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第289話「十月の微動」
十月を迎え、越後の空は抜けるような青さに染まっていた。
上杉兼継、十四歳は、城の回廊から遠く国境の山並みを眺めていた。
山頂には早くも薄すらと雪が白く冠しており、冬の到来が例年よりも早いことを予感させていた。
しかし、城内の空気にはいささかの動揺もない。
記録係の若者たちが、各大名から集まった前月の物資循環の数字を、淡々と木札に刻み続けていた。
「甲斐の塩の価格、南下に伴い一時的に下落しておりますが、供給の連鎖が不安定にございます」
記録係の報告に、兼継は表情を変えずに木札を受け取った。
武田が南へ圧力を動かしたことで、国境の軍事圧力は一時的に減退している。
だが、それは安全を意味しない。
圧力が他方へ逃げれば、回り回って別の場所の構造を歪める。
兼継はその歪みの発生を、数字を通して冷徹に監視していた。
「他国が動くときこそ、我が方は一寸の微動も許されぬ」
兼継の言葉は、そのまま行政の末端まで行き渡る。
領土を広げるのではない。
世界がどれほど揺れ動こうと、この越後という固定装置だけは寸分の狂いもなく機能し続けること。
それこそが、周囲の構造を規定する。
肌を刺す秋の冷気の中で、上杉の統治核は、さらなる持続力の蓄積へと向かっていた。




