ベイリアル大公
気合一発、アルヴィンにかけられた魔術を半分引き受けたものの、その日以来どこか体調の悪いリアノーラである。いや、体調は大丈夫だが、魔術が不調だ。
もともと、それほど物質変化形の魔術は得意ではないリアノーラだが、相性のいいはずの水魔法すらうまくいかない。補助系魔法は相変わらずつかえているが、ユーフェミアにかける治癒術にもちょっと弊害が出てきているので、そろそろ何とかしたいところ。
しかし、待ち人が来ないとこれは何とかならないと思う。
「リア。寒くないの?」
「それが寒くないんだよな」
と言いながら、けろりとしているリアノーラである。これには、学校の友人たちもあきれた。
「この雪の中、寒くないのはリアくらいね」
祥子が呆れている。炎の魔術師アレクシアですら、着込んでいるのに。学校のベランダで立ち話をしているのだ。この場所からは、訓練中の騎士過程の生徒たちがみえるのだ。もちろん、ベアトリックスも参加している。
訓練場は雪かきがしてあり、茶色い地面がのぞいている。高等部1年から3年まで、50名ほどの騎士過程の生徒が訓練中である。
「っていうか、訓練って言ってる時点でおかしくない?」
「軍人になりたければ騎士学校に行けばいいもんね」
「どうしても普通学校の騎士過程じゃ、訓練レベルが落ちるもんね。フェナ・スクールは官僚養成学校だからね……お、あそこの子、討ち取られるぞ……ほら、言わんこっちゃない」
「……リア、アンタも参加してくれば?」
祥子に心底呆れた口調で言われて、リアノーラは苦笑を返す。
「やだよ」
「でも、なんでこんなに必死になってんの?」
アレクシアがぼんやりという。ぼーっとしたのが特徴のアレクシアだが、割としっかりものなのにこんなことを言うとは。毎年の恒例事項なのに。
「毎年、3月の初めに騎士学校の生徒が、合同訓練の名目で来るの、知らない?」
しっかり者の名においては右に出るものはいない祥子が言った。ああ、とアレクシアもうなずく。
「そういえば」
「後れを取るまいって頑張ってるのね」
「でも、騎士学校の生徒に、リアは負けたって言ってなかった?」
「……古傷をえぐらないでちょーだい」
悪気がないのはわかっているが、ズバリと言われると結構グサッと来る。お構いなしにアレクシアは続けた。
「でも、リアでも勝てなかったなら、後れを取らないのは難しいんじゃないの?」
「そうでもないよ。剣で戦うことが、今の騎士のすべてじゃないんだから」
リアノーラが身を乗り出して訓練場を見ながら言う。ちょうどベアトリックスが模擬戦を行っていた。
「うちのお父様とか、エドワードの父君がこの学校の生徒だったときは最終日の対抗戦で勝ったらしいわよ」
「……それ、四半世紀は前の話よね?」
祥子が遠慮なく突っ込みを入れる。じゃあもうちょっと最近の話を、とリアノーラは続ける。
「エドの時も勝ってるらしいわ」
基本的に、フェナ・スクールの生徒はゼロか10なのである。勝てない、と思えばゼロだし、1人勝って「お、勝てる」と思えば10出し切るのだ。
「その最終日の対抗戦はほかの科の生徒も駆り出されるんでしょ? ……リアとか」
「私はナイツ・オブ・ラウンドだから出場権がないんだよ。あくまで騎士見習いの試合だものね。それに、私よりもユフィの方が強いわね」
「ふうん」
祥子がどうでもよさ気にうなずいた。まあ、騎士過程でない生徒には関係ない話だ。もしかしたらユーフェミアは駆り出されるかもしれないが、彼女もソフィアの専任騎士だ。一応、正式な騎士として数えられるので試合の規範によっては出られないかもしれない。とにかく、ナイツ・オブ・ラウンドは出られない。
その前にリアノーラは父と自分にかかっている魔術をどうにかしなければ。アルヴィンも気合で毎日仕事に行っているが、早くしなければ限界が近い。
そろそろ彼女がつくころだと思うんだけど……そう思って再び訓練場を眺めると、訓練服姿の生徒とも、教官とも違う人物が訓練場を眺めているのが見えた。それが待っていた彼女に見えて、リアノーラは身を乗り出す。
