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LOST SPELL  作者: 雲居瑞香
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どうしてこうなった

 どうしてこうなった。エリスはしゃがみ込んで何やらふむふむうなずいているリアノーラのを見ながら思った。本当に、どうしてこうなった。

 そもそも、エリスがこの基地に派遣された理由もよくわからない。リアノーラはアルビオン一の魔術師として派遣されているし、エドワードはこの基地の司令官の息子なのだから仕方がないと言える。だが、その同行者が何故自分。何故そのチョイス。と思わないではない。命令書を持ってきたのは宰相だが、許可を出したのは国王チャールズ4世だろう。あの人は本当に何を考えているのかわからない。自分の護衛を気軽に差し出すな。


 それはともかくだ。エリスは魔力はあるものの、それほど霊感はない。そのため、リアノーラの周囲に何かぼんやりと光が集まってきているようにしか見えない。アーサーによると、幽霊が多数集まってきているのだそうだ。

「エド、見えてる?」

「いや、全然」

 エリスと同じく少し離れて見守っているエドワードは全く見えないらしい。まあ、魔力もほとんどないので、当然だろう。ちなみに、アーサーとキャルヴィンも、宮廷魔術師ではあるものの、そんなにはっきりと見えるわけではないそうだ。つまり、リアノーラが光に向かって相槌を打っているようにしか見えないのだ。


 彼女は「そうなの」「へえ」と適当に相槌を打っている。はじめは割とちゃんと話を聞いていたようだが、途中から投げやり気味だ。どうしたのだろう。

 何とも言えない気持ちでリアノーラの背中を見つめていると、彼女はフラッと立ち上がった。すたすたとこっちにやってくる。

「衝撃の事実が発覚した」

「衝撃の事実?」

 4人が口をそろえた。リアノーラはこくんとうなずく。

「彼らは、大戦期の死亡者らしいわ。戦死か巻き込まれたかはわからないけど、軍服を着ている人は戦死かもしれないわね」

「大戦って、科学大戦のことですよね?」

「そうよ」

 4半世紀前、科学大戦と呼ばれる戦争が起こった。世界大戦である。この戦争で科学が発達したといっても過言ではない。そのため、科学大戦と呼ばれる。

 例によって島国のアルビオンは大きな被害を受けなかったが、それでも300年前の魔法大戦とは違い、4半世紀前の科学大戦はそれなりの被害があった。4半世紀前の戦争を知っているのは、リアノーラに問い返したアーサーだけだろう。その彼も当時は幼かったはずだ。


「この辺りはアルビオンにおける数少ない戦場だったらしいわね。おお、神よ。女王陛下を守りたまえ」


 この場合の女王陛下は大戦期の女王ベアトリス2世を指すのだろう。しかし、アルビオンにおける『女王陛下』は、たいてい300年前のエリザベス女王を指すものだ。

「ベアトリス女王か。すごい人だったとは聞いてるけど」

 エリスが首をかしげながら言うと、リアノーラも同じように首をかしげた。

「おじい様によると、結構精神的に弱い人だったみたいだけどね」

「お前のおじい様って……ウィリアム陛下のことか」

 たぶん、エドワードもエリスと同じ人を思い浮かべたのだろう。確認するように言った。リアノーラが「そうよ。そっち」とうなずく。

「まあ、父方のおじい様もそういってたけどねー」

「…………」

 リアノーラの父方の祖父ゲイブリエル。エリスとエドワード、それにアーサーが思い浮かべたのも彼だろう。しかし、文脈から母方の祖父ウィリアム3世のことデアルと気が付いた。彼女と話していると、平民出身のエリスには理解が及ばないことがたまにある。彼女自身に貴族であるというおごりがないため、付き合いやすいのだが。だからこそ、余計に戸惑うのかもしれない。


 話がそれた。


「それで、何でこの基地に幽霊が集まってるの?」

「エリス、あれ、見えるの?」

「さっきも言ったけど、私には光が集まってるようにしか見えてないよ」

「ああ……形は見えてないんだったわね。でも、光が見えてるなら、エリスは魔術師の素養があるのね」

「まあ、私は肉体強化魔法を使ってるからね」


 リアノーラは「そうだったわね」とだけ言って話を戻してくれた。

「なんか、入り江の入り口の海流が激しすぎて、外に出られないらしいわ。ちなみに、これだけ集まってきたのは懐かしい魔力を感じたかららしいわよ」

 たぶん、リアノーラの魔力が彼女の母方の曾祖母ベアトリス2世のものに似ているということなのだろう。つまり、演奏おとりはリアノーラ1人でよかったということだ。エドワードは付き合わなくてよかったということになる。しかし、こればっかりはリアノーラにもわからなかったことなのだから、仕方がない。エドワードも肩を落とすだけにとどめたようだ。


