悪魔の古城
今回はかなり長いです。最近は長くなりすぎないようにしてたんですけど、ふざけすぎて長くなりました……。次から気を付けます。
リアノーラは、現在フェナ・スクールとして使用されている古城を捜索する権利を議会からもぎ取った。父に無理やりもぎ取ってもらうのではなく、正攻法でもぎ取った。なので、ちょっと時間がかかってしまった。
しかし、許可を出したということは教育省も白骨死体事件が気になっていたのだろう。何しろ、フェナ・スクールは国営だから、国の沽券にかかわる。
「んで?」
リアノーラは同行者を見た。同行者はにっこりと笑った。
「そう睨むなよ、リア」
「そうそう。かわいい顔が台無しだよ」
「余計なお世話よ。っていうか、エリスはともかく、なんでセラ姉さんはいるのよ!」
そういうと、槍を肩に担いだセレストは首をかしげた。
「だって、面白そうだし」
ちなみに、セレシエが王都に来てからすでに10日近くたっている。ベイリアルは大丈夫だろうか。……大丈夫なんだろうな、きっと。セレストの夫のデュークは優秀だ。
一度つっこむと、今度は別のことが心配になってくる。
「ぶっちゃけ、戦闘力の面ではエリスの方が心配だわ。近距離戦、あんまり得意じゃないでしょ」
女の子のような顔をしたエリスは、そうだね、と笑う。
「大丈夫だよ。自分の身を護るくらいはできるから。君にもらったお守りもあるし」
そう言ってエリスは首に下げた宝石を見せる。リアノーラがエリスにあげた魔法から身を護るための魔術が込められたアクセサリーだ。と言っても、それほど効力のあるものではない。
「……まあ、人数がいたほうが助けるけど」
セレストは魔力が少ないだけで、魔術がつかえる。エリスは魔術を使うことができないのだ。使えるのは、肉体強化くらいである。肉体強化の魔術がつかえるから、この細身でリコイルショックの大きい銃を使うことができるのだ。
「とりあえず、リアノーラ様。中に入りませんか?」
3人目の同行者、アーサーが冷静に言った。宮廷魔術師としてついてきてもらったのだ。相手は魔術の可能性が高い。魔術師は多い方がいい。
「そうね……付き合わせて悪いわね、アーサー」
「いえ。そんなことは」
リアノーラが門の鍵穴に鍵を入れて、門を開けた時、唐突に夜闇に声が響いた。
「リーアー!」
「!?」
ものすごく聞き覚えのある声だった。今は夜だ、夜。まさか、白昼堂々魔術の検査をするわけにはいかないからだ。昼間は生徒がいる。それはともかく、今聞こえた声は。
「セーフ。間に合った~」
声の主であるウェンディは、息を整えながら言った。リアノーラは闇になれた目でウェンディを眺めて言う。
「何してるのよ」
「助っ人」
「……」
リアノーラは、つっこむだけ無駄だと思ってあきらめた。代わって、ウェンディが連れてきた人に向かって説教する。
「あのね、エドも何してるのよ。ウェンディに巻き込まれてどうするのよ、何考えてるのよ、どうせなら魔術師連れてきなさいよ!」
散々な言われようである。ちょっとかわいそうな気がしたが、リアノーラなりにエドワードを思って声をかけなかったのに。巻き込まなかったのに。エドワードは魔力が皆無なわけではないが、あまりない。ナイツ・オブ・ラウンドで、リアノーラの次に魔力があるのはエリスだ。もちろん、天と地ほどの差はあるが。
だが、リアノーラの説経にもめげず、エドワードは言った。
「違う違う。俺は別口。アルヴィン様に頼まれたんだよ、行ってくれって」
政治の権力者であるアルヴィンを連れて行くことはできない。しかも、彼は魔力皆無だ。ナイツ・オブ・ラウンドなら国王の直属だし、ちょっと奇行に走ってもそんなもんかと思われる節がある。だから、エリスには頼んだ。魔力あるし。たぶん、セレストと同じくらいの魔力はあるだろう。
自分が行けないから、エドワードに頼んだのか。つくづく過保護である。まあ、気に欠けられて、悪い気はしないが、行き過ぎるのはどうかと思う。気持ちは何となくわかるが。
「エド、いけるんじゃない?」