「ん? リア、何してんのよ」
バルコニーから身を乗り出すリアノーラを見て、祥子がいぶかしげに言う。まあ、落ちたって死ぬような子じゃないし、いいか、と言っているのが見え見えだ。
リアノーラはその人の顔を視認し、叫んだ。
「来たっ!」
* + 〇 + *
時は少しだけさかのぼる。フェナ・スクールの校門を、1人の女性が通り抜けた。門番と少しもめたが、身分証を見せるとあっさりと通された。
「ここに来るのは久しぶりだな……あんまり変わってないけど」
ダークブルーの長い髪、碧眼を有する目は切れ長気味。どことなく怜悧な雰囲気ながら、浮世離れしたようにも見える不思議な印象の女だった。年は20代の前半ごろだが、落ち着いているのでもう少し年かさにも見える。
セレスト=ベイリアル。これが彼女の名だが、人にはベイリアル公と呼ばれることの方が多いだろう。
ベイリアル公を説明するには、少しアルビオンの説明をしなければならない。
現在、アルビオンと呼ばれる国の正式名称はアルビオン連合王国である。その名の通り、連合だ。ラングフォード、シェフィールド、ベイリアルの三地方に分けられる。王都ロザリカがあるのは、連合王国のほとんどを占めるラングフォードである。
もともと、この3つの地方は別々の国だった。統合されたのは200年ほど前で、もともとこの三地方の王族は血縁同士だった。200年前にシェフィールドの王族の血筋が途切れ、シェフィールド王族の血を引く当時のラングフォード女王がこの二つの地方の国主を兼ねることになった。このラングフォード女王はベイリアルから婿を迎え、ベイリアル王族の跡取りがシェフィールドと同じく亡くなってしまったため、そのままラングフォードに統合された。その際に、ラングフォードの土地が使っていたアルビオンという国号に連合王国が加わったのである。
その後はシェフィールドとベイリアルに王族の親族が派遣され、大公として代々治めている。現在のシェフィールド公は国王のいとこ、ベイリアル公であるセレストは王妃アンジェラの姪である。そんな具合に、国王と縁を持っていた。だからこそ、王位簒奪をたくらむ輩もいるのだが……それはまあいい。
ベイリアルはアルビオンの中でも北西に位置し、土地は一番小さい。権力的にも一番小さい。まだ年若いセレストにとっては、そんな小さな土地を支配するだけでも大変だったが。
セレストがアルビオン連合王国王都ロザリカにやってきたのは、国王に呼ばれたからである。なのになぜ宮殿に行かないかというと、本当に彼女に用がある人物はこのフェナ・スクールの生徒だからである。
かつて、セレストもこの学校の生徒だった。5年ほど前の話だ。学校の中に入ったセレストは生徒の注目を浴びながら何となく修練場に向かった。
この時期、騎士学校から合同演習と称して生徒がやってくる。たいてい卒業間近の成績優秀者だから、最終日に行われる対抗戦では勝てない。たぶん、雪の中頑張っている彼らはフェナ・スクールの騎士過程の生徒なのだろう。彼らに非はない。フェナ・スクールの騎士過程は騎士を育てる養成科ではない。騎士になりたいなら騎士学校に行くべきだった。なぜならこの学校は官僚養成学校なのだから。
最近は騎士にも女性が増えてきた。訓練中の生徒にも女生徒がちらほらいる。フェナ・スクールは貴族が多いから、あの中にも貴族や上層階級のものが多いのだろう。
「来たっ!」
「うん?」
頭上から声が聞こえ、セレストは上を見上げた。すると、ちょうど下を覗き込んでいた女生徒と目があった。セレストは口元に笑みを刻み、上を見上げたまま言った。
「よぉ、リア。久しぶりだね」
「リア、知り合い?」
一緒に覗き込んでいた黒髪の少女のうち1人が言った。3人のうち中央にいるのはセレストの遠い血縁の少女だ。リアノーラ=フェアファンクスという。公爵家の次女で、アルビオン王族でもある。
