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LOST SPELL  作者: 雲居瑞香
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始末書と書いて反省文と読む


「う~。終わらない~」


 リアノーラは珍しく泣きそうな声で言った。泣きごとだ。フェナ・スクールの地下での1件から3日後のことである。学校が終わった放課後、リアノーラはナイツ・オブ・ラウンドの事務室で始末書に取り組んでいた。向かい側にはエドワードが座っている。エリスはさっさと始末書を書き終えて宿舎に帰ってしまった。アーサーも書き終えていた。昨日までは一緒だったのだが。ちなみに、ベイリアル大公セレストは特におとがめなしで領地に帰って行った。


 そんなわけで、学校生活のあるリアノーラとエドワードはこうして放課後にちまちま始末書を書いている。一応あれは政府から正式に依頼された仕事だが、何しろ、やりすぎた。


「……まさか、1階の床が抜けるなんて、思わないじゃないのよ……」


 そう。1階の床、つまり、地下室がつぶれたのだ。今、復旧作業中で立ち入り禁止。フェナ・スクールに通うリアノーラはその光景を実際に見ていた。さすがに申し訳なく思う。だが、リアノーラがやったとはなから思われているのは心外である。

 ちなみに、床崩落の時に気を失っていたウェンディはセレストと同じくおとがめなしだった。不平等。


「……まあ、地下室であれだけ暴れたからな」


 エドワードが冷静に意見を返す。リアノーラはふてくされてティーカップを引き寄せた。リアノーラは両手でカップを持ち、エドワードに言った。

「エド、別に私に付き合わなくてもいいのよ? エドなら、すぐに始末書書き終わるだろうし……私、文章構成とか苦手で」

「理系のセリフだな」

 そういうエドワードは文系だった。その時、リアノーラの頭が思いっきりはたかれた。


「いった!」

「しゃべってる暇があったら、手を動かせ、このバカ娘」

「お父様、ひどーい」


 そう言いながら、リアノーラは手を動かす。右手だから書きにくい。リアノーラは本来左利きである。いつの間にか背後に立っていた宰相=父を見て、リアノーラは言う。

「鏡文字はダメ?」

「当たり前だ」

 左手で書くと、インクがかすれるのだ。鏡文字は右から左に描くもので、通常とは逆向きになる。読みにくい。

「お前、ちょっとはエドワードを見習え。おとなしくしろ。だれに似たんだ」

 最近、アルヴィンのお小言が多い気がする……そんなことは口に出さず、リアノーラはおどけるように言った。

「私的には、お父様7割、お母様3割くらいだと思うんだけど……」

 アルヴィンがまたリアノーラの頭をたたく。一応書類を丸めたものだが、痛いものは痛い。

「でも、実際リアはアルヴィン様に似てると、いって」

 アルヴィンがエドワードも叩く。自分の子ではないから、若干弱めだが。

「お父様、私が似てるとそんなにいやなわけ」

「そういうわけではないが……つい」

「……」

 リアノーラとエドワードは顔を見合わせた。リアノーラはこの時、確信する。


 絶対私、お父様に似たんだ……!


「ああ、そうそう。リア、明後日、ローダム海軍基地に出張だ」


 さらなるアルヴィンの無情な言葉を聞いて、リアノーラは悲鳴を上げた。

「ちょっとぉっ! 聞いてないわよ!」

「今言ったからな。一応、宮廷魔術師を派遣しているが、対処不能らしい」

「なにそれっ! 私は魔術事件なら何でも解決できるわけじゃないのよっ」

 リアノーラは全能ではない。当然だ。彼女も人間なのだから。しかも、3日前にフェナ・スクール地下での事件。そのまま今度は海軍基地に行けと? 何の嫌がらせだ、それ。しかも、また幽霊事件関連か!

 娘の嘆きっぷりを、さすがに哀れに思ったのかアルヴィンが少し沈黙をはさんでから尋ねた。


「……まあ、お前以外に対処できるやつがいれば、そいつを派遣するが。心当たりはあるか?」


 ちらっとリアノーラの脳裏に学校の友人であるアレクシアの顔が浮かんだ。しかし、彼女は火力特化型の魔術師。魔女、と言い換えてもいい。リアノーラは結局頭を左右に振る。

「わかったわ……私が行くわ」

 思いつかないのだから仕方がない。リアノーラはあきらめてため息をついた。それを見て憐れむように苦笑したエドワードに、アルヴィンはさらに無情に告げた。


「お前も行くんだぞ、エドワード」

「ええっ!? 俺……私もですか!?」

「お前の父親の基地だろうが」


 そういえばそうだった。ローダム海峡海軍基地の司令官は彼の父親だ。お互い、父親に振り回されている感じがある。いつもはリアノーラが振り回している方なのだが、どうしてこうなった。

 って、ちょっと待て。実に父にもリアノーラにもその父にもそれどころか主君にすら振り回されているエドワードは、ひょっとしなくても不幸体質なのだろうか。


 ……うん。考えるのはやめておこう。本人がそう思っていないのに、不幸だと決めつけて憐れむのは彼を貶める行為だ。と、思う。


「俺、幽霊とか見えないんですけど」

「大丈夫だ。私も見えん」

「いや、そんな問題じゃないですって」


 父とエドワードが会話している間に、リアノーラはポリポリと始末書、というか反省文を書き続ける。どうにか今日中には終わりそうだ。

 魔力と霊感は比例するわけではない。幽霊はアストラル体だ。そのため、アストラルサイド、つまり精神感応系の魔術を得意とするリアノーラは幽霊が見える。かなり霊感は強いといっていいだろう。