「師範がそんなこと言うなんてねぇ」
「後はエドが口説き落とせばいいのよ。その顔だし。リア、結構筋肉フェチだし」
「そっちなの!?」
ウェンディが語るリアノーラの性癖に、エリスがツッコミを入れる。とりあえず、ウェンディを蹴り飛ばした。
「うるさいわね、余計なお世話よ」
「でも、お前が筋肉フェチなのは事実だろ」
「姉さんもいらないことは言わんでよろしい」
「でも、そうか、筋肉か……私はないもんなぁ」
「そういえば、クェンティン=ケイン卿にもなついていましたね」
「エリス、アーサーさん」
なぜこんなところで暴露されなければならないのだ。リアノーラはいたたまれなくたっているエドワードを見た。
「エド。お父様に言われたからって来なくてもいいのよ。帰っていいわ。ついでにそこのバカを連れて帰って頂戴」
そこのバカ、と言われたウェンディは蹴られた腹をさすりながら戻ってきた。結構強く蹴ったのに、どんな腹筋をしているんだ、この女。
「何よ、せっかく手伝いに来てあげたのに」
「……ウェンディ。リアじゃないけど、君は手伝うと言って邪魔してることの方が多いと思うよ」
ちょっと気になることを言われた気がするが、リアノーラもエリスの言葉にうなずいた。すべてがダメなわけではないが、その率の方が高いのは事実。
「……2人とも、ひどい……」
「リアノーラ様、エリス様、さすがに言い過ぎでは……」
ウェンディがかわいそうになったのか、アーサーが仲裁に入る。しかし、ウェンディはこれくらいでへこたれる精神の持ち主ではなかった。
「そこまで言われたら余計について行くに決まってるでしょ!」
ウェンディとリアノーラがにらみ合った。従姉妹同士だけあって、根本的なところは似ているらしい。
ついに、リアノーラが折れた。
「じゃあ好きにしなさい! ウェンディは魔力があるから、めったなことはないでしょ。エドは帰った方がいいと思うけど」
「……ここで俺が帰ったら、俺がアルヴィン様に殺される気がするんだけど」
「……」
それは大いにあり得るかもしれない。しかし。
「でも、エドってほとんど魔力ないじゃない。もしかして、肉体の強さと魔力って反比例するのかしら……それはともかく、危ないわよ。魔法破壊の技術を身に付けてから出直してきなさい」
「リア、いつにもまして言うこときつくない?」
「心配してるのよ!」
リアノーラはエドワードに指を突きつけて言った。だが、いつまでももめているわけにはいかない。
「……わかったわよ。何があっても知らないからね!」
リアノーラはすねて鍵を開けたまま放置していた門を開けた。先に門番に断っておいたので、門番の待機場所をスルーした。
学校というものは、昼間に来るとにぎやかな場所だが、夜に訪れると不気味なところである。何しろ、人がいないから。特に、フェナ・スクールは通常中等部・高等部合わせて2000人近くの生徒を収容している。それが一気にいなくなるのだ。この広大な城がさみしくなる。
「……さすがに不気味だね」
「というか、広いわね、この城」
エリスとウェンディが言う。そういえば、この2人は騎士学校の卒業生だった。エドワードとセレストはこの学校の卒業生だし、リアノーラは在学中だ。
「そういえば、アーサーさんはどこの学校に行ってたの?」
リアノーラは尋ねた。何となく、不気味になってきたのだ。
「私もフェナ・スクールの卒業生ですよ。大学まで行きました。リアノーラ様たちの先輩ですね」
「そうなんだ」
宮殿にはフェナ・スクールの卒業生が多い。やはり、フェナ・スクールが国家最高の教育機関だからだろう。フェナ・スクールの生徒は貴族や頭のいいものが多い。
「教室のあるあたりには何もないな……やはり、地下とかじゃないか? あまり使ってないところ」
セレストが言う。リアノーラもそんな気がしてきたところだった。
「地下……地下か。さすがに私も行ったことないなぁ」
リアノーラは首をかしげて通常、立ち入り禁止になっているところに向かう。マスターキーを借りているので、どこでも入れる。
