美女だ。
そう。軍には、騎士団に比べて女性が少ない。特に、海軍基地で女性を見るのは給仕や掃除洗濯などを手伝ってくれている人だけだ。大体が近くの町の女性だったりする。そのため、平均年齢が高い。
だから、海軍の軍人どもは、美人の登場に浮かれたのだ。まあ、性別:男のエリスはともかく、曲がりなりにも性別:女のリアノーラはちゃんと見ておこうと思う。彼女が何かされる可能性だけではなく、彼女が何かをする可能性もある。そうなった場合、対象となった軍人は心に消えない傷を負う可能性がある。それはいただけない。
まあ、それはともかく。
「歌、ですか」
やはり専門外だな、とエドワードは思う。ここはリアノーラや宮廷魔術師たちに頼るしかなさそうだ。どうして自分が連れてこられたのかいまいちわからないエドワードである。
歌は女性の声らしいので、兵士が歌っているわけではないのだろう。エドワードはとりあえず、クライドに許可をもらって情報収集に入ることにした。先に来ている宮廷魔術師も行っただろうが、一応確認がてら自分でも行ってみることにした。
とは思ったものの、みんなエドワードがクライドの息子だと知ると、かしこまった口調になって思ったほど話してくれない。同じくらいの年齢の自分なら話してくれるかもしれないと考えていたエドワードはひそかにショックを受けた。
そして翌日。思った通りというかお約束というか、リアノーラはけろりとした表情で朝食を食べていた。エリスとアーサーの間にはさまれている。
「あ、エド。おはよう」
「おはよう」
エドワードは苦笑気味に言うと、3人の向かい側に座る、先に来ていた宮廷魔術師の隣に座った。
「リア。もういいのか」
「ええ。悪かったわね。こうなったらとっとと解決して帰るわよ」
リアノーラは妙なやる気を見せると、にっこり笑った。
「大体の事情はキャルから聞いたけど、ほかに何か分かった? 昨日、嗅ぎまわってたんでしょ」
キャル、というのはキャルヴィンの愛称なのだろう。エドワードの隣の宮廷魔術師の名がキャルヴィン・マイアルというのだ。
「いや……俺が父の息子だってわかると、みんな話してくれないんだよな……」
「わかるわ、その微妙な気持ち」
ため息をつきそうなエドワードに、リアノーラは同情の意を示した。彼女も宰相の娘だから、気持ちがわかるのかもしれない。
「やっぱりここは、リア様がにこにこ笑って情報を引き出すしかないと思うんですよ」
キャルヴィンが楽しそうに言うが、リアノーラは首を左右に振った。
「それはエリスに任せるわ。私は戦艦の方を調べに入る」
「なるほど。お供しま」
「キャルはエリスと一緒に情報収集。エドとアーサーがついてきて。異論はある?」
どこまでも調子のよいキャルヴィンの言葉を切り捨てると、リアノーラは4人を見渡して尋ねた。エドワード、エリス、アーサーは了解とばかりにうなずいた。ここでは彼女がリーダーだ。彼女に従う。
「私はリアの代わりに情報を集めればいいんだよね?」
エリスがリアノーラの顔を覗き込むようにしながら言った。リアノーラがうなずく。
「そうよ。なにを聞けばいいかは、キャルがわかってるはずだから」
「了解。……で、私には女性の振りをしろと」
「いつも通り話してればばれないわよ。エリスって名前も、男女どっちでも通じるし」
「……そうだね」
エリスは苦笑して引き下がった。もしかして、彼はこのために連れてこられたのだろうか。だとしたら不憫なような気がする。まあ、確かに実際に女性を連れてくるより安心だけど。
とりあえず簡単な役割分担を終えたところで、現在わかっている情報の整理に入る。
「えーっと。戦艦ガラハッドが沈没したのが今から4週間前の1月7日。今が2月1日だから、ずいぶんたっちゃったわね」
そればっかりは、王都でも騒ぎが起こっていたのだから仕方がない。こちらの騒ぎはほとんど実害が出ていないので、後回しにされても仕方がない。ただ、幽霊が出る、と軍人たちがビビッているだけだ。
「そのあと、すぐに引き上げたみたいですね。ちなみに、巻き込まれた人はいません。沈没するまでの間に、みんな逃げられたみたいですからね」
キャルヴィンも補足とばかりに言った。リアノーラが首をかしげる。
「幽霊騒ぎは、戦艦沈没より前からあったのよね?」
「……って、父上は言ってたけどな」
一瞬、自分に同意を求められていると気付かなくて、少し間を開けてしまったエドワードである。ふと、父がリアノーラに「祈らせよう」としていたのを思い出す。……うん。やっぱり、彼女は祈るのではなく武力で駆逐する気がする。
「ってことは、何かきっかけとなることがあったのかしら……でも、もう1か月近くたってるし、今から捜査してもよくわからないでしょうね」