リアノーラは銀に近い亜麻色の髪を持つ少女で、どこかふんわりした印象を与える。しかし、中身は逆で、舌鋒のさえる娘だ。最強と言われた騎士の娘で、自身も剣士。だが、彼女の本質は剣ではなく今では珍しい魔術にあることは有名な話だ。
「セラっ」
わざわざ修練場に降りてきたリアノーラは、なぜかコートを着ていなかった。リアノーラは駆け寄った勢いでセレストに抱きつく。
「お前、寒くないの?」
彼女を受け止めながら、思わずセレストはつっこんだ。リアノーラは「平気」と手を振る。いったんリアノーラを引きはがす。彼女はおとなしく離れて小首をかしげた。
「なんで学校にいるのよ」
「卒業生だよ、私」
「知ってるわよ」
スパッと切るリアノーラに、セレストは片方の口角を持ち上げた。
「だって、呼んだのはお前だろ。この時間なら学校にいると思ったからね」
「……そうだけど」
リアノーラが目を細めて言う。彼女の後ろから、黒髪の少女が2人かけてくる。この2人はちゃんとコートを着ていた。1人は東洋系の顔立ちをしている。
「リア」
「この人、どちら様? 知り合い?」
「……親戚のお姉さん」
尋ねられてリアノーラはあたりさわりのない返答をした。確かに、セレストはリアノーラの親戚のお姉さんである。間違いではない。セレストは苦笑した。
「ん!? リアじゃないか。ちょうどいい。ちょっと相手をしてくれ」
「私、理数科の生徒なんですけど」
「いいから。ちょっと喝入れてくれ」
騎士過程の指導教官に呼ばれて、リアノーラは不本意そうにブーツでザクザクと雪の上を歩いていく。ひねくれているのに妙に素直な娘だ。教官の近くまで行くと、模擬剣を手渡された。
「相手誰ですか。2人同時は嫌です」
「そいつだ。この中では一番強い」
リアノーラが無言で一番強いと言われた少年を見上げた。緊張気味の少年は、リアノーラより年上だろう。筋骨隆々とした、いかにもな少年である。騎士というより軍人っぽい。
教官が合図をすると、2人同時に構えを取った。少年は片手に斜に構えたが、リアノーラは大きく右足を引き、剣を持った右手を挙げ、左手を前に出す。腰を低く構えた。
「……あれ。構え変えたのか」
セレストの記憶が正しければ、リアノーラの構えは同じ腰を低く構えるものでも、剣を持つ手を後ろに引き、腰より下に構えるものだ。しかし、今は頭上高く構えている。
開始の合図で、リアノーラの剣が先にうなりを上げた。女の子が相手なので、相手が先に動くことはないと判断したのだろう。そのリアノーラの読みは正しい。
上段から加速をつけてつき下ろす。彼女の姉ユーフェミアは初撃スピードの速い剣士だが、それをまねたのだろうか。セレストから見ると、リアノーラはどちらかというと力で押し切るタイプだと思うのだが。
まあ、好みは人それぞれだ。リアノーラはどちらかというと魔術師的要素が強いし、剣は好みでいいのかもしれない――と思ったところで、リアノーラが相手の剣戟を真っ向から受け止めた。
「すごーい」
「えっと。リアが押されてるのかな」
素直に感心する少女と、妙に冷静に状況判断をする少女。しかし、その判断は間違っている。
リアノーラは剣を両手で握ると相手の剣を押し返す。そのままくるりと半回転し、右手に持ち直した模擬剣を横なぎにふるう。素早い動きに、相手の剣が手から落ちた。
「……腕が上がってるな。何があったんだろうな」
リアノーラと最後に会ったのは去年の10月、チャールズ4世の即位5周年式典の時だ。あれからまだ3か月しかたっていない。あのころに比べると、なんだかかなり腕が上がっている気がする……。戦い方を変えたからだろうか。彼女の心境に、何の変化があったのだろう。正式にナイツ・オブ・ラウンドへと叙任されたらしいが、それが関係しているのだろうか。
セレストは槍士だ。剣も使えるが、槍ほどではない。最初は剣を使っていたのだが、合わないと判断し、槍に変えるとしっくりきた。もしかしたら、リアノーラも数ある剣術の中で自分に合うものを見つけたのかもしれない。
