第229話「凍らぬ流れ」
年が明けても、越後の雪は容赦なく降り続いた。
街道は白く埋まり、人々の足跡は数分もしないうちに消え去る。例年であれば、この時期の国は完全に呼吸を止める。民は狭い藁家の中で身を縮め、春が来るのをひたすら待つのが、かつてのこの地の日常であった。
しかし、今年の冬は違っていた。
玄斎の小屋で文字を覚えた源太郎は、荷運びの合間に四人の仲間にそれを教えていた。雪よけの庇の下、寒さでかじかむ指に炭を握らせ、割れた板切れに線を引かせる。
「これが米だ、こっちが塩だ」
教える声は小さかったが、集まった若者たちの目は真剣そのものだった。命じられたわけではない。文字を知ることが日当を変え、日当が変わることが冬を生き延びる衣服に変わる。その事実が、民の間で地下水のように識字を広げていた。上杉の命じた教育は、すでに兼継の手を離れ、民の生存の技術として自律的に駆動し始めていた。
城内では、記録係が前月分の橋市の出入りを木札にまとめていた。
「雪の深さに比して、米の流通が落ちておりませぬ。毛利の船が残していった塩と魚が、内陸の需要を支えている模様」
報告を聞いた兼継は、十四歳になろうとする静かな目で木札の数字を見つめていた。
「武田の領地でも、この冬は雪が深いと聞く。向こうの兵糧の動きはどうなっている」
「国境の関所での荷の動きを見るに、甲斐への米の流入は例年より一割減。ただし、塩の価格が高騰しております」
兼継は頷いた。
「武田は外へ圧力をかけることでしか、内を維持できぬ構造になっている。春になれば、その圧力がどこへ向かうか」
戦は、ある日突然始まるのではない。内の圧力が外へ溢れ出す現象に過ぎない。兼継はすでに、数字を通して隣国の春の動きを観測していた。越後の構造は、凍てつく冬の中でも確かに摩耗せず、その持続力を高めていた。