「ああ、それなんですけど」
キャルヴィンが思い出したように口をはさんだ。彼の言葉に耳を傾ける。
「軍でもやっぱり、捜査はしたみたいで、当時の捜査資料が残っているそうです。俺には見せてもらえなかったんですけど、ナイツ・オブ・ラウンドの皆さんなら」
「なるほど。エリス、ついでに見てきてくれる? もし拒否されたら、私かエドの名前を出して」
「了解。任せて」
エリスがきれいな顔にきれいな笑みを浮かべてうなずいた。人の名前を勝手に使わせようとするな、とツッコミを入れようかと思ったが、やめておいた。エドワードがこの基地の司令官の息子なのは変えられないからだ。司令官の息子の名前を出されれば、資料を保管しているものも拒否できないだろう。
「情報収集するのはいいですが、リアノーラ様自身は何か気になることはないのですか」
ずっと黙っていたアーサーが尋ねた。リアノーラはからりと笑い、あっけらかんとして言った。
「体調悪くてボーっとしてたからわからない。あは」
あは、じゃないだろ。たぶん、この場にいた全員が心の中でツッコんだが、賢明にも誰も口にはしなかった。
話を戻して。
「この基地の軍人たちは、歌が聞こえるって言ってるらしいぞ」
「え、なにそれ」
エドワードの言葉にエリスが首をかしげた。キャルヴィンも首をかしげているのを見るに、彼もその情報は収集されていなかったらしい。もしかしたら、聞こえる、と思った人も、空耳だとか、何かの電波障害だとか思っていたのかもしれない。
「キャル。あなたは聞いたことないの?」
「かれこれ3週間はこの基地にいますけど、聞いたことはないですね」
「ちなみに、キャルは何歳?」
「今年で26ですね」
「なるほど」
きゅっとリアノーラが眉をひそめる。何か思うところがあるのだろうか。エリスが首をかしげて尋ねた。
「年齢が関係あるの?」
「さあ。参考までに」
リアノーラは苦笑気味に答えた。それから肩をすくめる。
「歌って言えば、セイレーンだけど」
「セイレーン……新古代語か。アルビオン語でサイレンであってるか?」
確認のために尋ねると、リアノーラがうなずいた。
「サイレン……セイレーンでもいいですけど、架空の生き物ですよね?」
「ええ。そうね。伝説は残っているけど、実際にいた証拠はないわね」
リアノーラは自分で言っておきながら、アーサーの言葉も肯定した。エドワードはにわかに混乱する。
「……どういう意味だ?」
「セイレーンはただの伝説上の生き物に過ぎないっていうこと。実際にはいないと、私も思うわ。でも、幽霊は存在する」
どうやら、リアノーラの中で幽霊の存在は確定されているらしい。リアノーラの『幽霊肯定説』はエドワードも聞いたが、あの時は「存在は否定できない」というレベルだったはずだ。
「リアの理論だと、サイレンの存在も否定できないんじゃないのか?」
「いいえ。セイレーンはいないと思う」
「理由は?」
「セイレーンがいると考えるより、幽霊がやったと考える方が自然だからよ」
どっちも自然じゃないから。自信満々なリアノーラの理論に水を差す気はないが、魔法というものの理解が浅いエドワードとエリスは苦笑することになった。
とりあえず、リアノーラの理論で話を進めよう。
「ということは、リアノーラ様は今回の戦艦沈没も幽霊の仕業だと考えているんですね?」
「だと思うわ。このあたり、戦場だったこともあるはずだから、幽霊がいてもそんなに不自然じゃないと思うの」
幽霊という存在自体が不自然だよ。そう思わないではないが、やはり黙っておく。幽霊と言えるかはわからないが、精神体なるものが存在することを知ったばかりでもある。
「でも、その歌が聞こえるっていうのは気になるわね……聞こえる人と聞こえない人がいるの?」
「父は聞こえないって言ってたけどな」
「で、キャルも聞いたことはないと。やはり年齢? モスキート音じゃあるまいし」
「モスキート音って何?」
「超音波の一種」
エリスの問いにリアノーラは簡単に答えた。簡単すぎるきらいがないでもないが、間違いでもないので放っておく。しかし、モスキート音は最近発見……というか開発されたばかりなのに、リアノーラは何故知っているのだろうか。
「ほかに共有しておいた方がいい情報は思いつく?」
その問いには全員が首を左右に振った。リアノーラは最後ににっこり笑って言った。
「じゃあ、捜査開始と行きましょうか」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
この世界では幽霊はいるそうです。精神体があるなら、幽霊もありかな、と。