「この学校はさ、七不思議とかないの?」
「は?」
ウェンディのとぼけた? 問いに、リアノーラとセレストが同時に口を開けた。ウェンディもフェアファンクス門下であるから、セレストと仲がいい。
「突然何言いだすのよ」
「寝言は寝て言うものだ」
「さっきから、私に対する風当たりがきついわね……でも、私はめげげないわ!」
「それはいいから、どうして?」
なんだか気合を入れるウェンディだが、エリスに先を促されて話を元に戻す。
「それもそうね。やみくもに探すよりも、手がかりがあった方がいいじゃん。七不思議とかって、もともとあった話から派生するものでしょう?」
ウェンディ以外の5人から、おお、という歓声が上がった。
「確かに、そのとおりね」
「たまには役に立つね」
「時々鋭いよね、ウェンディって」
リアノーラ、セレスト、エリスが好き好きに言う。基本的にこの3人は言いたいことを言う。
「まあ、あたしが馬鹿なのは認めるけど……それより、うわさとかないの?」
フェナ・スクールに通っていた、もしくは通っている4人は顔を見合わせた。
「そういう噂って、結構あるよね」
と、現役生徒リアノーラ。
「伝説もあるしな」
と、ベイリアル公セレスト。
「フェナ・スクールは歴史が長いですからね」
と、宮廷魔術師アーサー。
「俺、高等部の時百物語したことある」
と、現役大学生エドワード。
「あんた、まじめそうな顔して何やってんの?」
リアノーラが呆れた様子で言った。エドワードは苦笑いを浮かべた。ウェンディがもう一度聞く。
「それで、どんな噂とか伝説があるの?」
珍しく彼女が場を握っている。珍しいこともあるものだ。だが、たまにはいいだろう。リアノーラは首をかしげた。
「伝説は、半分くらいフェアファンクス家に関係することだよな」
セレストが言った。フェアファンクス公爵家に生まれたものは、ほとんどがフェナ・スクールに通っている。半分がフェアファンクス家の伝説でも不思議はない。しかし、今は。
「どっちかっていうと、創設時代の噂だよな。100年前か……」
エドワードが悩むように言った。リアノーラも首をかしげる。
「おじい様が知らなかったから、それ以上のことはわからなくない?」
「しかし、ゲイブリエル様が知らないことでも、学校で噂になっていることは多いでしょう。ゲイブリエル様は直接この城に関わったわけではありませんからね」
フェアファンクス家の嫡男だから、ゲイブリエルもフェナ・スクールの出身のはずだ。彼が気づいていないだけというのもありうる。
「私が聞いたことがあるのは、職員室の幽霊だな。あと、夜中になると、廊下に水の音をさせながら、びしょ濡れの幽霊がたっている」
何となく怖い話をセレストがするが、ここにはそれで怖がるような常識人はいなかった。夜中の幽霊の話は、どこから聞いたのかちょっと気になる。侵入した人でもいたのだろうか。それとも、警備員か。
「私は屋上から身投げする女生徒の話を聞いたことがあります」
「それ、前にあった魔法陣騒ぎの時のやつじゃないんですか?」
リアノーラが何とか解決した、王都各地で魔法陣が出現し、そのそばで殺人が行われた事件のことを、エリスは持ち出す。確かに、フェナ・スクールでも塔から身を投げた少女の側に魔法陣があったりした。
「それは最近の話でしょう。私が聞いたのは、在学中ですから」
アーサーがにっこりして言った。ということは、少なくとも20年は前の話だろう。本当に噂だけないろいろいろある。
「エドは聞いたことある? 百物語したんでしょ」
「お前も引っ張るな……」
リアノーラの問いにエドワードが少し考えるそぶりを見せる。
「……そうだな。真夜中の12時に合わせ鏡をのぞくと、知らない友達に会えるとか」
「よく聞くわね」
リアノーラはうなずいた。その話はよく聞く。っていうか、それは学校と関係ないだろう。一応、この学校、鏡の間っていうところがあるが、そこのことを言っているのだろうか。
「高等部の西塔3階から4階をつなぐ踊り場の鏡を覗き込むと、死んだ人に会えるとか」
