最後の「弟子」
突然宰相の執務室にやってきた2人目の娘は、なぜかアルビオンの一地方の大公を伴っていた。さしものアルヴィンもさすがに訳が分からず、こめかみをもんだ。
「で? なんでお前はセラを連れてるんだ」
「学校から一緒に来たの」
リアノーラは笑顔ではきはきとそういった。本当のことだが、アルヴィンがそれを知るはずはない。アルヴィンは微妙に話の通じない娘から矛先をベイリアル大公に変えた。
「何故セラが学校に行くんだ」
「だって、私を呼んだのはリアでしょう」
こちらもにっこり笑ってベイリアル公セレストは言った。大公である彼女は、アルヴィンに向かってアルビオンの騎士が採用している両手を組む礼を取った。
「お久しぶりです、師範。今日もいい男っぷりですね」
「……お前、だんだんリアに感化されてきてないか?」
昔は少ししたたかだが、かわいらしい娘だったのに。まあ、アルヴィンの娘は2人とも強烈な性格をしているので、かわいいの基準がずれているのは否めないが。やはり、そんな予定はなかったのに、若くして大公になったため、重圧で少しおかしくなったのだろうか……。
セレスト・ベイリアルは先々代のベイリアル公マイルズの第3子にして唯一の娘だった。歴史柄、ベイリアルやシェフィールドはアルビオン王族にかかわりが深い。セレストは、アルビオン王妃のアンジェラの姪にあたる。
さらに、セレストはフェアファンクス家の遠縁にもあたる。まあ、フェアファンクス家自体がアルビオン王家の傍流なので当たり前だが、その縁でセレストはフェアファンクス公爵家に預けられていた。彼女が11歳から18歳までの間だ。つまり、中等教育から高等教育までの間だ。彼女はフェナ・スクールの卒業生である。フェナ・スクールで化学を修め、フェアファンクス家ではアルヴィンの弟子として鍛えられた。もしかしたら、セレストは家族以外でアルヴィンが鍛えた最後の弟子になるのかもしれない。
セレストはリアノーラの7つ年上だが、実の姉ユーフェミアが病弱であったリアノーラは、よくセレストと遊んでもらっていた。リアノーラがセレストを「姉さん」と呼ぶのはその時の名残だろう。
セレストは、アルヴィンとリアノーラの誘拐事件の前にベイリアルに帰っている。フェナ・スクールを卒業した後に婚姻することが決まっていたためでもあるが、彼女の次兄がなくなったためでもある。彼女の字形はユーフェミアほどではないが、体が弱かったのだ。セレストはいとこのデュークと結婚し、亡くなった次兄の代わりに父と長兄の補佐をすることになった。ちなみに、デュークもアルヴィンの弟子で、フェナ・スクールの卒業生だ。
だが、現実はセレストに厳しかった。今から3年前、マイルズが突如この世を去る。落馬して首の骨を折ったとのことだ。その2年後、大公位を継いでいた彼女の長兄が死去。銃の暴発ということになっているが、真偽は定かではない。どうも疑問の残る急逝であった。
兄たちに子がいなかったため、セレストが大公位につくことになった。彼女はなるべくして大公になったわけではないのだ。
決して幸福とは言えないが、セレストがぐれなかったのは一重に夫デュークと子供たちの存在だろう。性根が素直だったのもあるかもしれない。どうもリアノーラは性根が……。いや、そんな話ではない。
「お父様、いったい私をなんだと思ってるのよ」
リアノーラにつっこまれ、現実逃避していたアルヴィンは改めて目の前の2人に目を戻す。
「……見た目だけかわいい失礼な女王様だな」
この場合、一国を治めるという意味の女王ではない。リアノーラは王位継承権第6位ではあるが、彼女が王位を相続することはアルヴィンがナイツ・オブ・ラウンドに戻ることくらいありえないだろう。
「お父様の方が失礼よ」
「相変わらずだね~」
くだらない言い合いをする親子を見て、セレストがにこにこと言う。彼女は懐かしげに眼を細めた後、小首をかしげた。
「それで、私は何をすればいいのか、そろそろ教えてほしいんだけど」
「魔術構成式の解読を手伝ってほしいのよ」
「ほう」
即答したリアノーラの言葉に、セレストは興味深そうにうなずいた。それはセレストの得意分野だ。リアノーラも魔法陣の専門家だが、少し分野がずれるのだそうだ。アルヴィンは魔法についてはからっきしなので、詳しいことがわからない。とりあえず、ツッコミを入れる。
「その前にアーサーも呼んで来い」
「了解。頼んでくるね。その間に私は着替えてくるわ」
フェナ・スクールの女生徒用制服に身を包んだままのリアノーラが言った。宮殿にいる間、彼女の制服はナイツ・オブ・ラウンドのものだ。彼女は外にいた衛兵に声をかけてから着替えに行ったようだ。
「お呼びでしょうか」
