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第285話「砦の均衡」
国境の険しい山道。
上杉の守備隊長、三十五歳は、武田方の斥候部隊と至近距離で対峙していた。
お互いに刀の柄に手をかけているが、誰もそれを抜しようとはしない。
戦の即決は禁止されている。
圧力の段階化、小競り合いの維持。
それこそが、勢力の唐突な崩壊を遅延させ、構造を維持するための減速ルールであった。
「引け。これ以上進めば、我らも動かねばならん」
隊長は静かに、しかし断固とした声で告げた。
相手を全滅させる必要はない。
ここに強固な構造体が存在し、防備に一切の隙がないことを見せつけるだけで、統治圧の調整は完了する。
敵武将であっても安易に殺害しないのは、生かしておくことで相手の内の圧力をコントロールするためであった。
武田の斥候もまた、しばらく睨み合った後、静かに馬首を返していった。
国境の緊張は、破壊のためではなく、現状維持のための調停現象として扱われていた。
砦の裏手では、民が何事もないように畑の草を毟っている。
世界は説明されない。ただ進行する。
この減速ルールが機能している限り、戦国という世界は壊れることなく、その状態を維持し続ける。




