第12話 少女の告白
救急車がけたたましい音を立てて去った後、シェアハウス「シェアスマイル」のリビングルームには、重苦しい静寂が澱んでいた。
散らかった玄関ホールの片付けをひとまず終え、戻ってきた女性たちの中心で、内見に来ていた影森若菜はソファに深く身を沈め、膝に顔を埋めて激しく泣きじゃくっていた。
「う、うああん……っ! ごめんなさい、ごめんなさい……っ! 僕のせいで、あのおじさんが……僕が、変なところに手をついちゃったから……っ!」
少女の小さな肩が、パニックと後ろめたさで壊れたように震える。
結衣はそんな若菜の傍らにそっと腰掛け、その背中を優しく、大きな母性でさすり続けた。
「若菜ちゃん、落ち着いて。あなたのせいじゃないわ。あの棚が、ちょっと不安定だったのが悪いのよ……」
結衣の慰めの言葉は優しかったが、その胸の奥は、ホームセンターで規定よりもはるかに薄い板と短いネジを「見た目が可愛いから」という無知な理由で選んだ自分への、微かな加害者としての自覚でチクリと痛んでいた。だが、今は目の前で崩壊しかけている少女の心を救うことが先決だった。
自分が生み出した最悪の凶器が、一人の男を文字通り叩き潰したという現実から逃げるように、結衣は若菜の体を強く抱きしめた。この傷ついた可哀想な少女を救ってあげることこそが、今の自分に許された唯一の免罪符であり、完璧な母親としての新たな「使命」なのだと信じ込みたかったのだ。
「違うんです……ひっく、すんません……僕、本当に、もう行き場がなくて……頭がおかしくなりそうで……っ」
若菜は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔に、大きな涙をボロボロとこぼした。その限界を超えた不自然な態度に、傍らに立つ琴音や美月もただならぬ気配を察し、顔を見合わせる。
「行き場がないって……若菜ちゃん、一体どういうことなの?」
結衣が真剣な眼差しで尋ねると、若菜は堰を切ったように、自身の過酷な現実を吐露し始めた。
「三日前なんです……。僕がサークルの旅行に行っている間に、住んでいたアパートが火事になっちゃって……。荷物も、洋服も、全部燃えて、本当に帰る場所がなくなっちゃって……っ。旅行に行っていた時の荷物だけ残って。だから、必死で今日入居させてもらえるところを探して、ここを見学しに来たのに……なのに、あんな、取り返しのつかない大事故を……っ!」
下駄箱を倒して見ず知らずの男性の肉体を破壊してしまったという凄まじい罪悪感。そして、文字通り家を失い、帰る場所をなくして天涯孤独の絶望に叩き落とされていた事実。
若菜の痛切な告白を、リビングにいた全員が息を呑んで聞いていた。
「アパートが、火事……」
結衣は絶句した。十歳の娘を持つシングルマザーとして、そしてこのハウスの面倒を見る者として、これほどの絶望を抱えて泣きじゃくる十八歳の少女を、このまま冷酷に放り出すことなど到底できなかった。
結衣は隣に立つ琴音と美月を見上げた。彼女たちの目にも、若菜への深い同情と、自分たちの作った棚が原因で起きた事故への後ろめたさが複雑に混ざり合っている。
「若菜ちゃん」
結衣は若菜の泥と土に汚れた小さな手を、包み込むようにしっかりと握りしめた。無意識に指先を小刻みに動かす癖を出しながら、力強く告げる。
「もう泣かないで。今日から、ここがあなたの家よ。そのまま、このシェアハウスに入居しなさい」
「え……? でも、僕、あんな大事故を起こして、棚を壊しちゃったのに……」
「いいのよ。困った時はお互いに助け合っていくのが、この『シェアスマイル』なんだから。ね、みんな?」
結衣が呼びかけると、国語教師の琴音も中指で眼鏡のブリッジを押し上げ、真面目な顔で深く頷いた。
「ええ。事情が事情です。あなたの入居を拒む理由はありません。困窮した学生を導くように、私たちも全力を尽くすべきです」
「そうだよ! ウチら団結力マジですごいからさ! 若菜ちゃんのこと、全員で全力で支えるから!」
美月も人差し指と中指をシャキシャキと鳴らしながら、華やかな笑みを浮かべて若菜を励ました。
「ありがとうございます……う、うああん……っ!」
若菜は再び結衣の胸に顔を埋めて、子供のように声を上げて泣き続けた。
その温かいリビングの光景に、女性たちは自分たちの強い絆と優しさを再確認し、どこか救われたような、正しいことをしたのだという幸福感に包まれていた。
しかし、病院へ搬送された橘克実という「異色な異物」の存在が、彼女たちの輝かしい未来に陰りをチラつかせていた。