衛兵に呼ばれてやってきた宮廷魔術師のアーサーが顔をのぞかせる。その後ろから、なぜか国王夫妻が現れた。チャールズ4世を押しのけてアンジェラ王妃が入ってくる。
「久しぶりね、セラ!」
そして、わき目を振らずセレストの手を握った。セレストがニコリと笑う。
「王妃様もお元気そうで」
アンジェラは突然爵位を継ぐことになった姪を心配していた。何しろ、セレストが爵位を継ぐことは、リアノーラが爵位を継ぐことくらいありえなかったのだ。
だが、リアノーラに関しては爵位を継ぐ覚悟はしているだろう。ユーフェミアは体が弱く、今のところ次期フェアファンクス公爵とみなされているクリストファーは自分に自信がない。リアノーラは、クリストファーが爵位を彼女に譲ろうとしていることを知っている。
リアノーラは断らないだろう。リアノーラは優しすぎる。目下のところ、アルヴィンは早めにクリストファーに爵位を譲って補佐をしようと考えている。
しかし、セレストはそんな補佐をしてくれる人もいなかったのだ。幸い、有能な夫がいたが、家族が死去した後に大公位について、彼女はどれほど心細かったか。
「あれ。両陛下?」
着替えたリアノーラが戻ってきた。白いナイツ・オブ・ラウンドの制服に着替えている。アンジェラとセレストを見比べ、なるほど、というようにうなずいた。
「思ったより似合うね」
セレストが小首をかしげる。チャールズ4世の五周年式典の時にも見ているはずだが、あの時の制服は既製品だった。正式にナイツ・オブ・ラウンドに任命されたリアノーラの制服は彼女用に改造されているから、似合っているのは当然である。
「髪を上げるとアルにそっくりだぞ」
ニヤッとチャールズ4世が笑った。アルヴィンが顔をゆがめた。そんなことを思われていたのか。リアノーラも腕を組んで目を細めた。すると、チャールズ4世が「そうそう、そういう顔」と笑う。
「……まあいいか。で、解読したい魔術構成式って?」
場の空気を変えるようにセレストが尋ねた。リアノーラがおもむろに右腕の袖をまくる。
「おや。ひどいね~」
のんびりとセレストが言った。彼女がリアノーラの腕を取る。ぶしつけとも思えるほどじっと観察してから彼女は続けた。
「熱魔法か。でも、リアなら強制的に排除できるだろ」
「私の中にあるならね。本体はこっち」
リアノーラが失礼にも自分の親を指さす。セレストが「あらあら」と首をかしげる。
「なるほどぉ。師範、見せてもらってもいいですか」
アルヴィンは無言で上着を脱ぐと、シャツの袖をまくり上げた。アンジェラが驚いたように口元を覆う。
「魔術を受けたのは4日前だっけ? その割には進行が遅いね。師範が魔力皆無であることを考えると、もう危篤状態か、死んでてもおかしくないくらいだけど」
「半分くらい私が受けてるからね。まあ、生きた形代だね。私は水の気が強いから相殺できるけど、それでも体調が悪いくらいだからかなり強力な魔術ね。古代魔法かもしれないわ」
リアノーラがセレストに簡単に説明した。セレストはリアノーラがそうしたようにアルヴィンの手を取る。
「術式にプロテクトがかかってる」
「解けそう?」
「そうだな……」
セレストが難しい表情になる。
「師範、このあざ、どの辺まで来てます?」
アルヴィンは少し考えて右の胸のあたりをたたいた。
「この辺りだな」
「リアは?」
「二の腕くらいかな。私はそれ以上進まないと思う」
おそらく、彼女の中で魔力同士が打ち消し合って相殺されているのだろう。ただ、彼女の魔力容量を越えそうなので、体調不良なのだろう。半分でそれだけということは、この魔術、いったいどれだけの力が込められているのだろう。
「プロテクトがかかってるからよくわからないけど……リアの言うとおり、古い魔術のような気がする。100年くらい前……かな」
100年ほど前は、まだ魔術は普通に存在していた。魔術が急にすたれてきたのは四半世紀ほど前の科学大戦が終わってからだ。人の英知である科学を使った戦争を行ったため、自然の力を借りる魔術はすたれたのだとみられている。
「100年前の魔術が今発動したというの? 100年前の魔術を再現することは、少なくとも私には不可能だわ」
「私にもできない。っていうか、リアができないんだったら、大体の人はできないだろう」
セレストはそういってアーサーを見た。アーサーは首を左右に振る。
「リアノーラ様に出来ないことが、私にできるはずありません」
「……あなたたちねぇ」
少しうんざり気味にリアノーラは言った。現在、リアノーラがアルビオン最高の魔術師だと認識されているのは周知の事実だ。
「プロテクトだけど、時間をかければ外せると思う。3日はかかるだろうけど……。その先はリアに任せていいなら、徹夜して2日で終わらせるけど」
さらりとセレストはすごいことを言う。やると言えば彼女はやるだろう。
