デート……たぶん
今回は短めです。リアのテンションがおかしなことになっています。
前回の話とだいぶ落差があります。
学校が始まって最初の週末、エドワードはリアノーラと並んで王都の町を歩いていた。普通の貴族ならわざわざデートで街を歩いたりしない。そもそも、デートもしないだろう。そういう意味でこの2人は庶民感覚である。
どう控えめに見ても上流貴族出身の男女が手をつないで歩いてる姿ははっきり言って浮いていた。2人ともそれなりに端正な顔をしているので、余計に目立つ。しかし、今更周囲の目を気にするような2人ではなかった。
「エド、エド。ちょっと公園入ろう」
「はいはい」
エドワードは苦笑気味に手を引くリアノーラにうなずいた。はたから見るとわがままなお嬢様に振り回される男だが、それほどリアノーラに振り回されているわけではなかった。今日のリアノーラは少々控えめのような気がする。ふわふわとした彼女の服装がそうさせるのかもしれないし、2人の間でデート、という認識ができているので妙に意識しているのかもしれない。
だとしたら、脈はあるかな。
だといいなぁ、と思いながら寒いのに元気に渡り鳥を追いかけるリアノーラを見た。なんだか保護者の気分だ。
「エドっ」
「おおっ!?」
突然体当たりすつようにしがみついてきたリアノーラに、ボーっとしていたエドワードは驚いて彼女を支えた。
「何ボーっとしてんの?」
「いや……お前、楽しいの?」
「つまらなくはないわよ。寒いけどね」
彼女の頬に触れると、確かに冷たくなっていた。
「……どっか建物の中に入るか?」
「んー……」
尋ねると、リアノーラはあたりを見渡した。まだ昼前だ。冬でも明るい時間。
「じゃあお昼食べる。ちょっと早いけど」
リアノーラが言った。出歩くのなら明るい方がいいということで昼前に出てきた。まだ11時くらいである。
「……食べるか。早いけど」
「うん」
左手にリアノーラをしがみつかせたまま、エドワードは公園を出るべく歩き出した。公園を出てから尋ねる。
「お前、どうかしたの?」
「いや……なんか視線を感じて」
リアノーラは気味悪そうに身震いした。明るいとはいえ、こんな冬場に出歩く人は限られている。散歩している人はちらほらいたが、エドワードはこちらを見る視線には気付かなかった。エドワードがそういうと、リアノーラは彼にしがみついたままからりと笑った。
「じゃあ、幽霊とかだったのかもね」
「……ああ。確かに俺、霊感もないわ」
エドワードには魔力もなければ霊感もない。リアノーラは両方あるらしい。体質的には2人は正反対である。
2人は昼食をとるために目に入ったカフェに入った。ちなみに、リアノーラの選択である。エドワードに遠慮したのか、よくある女性向けのカフェではなく、男性でも入りやすそうなところだ。
2人はざっとメニューを見ると即決した。
「私、サンドイッチ」
「ミートパイとポテトのキッシュ」
「エド、それって食事に入るの?」
「……どうなんだろうな……」
リアノーラにツッコまれてエドワードは思わず考え込んだ。改めて問われると、確かにどうなんだろう、と思ってしまう。オーダーをとってくれたウェイターが料理? を持ってきた。
「おお。おいしい」
リアノーラが素直に感心した声を上げた。確かにおいしい。エドワードは楽しそうなリアノーラの様子に微笑んだ。
会計の時にちょっともめたが、特に何事もなくカフェを出た。ドアをくぐったところでリアノーラが叫ぶ。
「のあっ。寒い!」
温かいところにいたからか、空気がさすように冷たかった。気流と海流の影響で、アルビオンは緯度の割に毎年冬が温かいのだが、今年の冬は寒いらしい。
「ほんとに寒いな……お前、行きたいところはある?」
そう尋ねてから、公園、とか言われたらどうしよう、と思った。せめて建物内にしてほしい。リアノーラは視線をさまよわせると、一つの建物を指さした。
「あそこ」
博物館だった。
アルビオンの博物館は国営なので、無料で入ることができる。この『クイーン・エリザベス記念博物館』はこの国で最も大きな博物館になる。アルビオンの歴史がわかるというこの博物館では、かつての王族が使っていた物品が飾ってあることでも有名だ。魔法道具も多く、リアノーラが興味を抱くことは当然といえる。
興味深げにガラスケースを見つめるリアノーラの背中に、エドワードは尋ねた。
「お前、来るの初めて?」