エドワードの話はまだ続く。
「学生の間で手にしたら最後、魂を抜かれるという手鏡が回されているとか」
「……」
「ちょ、ちょっと待った!」
リアノーラたちは沈黙していたが、ウェンディが声を上げた。エドワードはなんだ、と彼女の方を見る。
「なんか、鏡関係が多くない?」
「俺の記憶に残っているのは鏡関係ばっかりだからだ」
「……あ、そ」
まじめな顔をしてそう言われたウェンディは早々に会話を打ち切った。気まずい空気が流れる前に、エリスはその絶世の美貌に不自然なほどの笑みを浮かべた。
「それで、リアはなんか話を知らないの? 一番知ってそうだけど」
「あ、うん」
リアノーラはこくりとうなずいた。一番知って相に見えるのは当然だ。リアノーラは魔術師で、そのことを多くの人が知っている。魔術関係の問題はリアノーラに相談すれば解決する、という噂があるくらいである。リアノーラも少し考えた。
「そうねぇ……私、ほら、魔術師だから、時々怪奇現象の相談を受けるんだけど」
「うん」
みんながリアノーラの話を食い入るように聞く。
「保健室の幽霊のお祓いとか、叫びだす肖像画とか、いろんなものを見てきたけど」
「叫びだす肖像画? そんなもの、ありました?」
「ありますよ」
ちょっと世代の違うアーサーに、エドワードがうなずいて見せた。だが、説明はセレストがする。
「音楽室の歴代の音楽家たちの肖像画。あれが夜中の2時に叫びだすっていう噂があるんです」
ちなみに、今は夜中の1時。あと1時間したら、その叫びが聞こえてくるかもしれない。
「音楽室に入るときは、びくびくしながら入ったものです」
エドワードもうなずいたが、リアノーラはさらりと言った。
「今は叫ばないわ」
「え!?」
エドワードとセレストが声をそろえる。リアノーラは唇の片方を吊り上げる。
「だって、私がその肖像画の裏に封印魔法陣を描いたもの。焼かれるのと封印されるの、どっちがいいって聞いたうえでの合意だから」
「……お前たち、過激だな」
エドワードが言った。たち、と表現したのは、焼くのはリアノーラの友人であるアレクシアの仕事だったと的確に理解したせいだろう。そして、その読みは当たっている。肖像画と会話したところはツッコまない。
「というわけで、もう叫ばないわ。動いてるかもしれないけど。もしかしたら、ほかにも私が退治したやつとか、封印したやつがあるかもしれないわね」
あっても不思議ではない。リアノーラはいくつかの怪奇現象を解明し、それを解消してきたのだから。
「じゃあ、解決できなかったやつはないの?」
エリスに尋ねられた。彼の邪気のなさそうな笑みを見ていると、答えなくちゃ、という気にさせられる。リアノーラは首をかしげて考えた。解決できなかった問題、あるだろうか。あるだろうけど、思い出せない。だが、そういえば。
「失敗したというか……よくわからなかったものならあるわよ」
「どんな?」
魔術研究家が食いついた。リアノーラは当時を思い出しながら口を開く。
「2年くらい前、私が中等部の生徒だったときね。立ち入り禁止区域から物音がするって言われたの」
それだけならまだ空耳の可能性もある。猫が入ったとか、ネズミが暴れているとか、そんな可能性もある。だが。
「その付近で生徒や先生が倒れる事件が多発したのよ。しかも、そのあたりは日当たりがいいはずなのに、冷気が漂ってるのよね。怪しいでしょう?」
「……そうだね」
誰も相槌を打たないので、エリスが苦笑いを浮かべながらうなずいてくれた。リアノーラはそのまま話を続ける。
「それで、調査に乗り出したわけ。夕方、生徒が帰った後に、私とアレクシアと先生の3人でね」
リアノーラは当時を回想する。思えば、いろいろな怪事件に巻き込まれてきたものだ。
「んで。例の地下室に様子を見に行ったんだけど、何もなくて。いろいろ調べたんだけど、何もわからなかったわ。そうこうしているうちに日が暮れてね、先生がもう帰ろうって」
