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第13話 全員の過失

 玄関のドアが重い音を立てて開き、救急車で病院へ付き添っていた看護師の葵が、血の気の引いた顔で帰ってきた。

「葵ちゃん! 橘さんの容態は……っ!?」

 棚の片づけが終わり、リビングで凍りついていた結衣たちが一斉に駆け寄り、すがるような視線を向ける。しかし、葵は力なく首を横に振った。

「……これからレントゲンや詳しい検査をするから、まだはっきりとはわからない。でも……」

 葵は自身の震える両手を強く握り締め、絶望的な声で絞り出した。

「あんなの、プロの目から見なくてもわかる。明らかに重症で……絶対に、良くはない」


 シェアハウス「シェアスマイル」の広々としたリビングルームには、まるで葬儀場のような重苦しく冷たい静寂が澱んでいた。

 ダイニングテーブルの中央には、克実の胸ポケットから滑り落ち、鉄アレイの直撃を受けて画面が木端微塵に粉砕されたスマートフォンが置かれている。蜘蛛の巣状にヒビ割れた真っ黒な液晶画面は、まるで無惨に叩き潰された克実の肉体そのものを暗示しているようで、女性陣は誰一人としてそこから目を逸らすことができなかった。


 ソファの端で膝を抱え、影森若菜が声にならない嗚咽を漏らし続けている。

「僕の……僕のせいで……っ。僕が変なところに手をついちゃったから……あのおじさんが……っ」

 若菜は心の支えであるスマートフォンを握りしめることも忘れ、ただひたすらに震えていた。

 神崎結衣は青ざめた顔で若菜の背中をさすっていたが、その指先は無意識のうちに小刻みに震え、引き攣っていた。


 若菜は結衣の背中から伝わるぬくもりでは癒されることができず、泣き止むことが出来ない。

「あの下駄箱が……あんなに脆く崩れるなんて……知らなくって。本当にごめんなさい……っ」


 その言葉に、結衣の顔からさらに血の気が引いた。彼女は震える声で、重い口を開いた。

「私……DIYの知識なんて全然ないのに、見た目が可愛いからって……規定よりもずっと安くて薄い木材を買ってきちゃった。ネジも、組み立てる時に力がいらないようにって、短いものしか……」


「結衣さん……」

 藤原琴音が、中指でスッと眼鏡のブリッジを押し上げた。しかし、その指先はひどく強張っている。

「私の責任も極めて重大です。遊びを持たせるとか、しなやかさがどうとか適当な理由をつけて……本当は、強度計算など一切無視した欠陥だらけの設計図を、自信満々に引いてしまいました」


 国語教師としての威厳は完全に失われ、琴音の顔には明確な恐怖が浮かんでいた。

 すると、マーブルカフェの髪を乱した遠藤美月が、ハサミを鳴らすような指の動きを完全に止め、両手で顔を覆った。

「嘘でしょ……ウチ、あの重い鉄アレイ……かがむのが面倒くさくて、一番上の段に置いてた……。橘さんの足と腕を砕いたの、ウチのせいで……っ」


「私も……」

 二之部彩夏が、すがるように天井を仰ぎ見る。

「見栄えと風水ばかり気にして、一番上の端っこに、たっぷり水を含ませた重い観葉植物の鉢を置いちゃってた。あれで……重心が完全に偏って……」


 狂い始めた歯車が、次々と露呈していく。

 夜職の派手なメイクが涙で崩れかけている杉浦玲奈が、気怠げな口調を完全に失い、自身の唇を強く噛み締めた。

「……アタシだ。昨日、酔っ払って帰ってきた時、ムカつく客のストレスで……下駄箱の一番下の支柱、思いっきり蹴り飛ばしたんだ。ミシッて、嫌な音、してたっすね……」


「私……っ」

 葵が頭を抱え込む。

「当日の朝、下駄箱がさらに異常にグラグラしてることに気づいてた! でも、夜勤明けで疲れてるから、後でみんなに言えばいいやって……放置した! 私がその時止めていれば……!」


 結衣の背中に隠れていた十歳の凛が、自身の髪の毛をブチブチと引き抜きそうなくらい強く引っ張りながら、泣きじゃくる。

「凛が……凛が、若菜ちゃんの足元をちょろちょろ走って、邪魔したから……だから若菜ちゃん、転んだの……ごめんなさい、ごめんなさい……っ!」


 すべての告白が出揃った瞬間、リビングの温度が急激に数度下がったような悪寒が全員を襲った。

 誰か一人の責任ではない。

 ここにいる全員の「ちょっとした無知」「ちょっとした怠慢」「ちょっとした自己中心的な行動」が、まるで精密なパズルのように完璧に噛み合い、最悪の凶器を組み上げていたのだ。もし、この中のたった一つでも欠けていれば、あの男が全身の骨を砕かれることはなかった。


「これ……ただの事故じゃない」

 美月が震える声で呟いた。

「ウチらが……ウチら全員が束になって、あの人の人生、体を物理的にぶっ壊したんだ……」


 その事実がもたらす意味に気づき、女性たちの顔に底知れぬ恐怖が広がり始めた。

「過失傷害……」

 琴音がかすれる声で、法律の専門用語を口にする。

「これほどの重過失が重なれば、間違いなく警察が動きます。私たちは逮捕され、前科がつくかもしれない……」


「前科……っ!? いやだ、アタシ、やっとお金貯めて海外に行く夢が……っ」

 玲奈が頭を抱えてしゃがみ込む。


「賠償金だって……後遺症が残れば、何千万、下手したら億を超える額を請求されるかも……」

 結衣が絶望的な声で呟くと、彩夏も青ざめた顔で首を横に振った。

「払えないよ……そんなの、私たちの人生、完全に終わりじゃない……!」


 テーブルの上で粉砕されたスマートフォンが、彼女たちの輝かしい未来の崩壊を象徴するように、無言で横たわっている。

 自分たちの手で生み出した最悪の過失。

 それが法という裁きの下で白日の下に晒された時、教師も、看護師も、学生も、すべての社会的地位と未来が消し飛ぶ。

 逃げ場のない圧倒的な恐怖と絶望に、女性陣はただ肩を寄せ合い、ガタガタと震え続けることしかできなかった。

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