「そんなわけないじゃん。これでも私、王族だよー?」
笑顔で言われてはっとした。そういえばそうだ。彼女が気さくすぎるので忘れてしまうが、ナイツ・オブ・ラウンドを務める彼女は本来、守られる側の人間だ。母親が王女だから、傍流王族になる。そもそもフェアファンクス公爵家自体が王族の血を引いている。
王家に連なるものとしてこの博物館を訪れたことがあるということだろう。
「友達ときたこともあるよ。全部は見れなかったけどね」
すべてを見て回ると一週間はかかるといわれている『クイーン・エリザベス記念博物館』だ。今も着々と展示品は増えている。戦争で勝利し、ぶんどってきたものも多いらしい。
いま彼女が見ているのは今から300年前の16世紀ごろの展示品だ。説明書きによると魔法道具らしいが、エドワードにはただの豪奢なネックレスにしか見えない。
「……これ、魔法道具なんだよな?」
「そうよ。魔法道具は一見して魔法道具ってわからないものも多いわ。護身用のものも多いしね。核に精霊石が使われていればひとくくりに魔法道具といえるわね」
「精霊石?」
「魔力のある石のことよ。魔法道具の動力の源ね。まあ、魔力が希薄になっている現代ではめったに取れないから、あなたが知らないのも無理ないわ」
うふふ、とリアノーラは笑う。魔法のことになると饒舌になる彼女は楽しげに語る。
「これは護身用の魔法道具ね。たぶん、結界を展開する魔法陣が組み込まれているのだと思う」
その言葉を聞いて、エドワードはふと思い出したことがある。
「なあリア。お前、たまにユフィとかフィーアに魔法陣を書いた紙とか、渡してるだろ? あれは違うわけ?」
「あ、いい指摘。仕組みは一緒よ。ただ、私はただの紙に書いてるから定着しないの。精霊石が魔法陣をものに定着させ、魔法を発動する動力源になるのね」
「お前、ブレスレットとかにも魔法陣を刻んでなかった?」
「ええ。私が持っている装飾品には、少しだけ魔力を含んだ精霊石が使われているものがあるの。それに魔法陣を刻んでいるのね。それでも使用できる回数は少ないんだけどね」
エドワードはふうん、とうなずいた。理解できたような、できなかったような。そんな微妙な思いが表情に出ていたらしく、リアノーラはエドワードを見上げて微笑んだ。
「別に知らなくてもいいことだから、理解できなくても大丈夫だよー」
相変わらずのんびりとした口調だった。
そして、かの300年前の女王エリザベスが使用していたという剣を目にしたとき、リアノーラの興奮は最高潮に達した。
「すごいっ! こんなに魔法が深く定着した武器を始めてみたわ! 現代魔法技術では不可能ね!」
「そ、そうなのか……」
意味が分からなかったが、尋ねたら立て板に水の勢いで説明されそうな気がしたので、尋ねることはやめた。だが、気になることは気になるので、覚えていたら今度聞いてみようと思う。
とりあえずリアノーラを落ち着かせ、エドワードは提案した。
「ちょっと休憩しないか?」
と、近くのカフェを指してみる。リアノーラはちょっと考えるそぶりをしたが、彼女の体は正直だった。腹の虫がなったのである。
「……そういえば、おなかすいたわ」
「の、ようだな」
エドワードはリアノーラの様子がいつもと同じくらいになったのに安心しながら、彼女をいざなって店に入った。やはりリアノーラはメニューをさっと見て言った。
「紅茶のシフォンケーキとザッハトルテ、アップルコンポートのケーキ。紅茶はポットで、ミルク付きで」
「じゃあ俺は、スコーンとチーズスフレ。ティーカップは2つお願いします」
「は、はい……」
若い美男美女がお菓子を大量に注文し、ウェイトレスは戸惑ったようにうなずいた。基本的に体育会系のリアノーラとエドワードだ。体質的にも太らない体質だし、2人はよく食べる。ナイツ・オブ・ラウンド内ではかなり食べるほうだ。
注文したものが出され、リアノーラは早速アップルコンポートのケーキに手を付ける。よほど腹が減っていたのだろう。
「……お前、よく食べるよな……本当に公爵令嬢か?」
公爵家の令嬢であるどころか、王位相続権を持つ王女でもあるのだが……。
「変なこと言わないでちょうだい。わたし、半分騎士だもの。それに、魔法使うのって結構体力使うのよ」
甘いものを食べて頬の緩んだ状態で言う。いつもどこか隙のないリアノーラの気の抜けた調子はかわいい……と、エドワードはすでに重症である。自分もスコーンに手を伸ばし、ジャムを付けた。