教官と何か話して戻ってきたリアノーラは、少し顔色が悪かった。もともと色白なのでわかりにくいが。
「大丈夫か?」
「今のみてなかったの? 大丈夫よ」
今にも「はっ」とでも言わんばかりのリアノーラの様子に、セレストは少し呆れる。
「お前、相変わらずそうなのな」
「そう簡単に性格は変わらないわ」
それもそうだ。セレストは肩をすくめ、リアノーラの友人らしい少女2人に目を向けた。
「この子たちは? 紹介してくれないわけ」
「セラ姉さん、そんな趣味あるの?」
「殴るぞお前。あるわけないだろ」
「冗談よ。久しぶりに会ったからからかいたかっただけ」
しれっとそう言い、リアノーラは黒髪の2人を紹介してくれた。
「こっちがアレクシア。魔術師で炎を操る。そっちは祥子。見ての通り東洋人ね。15か国語が話せるわ」
「1か国増えてる! 14か国語だよ!」
祥子がツッコミを入れる。リアノーラはたぶん、確信犯なのだろう。にっこり笑って今度はアレクシアと祥子に向かう。
「この人は親戚のセレスト姉さん。お父様の弟子なの。普段はベイリアルに住んでるわ」
少女2人はそろって頭を下げた、リアノーラもこれくらい素直ならかわいいんだけどな。
「いつもリアが世話になってるね」
「いえ」
東洋人の祥子がにっこり笑って言う。対人慣れしているな。対するアレクシアはどこかぼーっとした印象がある。
すでに授業は終わっていたらしく、リアノーラはそのまま宮殿に行くという。もともとセレストもリアノーラに会いに来たので、そのままついて行くことにした。
「というか姉さん、護衛とかは?」
「撒いてきた」
馬車の進行方向側に座ったリアノーラは呆れた表情になる。ちなみに、馬車はフェアファンクス公爵家のものである。
「何してるのよ。一地方を治める大公が」
「構わないさ。私の顔を知っている人なんてほとんどいないし。それに、リアはナイツ・オブ・ラウンドでしょ」
にやっと笑うと、今度はリアノーラがあきれた表情になった。
セレストはなるべくして大公になったわけではなかった。もともと兄がいたのだが、亡くなってしまったのだ。そのため、やむなく大公位についた。
愛してくれる夫と、愛すべき子供たちのおかげで今まで何とかやってきた。だから、これからもそうなるといいなと思っている。政務につかれたセレストにとって、リアノーラの呼び出しは休暇も同然だった。考えるのはリアノーラの役目で、セレストはそれに相槌を打てばいいだけなのだから。自分で考えなくてもいいというのは、とても楽なことである。
「顔色、悪いね。体温も高い。何があった?」
セレストがリアノーラの手を取って尋ねるが、リアノーラは表情を動かさない。顔色は悪いが、それ以上の変化はなかった。握った手は熱いほどだ。リアノーラの平熱は低いくらいだったと記憶している。
「姉さんに来てもらったのは、そのことに関係があるの」
だろうな、とセレストは思った。セレストは大公であるというイメージが先行し、その次にフェアファンクス家門下の武人であるという印象が強い。しかし、ほかにもう一つ、別の顔がある。彼女は魔術研究家だった。
もちろん、魔力は低い。というか、この時代にリアノーラほどの魔力を持ち、魔術を自在に操れることの方が難しい。大体のものは、光が出せるとか、簡単な肉体強化ができるとか、そんなレベルの魔術しか使えない。セレストも、できるのはせいぜい肉体強化と自己治癒力を少し高めることくらいだ。
「何をすればいい?」
ここでは考えるのはリアノーラの役目。セレストは彼女に問うた。リアノーラはニコッと笑う。ちょっとひきつり気味だったのはご愛嬌。
「とりあえず、お父様に会ってちょうだい」
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
新キャラセレストはベイリアル地方を治める大公です。さかのぼればアルビオン王族の血を引いているので、彼女はリアノーラの遠い親戚になります。表現が難しいですね……。読みにくくて済みません。




