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第二章 左端

 その翌日、左端は空いていた。いつもの場所へ座り、しおりを抜いてみる。一ページ進むたびに白い袖が浮かび、前のページへ戻った。結局、昼休みが終わっても、物語はほとんど進んでいなかった。


 彼女が二度目に現れたのは、それから二週間ほど経った頃だった。服は違っていたが、同じ左端に座り、やはり俯いていた。


 引き返そうかと迷った。あの日のように立ち去れば、また何も言わなかった心残りだけを持ち帰る気がした。それでも声をかける勇気はなく、僕は反対側の右端に座った。二人のあいだには、人ひとり分よりわずかに広い隙間が残った。


 最初に覚えたのは落胆で、そのあとから、他人には話せないほど小さな苛立ちがついてきた。もちろんベンチは僕のものではない。名札を打ちつけた覚えもなければ、使用料を払ったこともない。それでも、誰も来ないから好きだった場所に誰かがいるというだけで、自分のものを奪われてしまったように思えた。


 僕と同じ二年生くらいだろうか。同じ二十歳か、一つ下か、その程度の違いも、学部も何もわからないままだった。


 当時の僕たちは、十年後の自分なら何でも決められる大人になっていると思っていた。実際に三十歳になっても、分からないことの方が多いとは知らなかった。


 そして、自分たちの人生には、まだいくらでもページが残っていると信じていた。


 本を開き、前日に挟んだしおりを抜く。三行読んで内容が頭に入ってこなかったため、同じ三行へ戻った。今度は五行まで進んだものの、紙をめくる音がひどく大きく感じられ、また最初へ戻ってしまう。


 視界の端で、白い袖が揺れた。風のせいだと思ったが、風が止んでも揺れは続いた。肩が震えているのだと気づいたとき、僕はようやく、彼女が泣いていることを知った。


 大丈夫ですか、と声をかけようとした。その言葉が正しいのか考えているうちに、正しくない気がしてきた。大丈夫ではないから泣いている人に大丈夫かと尋ねるのは、答えを一つしか用意していない質問に思えた。


 僕は人の身体について学んでいた。心臓の弁の数も、腕を通る神経の名前も答えられたが、隣で泣く人にかける言葉は、まだどの教科書にも載っていなかった。


 結局、女の子が立ち上がるまで何も言えなかった。彼女は一度もこちらを見ず、木々の向こうへ消えた。


 静かになってから本へ目を戻した。それでも文字は、意味を結ばないまま紙の上に並んでいた。しおりを挟み直す。今日の僕も、一ページも進んでいなかったらしい。


 次に会った日は泣いていなかった。膝の上のスマートフォンを睨み、画面を点けては消すことを繰り返している。僕が座ると、彼女は少しだけ身をずらしたが、もともと端にいたので、それ以上離れる余地はなかった。


 それから彼女は、決まった約束もないのに時々そこへ来るようになった。雨の日には来ず、金曜日は遅い時間に現れることが多い。覚えるつもりなどなかったのに、木々のあいだへ入るたび、僕はまずベンチの左端を見るようになった。


 彼女がいない日は、本がよく進んだ。何冊も読み終えたはずなのに、不思議なことに、何を読んだのかはあまり覚えていなかった。


 ある午後、ベンチへ行くと、彼女は泣いてもスマートフォンを見ずに眠っていた。


 木漏れ日が瞼の上で揺れている。膝から落ちかけた鞄を、細い指がかろうじてつかんでいた。起こすべきか迷い、結局いつもの右端へ座った。


 その日は風が強かった。本のページを押さえる指に力を入れても、紙は何度も先へ進もうとする。彼女の前髪も同じ風に乱れていたが、目を覚ます気配はなかった。


 やがて鐘が鳴った。彼女は肩を震わせて起き、まず周囲を見てから、僕に気づいた。


「いつからいたの」


「二十分くらい前からです」


「起こしてよ」


「気持ちよさそうに眠っていたので」


 スマートフォンを確かめた彼女の顔が青くなった。


「講義、始まってる」


 鞄を抱えて立ち上がり、二歩進んでから振り返る。


「寝てるところ、見てた?」


「本を読んでました」


「そうじゃなくて」


 僕が答える前に、彼女は木々の向こうへ走っていった。


 足元に、透明な小さな袋が落ちていた。のど飴が二つ入っている。拾い上げ、次に来たとき渡そうと鞄へ入れた。


 次の一週間、彼女は現れなかった。のど飴は文庫本と一緒に鞄を移り、袋の角が少しずつ折れていった。


 九日目、彼女が来た。僕は挨拶より先に袋を差し出した。


「これ、落としましたよ」


 彼女はしばらくそれを見ていた。


「まだ持ってたの?」


「捨てる理由がなかったので」


 受け取った袋を開け、一つを僕へ返した。


「じゃあ半分」


「あなたのものです」


「拾ってくれたお礼」


「落としたものを拾ったお礼に、落としたものを半分もらうんですか」


 彼女は笑って、僕の開いた本の上へ飴を置いた。薄い包み紙を通した光が、文字の上で琥珀色になった。


 僕はその飴をすぐには食べなかった。ページをめくるたびに転がるので、仕方なく口へ入れた。蜂蜜の味がした。

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