第238話「尾張の鉄砲」
尾張国、津島の砂浜。織田信長は、新たに堺から届いた五十丁の鉄砲を前にしていた。
家臣たちが次々と引き金を引き、轟音が春の海に響き渡る。標的となった木板は粉々に砕け散った。信長はその破壊の跡を満足そうに見つめていた。楽市によって急激に膨れ上がった銭の循環が、この圧倒的な軍事圧力へと姿を変えた瞬間であった。
信長は傍らの丹羽長秀に言った。
「越後の市は民を食わせるためにあるそうだが、俺の市はこの火力を買うためにある」
長秀は眉をひそめた。
「しかし、領民の不満が募れば内の安定が揺らぎませぬか」
信長は鼻で笑った。
「不満など、この轟音一つで吹き飛ぶ。圧倒的な力で外を切り開き、新たな領地を与えれば家臣も民も従う。完成などさせるな、常に動かすのだ」
織田の構造は、破壊をエネルギーにして拡大を続ける永久機関のようなものであった。静止することは死を意味する。そのためには、常に次の標的、次の戦場を必要としていた。信長は鉄砲を自ら手に取り、遠い西の空へ向けて構えた。
「圧力の段階化など必要ない。一気に崩壊へ持ち込む」
信長の瞳には、既存の秩序すべてを焼き尽くすような烈火が宿っていた。国家の強度は、その破壊の速度によって証明されると、信長は信じて疑わなかった。




