第10話「残滓」
戦は、終わっていた。
だが。
戦場には、まだ人が残っている。
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武田信玄は、立っていた。
血の匂い。
焼けた土。
崩れた兵。
その中心で。
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「……静かだな」
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誰に言うでもなく、呟く。
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返る声はない。
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当然だ。
答えられる者は、もういない。
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「……壊されたか」
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敗北ではない。
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それを、理解している。
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「戦っていない」
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視線を落とす。
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倒れているのは、兵ではない。
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指揮だ。
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「最初に、そこを切るか」
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わずかに、口元が動く。
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「合理的だ」
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怒りはない。
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恐怖もない。
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あるのは、分析。
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側近が、膝をつく。
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「申し訳ございません」
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「不要だ」
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即答。
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「この形に持ち込まれた時点で、終わりだ」
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それが、事実。
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「……見えたか」
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ぽつりと問う。
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側近は、答えられない。
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だが。
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「……少しだけ」
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信玄は、自ら答える。
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「情報で動かし、地形で縛り、初動で斬る」
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間。
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「そして、考える前に終わらせる」
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それが、上杉の戦。
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否。
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上杉兼継の戦。
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「……厄介だな」
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その一言は、軽くない。
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評価だった。
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「対策は」
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側近が、恐る恐る問う。
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信玄は、少しだけ考える。
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長くはない。
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だが、深い。
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「ある」
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静かな声。
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「戦わなければいい」
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意味が分からない。
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だが。
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続く言葉で、理解する。
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「奴は、戦場を作る」
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「ならば、作らせなければいい」
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間。
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「情報を遮断する」
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「動きを読ませない」
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「そして――」
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そこで、一度言葉が止まる。
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「近づく」
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空気が、変わる。
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「遠距離で崩されるなら」
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「距離を詰める」
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理屈としては、正しい。
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だが。
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「……可能でございますか」
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側近の声は、震えていた。
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信玄は、わずかに笑う。
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「分からん」
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正直だった。
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「だが」
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間。
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「試す価値はある」
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それだけで、十分だった。
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遠く。
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煙の向こう。
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「……いるな」
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視線の先。
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見えない。
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だが、確信している。
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上杉兼継。
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「……面白い」
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再び、その言葉。
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だが。
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今度は、違う。
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“興味”ではない。
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“対等と認めた上での評価”。
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その頃。
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高所。
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兼継は、すでに背を向けていた。
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戦場には、興味がない。
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終わっているからだ。
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「……残ったか」
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短い言葉。
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「はい。武田信玄」
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報告。
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「他は、ほぼ壊滅」
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当然。
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「……そうか」
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それだけ。
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だが。
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「次は、来るな」
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その一言で。
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家臣の背が、凍る。
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来る。
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あの男は、来る。
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理解している。
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「準備しろ」
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命令は、短い。
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「次は、戦になる」
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初めて。
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その言葉が、出た。
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これまでとは違う。
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情報でも、恐怖でもない。
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“真正面”。
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それを求めてくる相手。
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「……面白い」
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兼継も、同じ言葉を使う。
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だが。
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意味は、違う。
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“処理できる対象かどうか”
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ただ、それだけ。
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戦国は、変わった。
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魔王が現れ。
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そして。
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初めて。
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“抗う者”が現れた。
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それが、何を意味するか。
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まだ、誰も知らない。
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ただ一つ。
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次の戦が。
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これまでと違うことだけは、確かだった。
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