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第255話「氏康の静寂」
相模国、小田原城。
北条氏康、四十五歳は、涼しい風が吹き抜ける奥の院で、冷やした瓜を口に運んでいた。
北条の強みは、四代にわたって積み上げられた「崩れない構造」そのものである。
他国がどれほど騒ごうと、小田原の四里四方は微動だにしない。
「越後の若者は、物資の『流れ』を統治しようとしている」
氏康はかつてそう評したが、その警戒は今も解けていなかった。
土地を縛る北条の検地に対し、越後は情報の流動を追っている。
動かないものは頑強だが、動くものは増殖する。
その構造的な違いが、いずれ致命的な差となって現れることを、氏康は見抜いていた。
「各支城への兵糧の配給経路を、今一度作り直せ」
氏康が宿老たちに命じた。
「現状のままでも、十分に機能しておりますが」
怪訝な顔をする家臣たちに、氏康は多くを語らなかった。
説明過多は不要である。
ただ、現場が機能していれば、外からのいかなる圧力にも耐えられる。
氏康は遠い北の国境を見据えていた。
「あの子どもが成人する頃、関東の均衡がどう変化しているか」
北条は崩れない。
しかし、維持され続ける越後の構造に対し、氏康は静かに自国の防壁を一段と高く積み上げ始めていた。




