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第309話「雪の砦」
国境の峻険な峠道。
上杉の守備隊長、三十五歳は、雪が深く積もる砦の銃眼から、武田方の斥候部隊を観測していた。
お互いに武器を構えているが、雪の壁を挟んで誰も動こうとはしない。
戦の即決は禁止されている。
圧力の段階化、小競り合いの維持。
それこそが、勢力の唐突な崩壊を遅延させ、構造を維持するための減速ルールであった。
「手は出すな。ただ、ここに強固な壁があることを示せ」
隊長は部下たちに静かに命じた。
相手を全滅させる必要はない。
ここに強固な構造体が存在し、一切の隙がないことを見せつけるだけで、統治圧の調整は完了する。
敵武将であっても安易に殺害しないのは、生かしておくことで相手の内の圧力をコントロールするためであった。
武田の斥候もまた、しばらく防備を睨み付けた後、静かに雪の中に消えていった。
国境の緊張は、破壊のためではなく、現状維持のための調停現象として扱われていた。
砦の裏手では、民が冬の寒さに耐えながら、黙々と薪を運んでいる。
世界は説明されない。ただ進行する。
この減速ルールが機能している限り、戦国という世界は壊れることなく、その均衡の状態を維持し続ける。




