第3話 お別れパーティー
夜。
回廊型リビングの中央に鎮座する、ゆったりとした大きなソファ。その周りを囲むようにして、小河園美のお別れパーティーが盛大に開かれていた。
仕事に出た玲奈を除く住人全七名が揃い、グラスを片手に和気あいあいと笑い合っている。
主役である園美は、テーブルの上にズラリと並んだご馳走を見て目を丸くした。
色鮮やかな手まり寿司、出汁の染み込んだ煮物、そして中央には、新鮮なフルーツがふんだんに使われた見事な手作りケーキが置かれている。
「結衣ちゃん、これ……全部一人で作ったの?」
「もちろんよ!」
結衣はエプロンを外し、少しだけ疲労の色が滲む顔で、しかし誇らしげに微笑んだ。
「市販のケーキや惣菜なんて、添加物まみれで毒みたいなものじゃない。園美ちゃんの門出を祝う大切な日に、そんな既製品を食べさせるわけにはいかないわ。昨日の夜からスポンジを焼いて、全部手作りしたのよ」
園美は結衣のその言葉に、胸の奥でわずかな引っ掛かりを覚えた。
(結衣ちゃん……また徹夜したのね。『手作り=愛情』っていう強迫観念、少し危うい気もするけれど……)
完璧な母親、完璧な妻であろうとして元夫に逃げられたという結衣の過去を、園美は知っている。だからこそ、自分のためにそこまで身を削って尽くしてくれる彼女の不器用な優しさが、愛おしくもあり、同時に心配でもあった。
「ありがとう、結衣ちゃん。でもね……」
園美は結衣の手を優しく握り、真剣な眼差しを向けた。
「あなたはいつも頑張りすぎちゃうから。私がこの家を出た後は、一人で何でも抱え込まないでね。しんどい時は、普通に買ってきたお惣菜で済ませたっていいんだから」
「もう、園美ちゃんったらお母さんみたい。大丈夫よ、私にはみんながいるもの」
結衣が照れたように笑うと、横から美月が明るい声を上げた。
「そうそう! ウチら団結力すごいんだから、結衣さんにばっか負担かけないって!」
「ええ。スケジュール管理さえ徹底していれば、生活の質は維持できるはずです」
琴音も赤ペンを胸ポケットに差したまま、真面目な顔で頷く。
「あはは、琴音さん相変わらずお堅いー! ほら、飲んで飲んで!」
葵が笑いながら琴音のグラスにオレンジジュースを注ぎ、凛がケーキのイチゴを狙って身を乗り出す。
その眩しい光景を見つめながら、園美はふと自分の左手の薬指にはめられたリングを見た。
両親の離婚や借金で崩壊した家庭で育った彼女にとって、「普通で温かい家庭」を持つことは何よりの夢だった。そして今、彼女はその「普通の幸せ」の絶頂にいる。
このシェアハウスの空間も同じだ。それぞれが少しずつ過去の傷や悩みを抱えながらも、お互いを思いやり、健康で、五体満足に笑い合っている。これほど完璧で、光にあふれた場所はない。
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ソファの端では、オレンジジュースのグラスを傾けながら、葵と彩夏が顔を寄せ合っていた。
医療と介護。近しい現場で働く二人は、酒が入らなくとも職場の愚痴で盛り上がれる貴重な戦友だった。
「いやぁもう、昨日の夜勤が本当に疲れてさ。消灯後に限ってナースコールが鳴り止まないの。急いで駆けつけたら『ごめんねえ、ちょっとテレビのリモコン落としちゃって』って。バイタルが急変したのかと思って、あせったあせった」
葵が空中でカルテに文字を書き込むような指の動きを見せながらため息をつく。
「あー、わかる! 施設でも夜中のコールあるあるだよね」
彩夏が手まり寿司を頬張りながら、目を細めて深く頷いた。
「うちの施設のおじいちゃんたちもそうだよ。普段は『若いお嬢さんの手は煩わせられないよ』なんて言って頑固なくせに、夜中になると寂しくなるのか、やたらと話し相手を求めてきたりしてね」
「そうそう! そういう変に遠慮する人に限って、こっちが目を離した隙に一人で動こうとして転倒するんだよね。わざとっすか?って聞きたくなっちゃう」
葵の言葉に、彩夏は弾かれたように顔を上げた。
「あははっ。それな」
変に気を遣われて『生きてて申し訳ない』みたいな態度を取られるより、痛い時は素直に『痛い』『助けて』って言ってくれる方が、こっちとしては絶対やりやすいよね」
「うんうん。私たちが選んでやってる仕事なんだから、もっと遠慮せずに頼ってほしいよねえ」
二人は顔を見合わせ、声を揃えてクスッと笑い合った。
「ほんと、世話焼きなのは結衣さんだけじゃないってことだね」
「間違いない。私たち、案外この仕事が天職なのかも」
葵は優しいまなざしで、彩夏とジュースのグラスを軽く打ち合わせた。
「「お疲れ様!」」
人の世話を焼き、頼られることに誇りを持つ二人。そしてなにより、互いに気兼ねなく愚痴を言い合えるこの環境を、何よりも大切にしていた。
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「ねえ、最後にみんなで写真撮ろうよ!」
美月の提案で、全員がソファの中央に座る園美の周りに集まった。
結衣がカメラを構え、セルフタイマーをセットして慌てて駆け寄ってくる。
「いくわよー、はい、チーズ!」
フラッシュが焚かれ、レンズに最高の笑顔が収められた。
写真の中の彼女たちは、誰もが輝くような表情をしている。
「みんな、今まで本当にありがとう。元気でね!」
翌朝、園美は住人たちに見送られながら、笑顔でシェアハウスを後にした。
自分が去った後も、この光あふれる日常が永遠に続くのだと信じて疑わずに。
そして、園美という精神的な支柱が抜けてしまったが、この空間に新たな入居者が来るという未知との出会いに、誰もが胸を高鳴らせて期待感を膨らませていた。