「エド、ミルクティーでいい? 砂糖は?」
「いらない。悪いな」
「いいえー」
アルビオン人は紅茶が好きだ。男でも女でも紅茶が入れられる。特に貴族の女性は、客をもてなす時にその所作、紅茶の入れ具合などに気を使う。女性はその家の顔なのだ。女性のふるまいで家がわかるとまで言われている。
自分は半分騎士だと言っているリアノーラも、その根本は貴族令嬢だ。瀟洒なふるまいや、美しい紅茶の入れ方などは完璧である。
「どうぞ」
リアノーラは上品にエドワードの前にティーカップを置く。本当に万能な少女だ。自分の分の紅茶も注ぎ、彼女は砂糖も入れる。エドワードはさすがに眉をひそめた。
「……さすがに太らないか?」
「じゃあ後で訓練に付き合ってちょうだい」
リアノーラは最近、剣術の基礎訓練に必死だ。ついこの間、リアノーラは騎士学校の生徒に負けた。それがよっぽど悔しかったらしく、天賦の才である魔術だけに頼らない戦闘方法を編み出そうとしているらしい。
リアノーラはもともと剣術にも優れている。その辺の騎士学校の生徒なら、リアノーラが負けることはない。最強と言われた剣士アルヴィンの娘だけあり、魔術師であっても剣の腕はいい方だ。
それでも、彼女はまだ進化している。さすがはアルヴィンの娘と言ったところか。呑み込みも早いし、最近は自分に合う戦闘スタイルも見つけたようである。エドワードも抜かれる覚悟をすべきかもしれない。
ちなみに、先王ウィリアムの時代から仕えたナイツ・オブ・ラウンドがいなくなった今、現行ナイツ・オブ・ラウンドで一番強いのはエドワードになる。
現行ナイツ・オブ・ラウンドは若い。第1席であるフランクリンをのぞいて、みんな30歳以下の青少年たちである。第3席のリディアが28歳で、フランクリンの次に年上だ。その下は年齢はほぼ団子である。
つまり、圧倒的に経験が足りないのである。そもそも、先王ウィリアム2世が王だった時代は戦乱期だ。約四半世紀前まで、この世界は俗に科学大戦と呼ばれる世界大戦をしていた。
島国であるアルビオンは、大陸が主戦であった大戦に本格的には参加していない。それでも、その時代は国が荒れた。ナイツ・オブ・ラウンドの仕事も、騎士を兼ねる軍部も仕事が多かった。おのずと経験がつめたのである。
平和な現代。エドワードたちは経験を積む機会は少なくなった。エドワードやリアノーラに至ってはまだ学校に通っている。
「……お前、最近よく剣握ってるよな」
「いーじゃない。私だってナイツ・オブ・ラウンドだし一応は剣士なのよ。それくらいするわよ」
リアノーラはそう言って次のシフォンケーキに手を付ける。意地っ張りもここまで来ると見事である。
「お前って魔術師じゃん。別に剣が強くなくてもいいだろ」
「……そうだけど。別にいいじゃない。フェアファンクス家の誇りにかけても、負けっぱなしは認められないの」
嫌な一族……。エドワードはこっそりそう思った。確かに、騎士の一族であるフェアファンクス公爵家では騎士道精神が当たり前に学ばれているようだ。ナイツ・オブ・ラウンドの気風は、リアノーラにあまりにも簡単になじんだ。
しかし、それは同時にリアノーラの確かにあった令嬢精神をもむしばんでいった。今の彼女が令嬢としてふるまっても、ただの猫かぶりに見える……いや、初めからか。彼女はエドワードが初めて会ったときから、少なくともどこか慇懃無礼な少女だった。
そんな印象だった少女を好きになるとは。エドワードは自嘲する。3年前はこんなことになるなんて思いもしなかった。
「……スコーンもらっていい?」
「……いいけど」
エドワードはスコーンを差し出す。リアノーラは遠慮なくそれをほおばった。
そんな彼女を見つめながら、エドワードは無遠慮に言った。
「お前、自分が嫌いだろ」
「……嫌いよ」
吐き捨てたリアノーラの頭をなでる。リアノーラはふてくされたように顔をそむける。エドワードは目を細めて笑みを浮かべる。
「……お前が自分を嫌いでも、お前を愛してくれる人がいる。幸せだな」
「……うん」
リアノーラが小さくうなずいた。
一瞬だけ、彼女の埋められない心の闇が見えた気がした。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
デート? たぶん、デートです。たぶん。ほんとはもっと甘~くしたいんですけど、やりすぎると胸やけが……いえ、なんでもありません。




