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第2話 「初陣 ――十倍を裂く」

城は、すでに半分死んでいた。

廊下には人の気配がなく、残るのは、張り付いたような静寂だけ。

その静寂を破るのは――囁き。


「……もう決まったな」

「十一の小娘だ。持つはずがない」

「朝倉が来る。終わりだ」


名は、朝倉。

北陸に勢力を伸ばす大名。

この混乱に乗じ、上杉へと牙を剥いた。

その兵――およそ一万。

対する上杉は、わずか千。


十倍。

戦うまでもない差だった。


「殿、御決断を」

残った数少ない家臣の一人が、深く頭を下げる。

「退くべきです。今は――」

言葉は、最後まで続かなかった。


「退く?」

静かな声が、割って入る。


振り向いた先。

そこにいたのは、少女。


だが。

誰もが、一瞬言葉を失った。


違う。

昨日までと、何もかもが違う。


「……退く理由は?」

問いは、穏やかだった。

だが、その奥にあるものを、誰も理解できない。


「敵は一万。我らは千。勝ち目は――」

「ある」

即答だった。


間。


「……ある、とは」

「計算は終わっている」

少女――いや、上杉 兼継は、そう言った。


その一言で、空気が凍る。


「敵は勝つつもりで来る。ならば、勝たせればいい」


意味が分からない。

だが、誰も口を挟めない。


「兵を三つに分ける」

淡々と、言葉が落ちる。


「五百は正面。三百は山へ。二百は……逃げろ」


「……は?」


「逃げる?」

当然の反応だった。


「そうだ。見せるために逃げる」


理解が追いつかない。

だが――


「敵は勝ちを確信する。追う。陣は伸びる。指揮は乱れる」


その瞬間。

家臣の一人が、息を呑んだ。


「……分断」


「そうだ」


兼継は、わずかに頷く。


「山の三百は夜に動く。谷を塞げ。火を使え」


「火……?」


「逃げた二百を、追わせる。誘い込め」


線が、繋がる。


正面五百で足止め。

逃げる二百で引き寄せ。

山の三百で遮断。


そして――焼く。


「……そんな、都合よく」

「なる」


即答。


「地形は見ている。風向きも。敵の進軍速度も」


それは、異常だった。


「……勝てるのか」

誰かが、思わず問う。


その問いに。


兼継は、ほんの僅かだけ考え――


「勝てる」


断言した。


その一言で。


逃げ場が、消えた。


誰も、もう退けない。


「……承知、致しました」

残った家臣が、膝をつく。


その動きが、すべてを決めた。


戦は、始まった。


夜。

山に火が灯る。


炎は風に乗り、谷へと流れ落ちる。


逃げる二百を追った朝倉の兵は、そのまま閉じ込められた。


悲鳴。

混乱。

指揮の断絶。


そして――


「今だ」


正面の五百が、動いた。


崩れた陣へと、突き刺さる。


戦ではない。


処理だった。


朝倉の軍は、内から崩れ、外から断たれ、逃げ場を失う。


一万の軍勢は、その夜、壊れた。


夜明け。


戦場には、煙と沈黙だけが残る。


生き残った家臣たちは、ただ立ち尽くしていた。


信じられない。

だが、現実だ。


十倍の敵を。

千で。


勝った。


いや。


勝たされた。


誰かが、震える声で言う。


「……これは、戦ではない」


別の誰かが、呟く。


「……あれは」


視線の先。


血の匂いの中を歩く、小さな背。


「……人ではない」


そして。


誰かが、ようやく言葉にする。


「――魔王だ」


兼継は、振り返らない。


ただ、前を見ていた。


次の戦場を。



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