「っていうか、根本的なこと聞くけど、どうしてこんなところに基地があるの?」


 本当に根本的なことを聞かれた。とはいえ、エリスも知らない。リアノーラに視線を合わせられて全員首を左右に振った。

「リア様でも知らないことってあるんですね」

 キャルヴィンが意外そうに言うと、リアノーラは「それ、さっきアーサーにも言われたわ」と眉をひそめた。

 しかし、リアノーラの疑問はもっともと言える。この入り江は普通、基地としては使用されないような場所である。入り江に基地があることは多いが、入り江から出たところの海流が速すぎるのである。これでは戦艦が入り江から出ていくだけで一苦労である。

「まあ、たぶん、この基地の過去資料を調べればわかるよね」

「そうよね。わからなかったら電話でお父様に聞きましょう」

 エリスとリアノーラは顔を見合わせてにっこり笑った。この時代、アルビオンの主要施設には電気が通っている。そして、電話も設置されていることが多かった。ここは軍事基地なので、当然あるだろう。リアノーラ曰く「通信魔法より簡単」らしい。


「その前に、どうして戦艦が沈んだのか教えてくれ」


 エドワードの鋭い突っ込みに、リアノーラは「あ」と口を開けた。

「ちょっと待ってて。聞いてくる」

 聞いてなかったのか。エリスは苦笑して海辺に駆け戻るリアノーラを見た。リアノーラが「ねえ、聞きたいことがあるんだけど」と相変わらず集まっている光に話しかけた。事情を知らなければちょっと頭のおかしい人に見えただろう。

 10分ほど話し合い、リアノーラはとてとてと走って戻ってきた。何とも言えない表情をしているのはなぜだろうか。

「……あのね。なんか、大きなクラゲが……」

「クラゲって、刺されると毒が回るあのクラゲ?」

 エリスが確認すると、「そのクラゲ」とリアノーラがうなずく。

「そのクラゲが、戦艦ガラハッドを沈めようとした……らしいわ。で、あそこの幽霊たちが沈没速度を緩めてくれた……らしい」

「何で全部『らしい』がついてるんだ」

 リアノーラ自身も聞いた話が信じられないのか、要領を得ないのか。

「とりあえず、あそこの幽霊たちは悪くないの。音楽のように聞こえたのは彼らが発する一種の電波なの。だから、聞こえる人と聞こえない人がいたのね」

 どうやらひとつ謎は解決したらしい。しかし。

「大きなクラゲってなんですか。クラーケンですか」

 アーサーが冷静にツッコミを入れる。リアノーラは「たぶん、そうなんじゃない?」とどうでもよさ気だ。

「でも、ほんとにクラーケンだったらどうすればいいのかしら。伝説上の生き物は存在しない論者なんだけど、私」

 すでに魔術師が発する言葉ではない。魔術師もある意味伝説上の存在だ。

「それと、エド」

「何」

 リアノーラはにっこり笑って言った。

「あなたのお父様に頼んで、船を入り江の入り口まで出してほしいんだけど」

「……」



* + 〇 + *



「ローダム海峡海軍基地は、1528年、エリザベス・ヴィクトリア女王がアルビオンに再上陸したときに作られた軍事基地だ」

「つまり、300年前から存在するってことですか? っていうか、当時の造船技術は現在比べてかなり拙かったと記憶していますが、どうやってこの激流の入り口を入ってきたんですか」

「君らしくない質問だな、リアノーラ嬢。当時は魔法の最盛期だよ。つまり、海流を一時的に魔法でコントロールすることが可能だったということだ。ちなみに、リアノーラ嬢は同じことはできるのかね?」

「無理です」

 リアノーラにそんな常識に外れた能力はありません。リアノーラは満面の笑みでローダム海峡海軍基地の司令官であり、同僚エドワードの父であるリプセット侯爵クライドを見上げて言った。

 侯爵である彼とは何度かあったことがあったが、やはりエドワードには似ていない。それに、先日会ったアメリアにも似ていなかった。2人とも、母親似のようだ。まあ、エドワードとアメリアの母親は違うのだが。


 現在、リアノーラたちはローダム基地に配置されている偵察艦に乗っていた。リアノーラの頼みが聞き入れられた形になる。なにをしに行くかと言えば、海流の速い入り江の入り口付近へ行き、外に出るのだ。なんとなれば、幽霊たちは海流が早くて外に出られず、基地周辺にたまっているらしいからだ。

 なんだか、らしい、という不確定要素が多すぎるな。そうは思うが、リアノーラでもわからないことはあるのだ。仕方がない。リアノーラは決して万能でも賢者でもないのだから。