生徒を遅い時間まで残してはいけないと思ったのだろう。そう言われて、リアノーラもアレクシアも帰ろうと思った。何もなかったから。
「そんで地下室から出たら、閉めた扉の向こうから声が聞こえるのよねぇ。何を言ってるかわからなかったけど、昔の私は怖くなったわけよ。それで、鍵を閉めたまま学校から出た」
「……リアって意外と怖がりだよな」
セレストがしみじみと言った。それは事実だ。単に、それをめったに見せない強さがあるだけである。
「私のことは別にいいでしょ。それで、帰った後にあのままじゃまずいかなって思って」
「1人で倒しに行ったの?」
「そんな、ウェンディじゃないんだから。それに、何を倒すのよ」
ウェンディにツッコミを入れてから、リアノーラはさらりと言った。
「その地下室を封印して閉じた」
「……意外と普通だね」
エリスが言った。意外と普通って……リアノーラはどれだけ変人だと思われているのだろうか。
「なんにせよ、その地下室は封じられてるだけで、中身がなくなったわけじゃないんだろ」
「……そうね」
エドワードに冷静に言われて、リアノーラはうなずいた。まじめな顔をしたエドワードは、知的な美形で通るだろう。本当は肉体派だけど。でも、法学部だと言っていたな。意外と面食いのリアノーラは仄明るい光に照らされるエドワードの横顔にちょっと見惚れる。
「……じゃあ、その地下室の主が犯人なんじゃねーの」
「……」
リアノーラは魔術師であるセレストとアーサーと目を見合わせた。それからエドワードに近寄って抱き着いた。エドワードは目に見えて動揺する。
「な、何だ!」
「……エドって結構頭良かったのね」
リアノーラが抜けていただけかもしれないけど。
「そのセリフは前にも聞いた!」
そう言って、エドワードはリアノーラを引きはがした。いつまでもふざけている場合ではない。リアノーラは記憶を呼び起こして件の地下室の方に向かう。確か、中等部の方のはずだ。
「エドの言うことって理にかなっているのよね、実は。私が封印魔法をかけてから、もう2年以上たつし、実際、ウェンディが言わなかったら、私も忘れてたと思うし」
扉の向こうから聞こえる声の恐怖がしみ込んでいるらしい。もしかしたら、6年前、《暗黒のカネレ》に父とともに幽閉された時、閉じ込められた部屋の外から聞こえた声に重なるのかもしれない。リアノーラのトラウマのほとんどはこの事件にある。
というか、《暗黒のカネレ》と言えば、いつぞやのコンサートの時に忠告されたっけ。あいつら、知ってたな。にわかに腹が立ってきたが、何とか気を静める。
「たぶん、封印が弱くなってきてるんだわ。ここは学校で、人が多いし。少しずつ封印が干渉されて……あ、ああっ」
突然、リアノーラは立ち止まって口元を手で覆った。同行者がびくっとする。ウェンディが尋ねた。
「……どうしたのよ」
「……魔法陣事件だわ」
「は?」
エリスが笑みを浮かべようとして失敗したような表情で尋ねた。リアノーラは手を外すと、話し出した。
「魔法陣事件。各魔法陣を地図上でつなげると、簡易的な召喚魔法陣になってたのよ」
「そういえば、そうでしたね」
アーサーが思い出したようにうなずいた。すでにひと月半ほどたつが、あの事件の記憶はまだ新しい。
「あの魔法陣、中心がフェナ・スクールのあたり……だったかもしれないわ」
「…………」
沈黙。
「……でも、その魔法陣事件から白骨死体が現れるまで、少し時間が空いてるだろ? あれはどう説明するんだ」
リアノーラ曰く「意外と頭がいい」エドワードが言った。リアノーラは少し考える。だが、先にアーサーが言った。
「その間、約2週間から3週間ですよね? 召喚魔法陣を発動するための魔力を集めていたのかもしれません」
「あー。なるほど。召喚魔法陣はかなりの魔力がいるからね。ってことは、リア、知らないうちに魔力持ってかれてんじゃないの?」
昨年度末の魔法陣事件の詳細を知らないので、ずっと黙って話を聞いていたセレストが口をはさんだ。リアノーラは首をかしげる。
「魔力を奪われてても、私、たぶん気付かないわ」
「にぶっ!」
