第241話「田植えの群像」
五月、越後の平野部は一面の水田に変わっていた。
上杉兼継、十四歳は、城の物見櫓からその広大な緑を見つめていた。
各村から集まった作付けの数字は、すでに記録係の手で精査されていた。
民が文字を知り、数字を報告する。その構造が、春の農繁期をかつてない速度で進行させていた。
「これほど滞りなく田植えが終わるとは」
傍らに立つ重臣が呟いた。
兼継は視線を動かさずに答えた。
「滞りがないのではない。滞る場所を、事前に数字が教えてくれただけだ」
かつてのように、役人が現場で怒鳴る必要はなかった。
不足している苗の数、人手の足りない集落の情報が、事前に城へ集まっていた。
それを適正に配置し直す。
それだけで、国全体の生産強度が跳ね上がっていた。
戦を仕掛ける他国は、領民を兵として刈り取る。
しかし越後は、領民を構造の維持装置として、その配置を最適化していた。
泥にまみれて働く民の顔には、飢えへの恐怖がなかった。
自分たちが蒔いた種が、秋には正確に計測され、命を繋ぐものになる。
その信頼の連鎖が、越後の地面を固めていた。
世界はまだ静かであった。
しかし、内側ではすでに、旧来の戦国を終わらせるための冷徹な機構が、回り始めていた。
兼継の目は、すでに次の季節の推移を捉えていた。