 それはともかく。


 クライドには海流をコントロールすることは不可能だと言ったが、一時的に干渉して流れを止めることはできるだろう。その間に幽霊ども、出ていけ。

 偵察艦が入り口に差し掛かったところで止まる。リアノーラは甲板に出ると、海面を見た。アーサーとキャルヴィンもリアノーラに続いて海面を見る。

「できれば10秒くらい海流を止めたいんだけど」

 宮廷魔術師の2人に持ちかけると、2人とも「んな無茶な」と言わんばかりの表情になる。

「じゃあいいわよ。2人とも、魔力だけ貸しなさい」

 リアノーラはそういうと、両の掌を海面の方に向け、長い呪文を唱える。海面に魔法陣が浮かび、ひときわ大きな揺れの後、波が凪いだ。その瞬間、リアノーラは海中を移動する幽霊たちを見た気がした。

 と。

 ざばーん、と大きな音を立てて大きなものが入り江から出て行った。リアノーラは柵から身を乗り出してそれを見た。

「く、クラーケン……」

「リアノーラ様の主張は外れていたんですねぇ」

 のんびりとアーサーが言った。まあ、クラーケンがいても、被害を出さないのなら、いい。ローダム海峡はアルビオンとローデオルに挟まれている。たとえ反対岸に行っても、いまだ魔術師が多くいるかの国で討伐されるだろう。うん。大丈夫そうだ。

「リア様が言っていた、大きなクラゲってあいつのことですかね」

 キャルヴィンものんびりと言った。いや、彼に危機感がないのはもとからである。

「私が言ったわけではないけどね……でも、だとしたら問題解決だね」

 よし。王都に帰れる。


 でも一応結界は張っておこうということになり、リアノーラはアーサー、キャルヴィンとともに基地内を奔走することになった。もう幽霊事件とかで呼び出されたくないしね! っていうか、聖職者に任せればよかったのだ。うわぁ、頭悪い。


 結局、クラーケンが入り江に迷い込んで幽霊と同じく出られなくなり、何かのはずみに戦艦を海に引きずり込んでしまった、という結論に達した。幽霊は関係なかったな、あんまり。


 しかし、リアノーラは基地のある入り江から幽霊とクラーケンを海に出した次の日、気になるものを見ることになる。


 朝のことだ。リアノーラに与えられた客室は、エドワードとエリスの間にあった。同じタイミングで部屋から出てきたエドワードが朝からさわやかな笑みを浮かべて挨拶をした。


「おはよう」

「お、おはよう……」


 しかし、面食いの自覚のあるリアノーラはこの時、彼の笑顔を見ていなかった。彼の右肩から、顔のようなものがのぞいていたからである。

「……」

「……リア、どうした?」

 思わず唖然とするリアノーラに、エドワードが心配そうに話しかける。リアノーラは何と反応したものか困った。エドワードには幽霊が見えないのである。


「おはよう。2人とも朝から仲いいね」


 エドワードのリアノーラをはさんで反対側の部屋からエリスが出てきた。リアノーラは何気なく振り返り、


「!?」


 またも驚愕した。エリスの頭の上にちょこんと女性の顔が乗っていた。こちらも幽霊だ。だってエドワードの反応がありませんからね。見えていない証拠である。ダメもとでエリスに言ってみた。


「エリス。頭の上に女の人の顔が乗ってるんだけど……」

「ええっ? 霊?」


 とエリスは頭の上を触る。問題があった。頭の上は自分では見られないのである! そして、基本的に幽霊は鏡に映らない! エリスは幽霊がぼんやりと見えるようだが、自分でその存在を確認できないのである。エドワードは霊感ないし、アーサーとキャルヴィンに助力を頼もうかな……。


「……ちなみに、エドの肩にも軍人さんの顔が乗ってるわよ……」

「マジで?」

「私には見えないけど……」


 エリスがエドワードの方をまじまじと見て言った。そうか。朝日がまぶしいせいかな。幽霊は太陽が苦手だが、特に朝日が苦手だと聞いたことがある。実はそれが事実なのか?

 エリスは、リアノーラに近寄ると、ポン、と彼女の肩に手を置いて、そのきれいな顔にきれいな笑みを浮かべてすがすがしいまでに断言した。


「リア。君、疲れてるんだよ。幻覚だよ、幻覚」


 精神衛生上、幽霊が見えるのはリアノーラによくないから、そういうことにしておこうかなと思ってしまった。疲れとエリスの笑み、恐ろしや。


 こうして、ローダム海峡海軍基地への出張は、リアノーラを疲れさせる結果で終わった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


今回でローダム海峡海軍基地とはおさらば。なんだかリアに精神的打撃を与える結果になってしまいました。

次、王都に戻ります。

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