「うるさい!」
リアノーラはウェンディに手刀を入れると、腕を組んだ。
「たぶん、封印した私に魔術を返そうとして、間違ってお父様にいったのだわ……私は、魔力が強いから。魔力を含む書簡に潜んで、父の元まで行ったのね」
つまり、アルヴィンの受けた熱の魔術の原因はリアノーラだということだ。リアノーラのせいで、アルヴィンは散々な目にあっている。リアノーラが魔術師でなければ、少なくとも剣を握れなくなることはなかったはずだ。
たまに、思うことがある。魔力がなかったら、自分はどんな生活を送っていたのだろうか。たぶん、剣の腕を磨いていただろうし、ユーフェミアは寝たきりになっていたかもしれない。ユーフェミアが今のところ小健康状態を保っているのは、リアノーラの治癒術があるからだ。どんなに弱くても、ないよりずっといい。
リアノーラは魔術師だからリアノーラなのだ。最近は、それでいいと思える。
「……で、どうするの」
地下室の扉の所まで来て、ウェンディが尋ねた。リアノーラ、セレスト、アーサーはともかく、その他3人は魔術に対する防衛も何も持っていない。
「……念のため聞くけど。エドは魔法破壊はできる?」
「……すみません」
「いいわよ。何となくわかってたから。言っとくけど、あなたには危険だからね。私たちを助けようとしなくていいから、ついてくるなら全力で自分の身を護るのよ。あなたに何かあったら、私、あなたの目の前で3日は泣き続けるからね」
エドワードが顔をひきつらせた。気の強いリアノーラの目の前で泣かれたら、戸惑うだろう。これはエドワードのリアノーラに対する恋情を逆手に取った邪法であるが、地下室の中の相手によっては、本当に危険なのである。エドワードは魔力がないから。
「3人とも、私が上げたお守りはもってる? よし。なら、ウェンディとエドは剣を貸してちょだい」
「何するのよ」
と言いながら、ウェンディはリアノーラに剣を渡す。一緒に来るときにいろいろ言ってしまったが、ウェンディとエドワードがいなければ、問題は解決しなかったかもしれない。来てくれてよかった、というほかないだろう。
リアノーラはウェンディの剣を鞘から抜く。リアノーラの剣は細身のロングソードだが、ウェンディの剣はどちらかというとブロードソードに近い。よく手入れされた剣だ。
リアノーラは平たい部分を上に向けると、歯で右手の人差し指の皮膚を噛み切った。
「! 何してるの!」
ウェンディがつっこむが、リアノーラはあふれ出た血で、刀身に魔法文字を書いていく。淡く発光したその文字は、元から書かれていたかのように赤く刀身になじんだ。
「これで、魔法的生命体が相手でも効くと思うわ。魔術相手には保証しないけど。あ、後で消せるから、大丈夫よ?」
「そういう問題じゃないんだけど……ありがと」
ウェンディは鞘に戻された剣を受け取った。対抗策は多い方がいい。リアノーラはエドワードにも剣を出せ、と命じた。
「エドは魔力がないからホントに気休めになるけどっ、て、きゃあっ」
何気なくエドワードの剣を受け取ろうとして、リアノーラの体はかしいだ。あわててエドワードが剣を取り上げ、エリスがリアノーラの体を支える。
「既視感のある光景だね」
「すまん。忘れてた」
「私も忘れてたからお互い様よ……」
エリスの言うのは、チャールズ4世の即位五周年式典の時の話だろう。見映え重視でリアノーラがナイツ・オブ・ラウンドの臨時騎士になるとき、騎士の叙任を行うためにエドワードの剣を借りようとしたが、重くて持てなかったのだ。そのことをすっかり忘れていた。
エドワードに剣を支えてもらい、リアノーラはウェンディの剣に施したものよりもちょっと強めの魔法文字を書く。ウェンディは魔力があるが、エドワードはほぼ皆無だからだ。
「……あのさ。エドの剣ってなんなの? 私が使ってるのはロングソードだけど、その剣の重さはロングソードの部類に入るの?」