「わかった。いいわよ。構成式を教えてもらえれば、私が解けると思う。そうなったら犯人見つければいいもんね」
リアノーラが両手を握りしめてにっこり笑う。
「お前、強硬論好きだな」
アルヴィンは思わず突っ込みを入れた。強硬論好きではあるが、リアノーラはちゃんと考えている。力押しよりも技巧が目立つ戦略家だ。
「まあね~。っていうか、私的には、魔力がないはずのお父様の方が元気ってのが釈然としないんだけど。私、体調悪いのに」
「精神力の違いだ」
「何それ~」
「……2人とも、相当おかしいぞ……」
チャールズからツッコミが入った。確かに、おかしいかもしれない。少なくともリアノーラはいつもよりテンションが高い。本当に体調不良になると、リアノーラはテンションが低くなるので、まだ大丈夫だと思うが。
アルヴィンも表面上はいつも通りに仕事をしているが、頭は重いわ体はだるいわで小健康状態が続いている。まあ、もう1人の娘であるユーフェミアが病弱で生まれた時から小健康状態であることを考えると、これくらい大したことがないような気がするのだ。
「でも、リアの言うことも一理あるよな。他人に定着させる魔術って、たいてい相手の魔力を使うのに、魔力がなかったら、生命力とかね」
「私が見る限り、お父様の寿命が減ってるってことはないと思うわよ」
考え込むように言うセレストに、リアノーラが言った。セレストはさらに悩む。
「遠隔操作型なのかな。でも、それだと、師範はもう死んでるか……」
先ほども言っていたが、セレストによるとアルヴィンはもう死んでいてもおかしくないらしい。リアノーラによる強引な『次善策』がとられたおかげで生きているのだと思う。
「単純に、他から魔力供給をしているだけでは?」
アーサーも話に割り込む。魔術師同士の会話はいまいちよくわからん。
「そうかもしれないけど、でも、こんな大量の魔力、どっから持ってくるんだ? 大地エネルギーを吸っているにしても、魔力の乱れがなさすぎる。そもそも自然界から魔力を供給することは難しいし……」
「命を懸けて魔術を使ってるとか?」
笑いながらリアノーラが言った。これは相当来ているかもしれない……アルヴィンが少し心配になった時、不意にひらめいた。
「リア。少し前にフェナ・スクールから白骨死体が見つかったよな」
「は? うん、そうだったわねぇ」
「あれ、どれくらい前のものだった? わかるか?」
「ざっと100年以上は……100年?」
あれ、とリアノーラが首を傾ける。緩んでいた表情が急速に硬くなっていった。少女にしては切れ長気味の眼を細め、予測を口にする。
「あの白骨、触ったとたんに崩れたわ。100年にしては腐敗し過ぎだけど、魔術に魔力を供給していたなら説明がつくわ!」
通常営業を開始したリアノーラの脳が、いくばくもなく答えをはじき出した。いや、アルヴィンには正解かはわからないが。
「でも、そうだとしてもその呪いがどうしてお父様に? あの白骨死体ももうバラバラなのに……共同墓地に掘り返しに行こうかしら」
「やめろ」
アルヴィンとセレストからツッコミが入った。リアノーラのやることは突飛で、何をしでかすかわからない。というか、以前、墓地を掘り返す許可を出したら本当に掘り返してくれた娘だ。不用意なことはできない。
「そもそも、あの城って誰の所有だったんですか?」
セレストが尋ねた。フェナ・スクールは約100年の歴史を誇る名門校である。……待てよ、100年か。
「チャールズ、知ってるか?」
「お前が知らないことを私が知ってるはずないだろ」
「まあ、陛下ったら」
チャールズ4世とアンジェラの周りだけ空気が違う気がする。何となく猛烈な怒りがわいてきたアルヴィンは、不意に、自分が書類を丸めていることに気が付いた。要するに人の頭をぽかりとたたくときのあれだ。
「……」
執務机に腰かけていたリアノーラが、無言で書類を取り上げた。
「……お父様、ちょっと落ち着こう。気持ちはわかるけど、落ち着こう」
さっき落ち着けと言った相手に言い返される始末だ。耄碌してきたのだろうか。
「なんだかんだ言って師範も体調不良みたいだね。ほんとに師範とリアは似てるよねー」
セレシエの遠慮の知らない言葉に、再び沈黙が落ちた。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
前回初出のセレストは一地方の大公。領地をほっぽってきているので、現在、彼女の旦那さんが頑張っているのだと思います。ちなみに、アルビオンには鉄道がとおっています。
一応ここでも連絡です。
ゴールデンウィーク中、ちょっとネットの通じない環境下になりますので、一週間ほどお休みさせていただきます。次話は5月6日、7日あたりになると思います。