 最近、思うのだが、幽霊が見える、見えないは霊感というよりも、透視系能力があるかどうかの問題なのではないだろうか。遠隔透視、通常の透視、過去視、未来視。どれでもいいが、その能力がある人は幽霊が見えやすい……かもしれない。そういった能力を持った人を、リアノーラは自分以外に知らないから確かめようがない。セレンディのレオンティーヌ王女あたりに聞いてみればいいのかもしれないけど。


「リア」

「うん?」


 しばらく思考の世界に浸っていたリアノーラは、名前を呼ばれて現実に帰ってきた。手元に書類が増えている。

「……なにこれ」

 嫌な予感を覚えつつ、リアノーラは尋ねた。アルヴィンはあっけらかんとして言ってのけた。

「ローダム海峡海軍基地の資料だ。覚えろよ」

「……」

 リアノーラは言葉もなく机に突っ伏した。もう少しで始末書(反省文)を書き終えそうだと思ったら、これか。

「リア、俺も付き合うからそんな落ち込むなって」

 エドワードが向かい側から突っ伏したリアノーラの頭をなでる。


 うん。やっぱり私、お父様の子供だわ。ちょっとSっ気があるところとか、もう否定できないわ。




* + 〇 + *



 アメリア=リプセットは今年で12歳になる。リプセット侯爵家の長女だ。彼女には1人の兄と、1人の弟、1人の妹がいた。

 アメリアの兄エドワードは、アメリアたちとは母親の違う兄弟だ。前のリプセット侯爵夫人であったエドワードの母が亡くなり、後妻としてアメリアたちの母ポーラが侯爵に嫁いだ。……らしい。

 まあ、血が半分しかつながっていないとか、そういうのは関係なく、アメリアはあのことが好きだった。だから、その日の夜、エントランスのほうから兄の声が聞こえてきて、そちらに向かったのはほぼ条件反射といえる。


「――――というわけで、父上の基地に出張してくるので、家のことはお願いします」

「わかったわ。気を付けてね、エドワード」


 エドワードと母のポーラの声だ。どうやら、兄が王都を離れるらしい。出張といっているから、すぐに帰ってくるだろう。兄のエドワードはまだ学生だし。

 少し気になってひょこっと顔をのぞかせると、エントランスにいるのは2人だけではなかった。厚手の外套を着た旅装の女性がエドワードの隣に立っていた。銀色がかった亜麻色の長い髪が神秘的である。


「――っ!」


 こっそりとのぞいていたアメリアは、その女性と目があった。あわてて顔を引っ込めたが、気になってもう一度覗く。その女性は、やはりこちらを見ていた。

 女性、と言ったが、正面から見るとかなり若く見える。エドワードより年下に見える。少なくとも、10代だと思われる。だが、12歳のアメリアにはひどく大人に見えた。


「リアノーラさん。どうかしましたか?」


 母のポーラが女性の様子に気づいたらしく、尋ねた。彼女の視線を追ったエドワードがアメリアのほうを見る。彼は微笑むと、手招きした。ああっ、うちのお兄様、かっこいい!

 アメリアはポーラの隣に並んだ。


「リア、妹のアメリア。エイミー、俺の同僚のリアノーラ=フェアファンクス」


 エドワードが簡単に紹介した。リアノーラ嬢はその整った顔に気持ちのいい笑顔を浮かべて「初めまして、アメリア」と小首をかしげた。ちなみに、「エイミー」とはアメリアの愛称である。

 それにしても……これが、噂のフェアファンクス家の次女さんか。

 アメリアは現在、フェナ・スクール中等部2年生だ。1学年上には、リアノーラの弟がいる。彼も整った顔立ちをしていて、姉たちほど非常識ではないものの、勉強も運動もできている。

 それはともかく、「噂」とは、現在立ち入り禁止区画になっている一帯の床を抜いたのが彼女だという噂があった。もともと、美人だし、ナイツ・オブ・ラウンドだし目立つ彼女だが、この1件で確実に中等部生徒の関心を引いた。リアノーラさん、あなた、今、中等部で英雄ですよ。

 見た目美少女で、美形の兄エドワードの隣に立っても違和感がないくらいお似合いなのに、なんだろう、この残念さ。


 だが、そのことにほっとしている自分もいる。兄をとられなくて済むと思って、安心している。


 そんなことを思う自分の性根が嫌で、アメリアは振り払うように尋ねた。

「お兄様、どこに行くの?」

「父上のところの軍事基地。まあ、1週間以内には戻ってくるよ」

 とエドワードはアメリアの頭を撫でた。思わず頬を緩ませる。

「アメリアちゃん、かわいい……」

 リアノーラが頬に手を当ててアメリアを見つめて言った。そんなリアノーラのほうがかわいいよ。


 どうやら、アメリアは面食いだったようだ。



ここまで読んで下さり、ありがとうございます。


ずっと出したかったエドワードの異母妹アメリア。きっと、彼女は同じ面食いということで、リアと仲良くなるでしょう。個人的に、アメリアの愛称であるエイミーという響きが好きです。

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