一口に剣と言ってもいろんな種類がある。リアノーラにもはっきりと違いが判るわけではないが、ほとんどの騎士が使うのはロングソードだ。一般的な剣と言えるだろう。他にも、女性はレイピアを使うこともある。女性は男性に比べて腕力に劣るので、スピードを生かした結果だ。リアノーラの姉のユーフェミアなどはレイピアを使っているはずだ。つまり、リアノーラやウェンディは女性にしては腕力がある方になる。
それはともかく、エドワードの剣はロングソードというには重すぎた。たぶん、リアノーラの剣で受けようとしたら、受け方が悪ければ折れてしまうだろう。それくらい重い。というか、リアノーラに支えられないくらい重いってどうなの。
「俺のはどっちかっていうとバスタードソードに分類されるかな。ロングソードにしては長いし」
剣を鞘に収めながら、エドワードが言った。話が長くなりそうなので、リアノーラは「そうなの」とだけ言った。何となく、このまま放っておくと延々と剣について語られる気がしたのだ。
「……なんでもいいけど。リア、鍵は?」
「あ、ちょっと待って」
扉を開けようとして鍵がかかっていることに気が付いたセレストがリアノーラに言った。預かったマスターキーを持っているのはリアノーラだ。この中では一番死にそうにないかららしい。意味が分からない。
「はい」
リアノーラは鍵をセレストに渡す。リアノーラにはわからないが、セレストなら一発で数ある鍵の中からあうものを見つけてくれる気がした。セレストはいくつかの鍵を選別して眺め、そのうち一つを鍵穴に入れた。カチッと言って鍵が開く。
「お、さすがは私」
「姉さん、すごい」
リアノーラが称賛すると、セレストはマスターキーをリアノーラに返しながら苦笑した。
「あのね。今のはツッコミを入れるとこだよ」
そう言いながらセレストはがちゃっと何のためらいもなく扉を開いた。リアノーラとウェンディが今度こそツッコミを入れる。
「のわっ。おもむろに何してるのよ!」
「安全確認してから開けなさいよね!」
至極まっとうなつっこみを入れる妹弟子2人に、セレストはクールに言う。
「うるさい子たちだね。外から見てもわからないから中に入るんだろ」
そりゃそうだけど!
何か釈然としなかったが、リアノーラは反論をやめて自ら最初に中に入った。明かりを作りだし、自分の周りに浮かべる。こけないように慎重に階段を下りていく。階段を降り切ると、リアノーラは光を強くした。
「……普通の地下室っぽいわね」
あとから来たウェンディが言った。使わなくなったものなどが収められた、地下室というより倉庫に近い。様子はリアノーラが最後に見たものと変わらない。埃が厚く積もっている。
「変なところはなさそうですが……」
アーサーが首を傾けた。しんがりはセレストである。リアノーラやアーサーと同じく魔法の明かりを掲げている。
「壁も普通だしな」
壁をこんこんたたきながらセレストも言った。魔術師たちの意見は同じらしい。そこに、エリスの場違いなほど明るい声が言う。
「リア。扉があるよ」
「えっ! うそ! 前に来たときはなかったよ!」
リアノーラが駆け寄ると、確かにエリスの前に扉があった。しかし、一見して扉とはわからないほど壁に同化している。見落としたのか、現れたのかはわからない。
「開きそう?」
「さあ……ま、開かなかったら壊せばいいよ」
かわいらしい顔で恐ろしいことを言い、エリスはためらいなくドアノブをまわした。どうしてリアノーラの同行者には、こう、我の強いやつが多いのだろう。いや、リアノーラが一番強いかもしれないけど。類は友を呼ぶとはよく言ったものだ。
ドアノブの回る音がした瞬間、リアノーラの足元から床が消えた。
「へ!?」
浮遊感が体を襲い、そして重力に従って落下し始めた。リアノーラは悲鳴を上げる。
「いやぁぁぁああーーーーーっ!」
その悲鳴は暗闇に吸収されていった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
当初、リアはサディスト設定で書き始めたのに、すごいデレてる……。そして暴露される性癖。筋肉の鎧、いいと思います。




