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SS5 「シオンよセイラのために働け」前半

【松濤・シオン自宅 地下スタジオ】


 練習が終わり、セイラは企業案件があるとかで先に帰っていった。

 防音壁に囲まれた地下スタジオには、私とシオンの二人だけ。


 機材を片付けていると、シオンが妙に改まった顔で近づいてきた。


「……YUICA。ちょっと、相談があるんやけど」


「ん? どうしたの」


「来月……セイラの誕生日やんか」


「あー、そうだね」


「うち……プレゼントを、買いたいんや」


 シオンの目は真剣だった。


「生まれて初めて、誰かに……プレゼントを、買うねん」


 ——生まれて初めて。


 23年間、友達がいなかったシオン。

 正確には、レイが居たが小学生の時までだから実質ゼロだ。

 だからこそ、その言葉の重さが、じんわりと伝わってくる。


「でも、うち……プレゼントなんて、買ったことないから。何をどうしたらええか、全然わからへん」


 シオンが、上目遣いで私を見る。


「YUICAは……こういうの、慣れてるやろ? やから、教えてほしいんや」


 ——私が、慣れてるだと?


 こちとら36年間、友達が居なかったんだが。


 言っておくが、私が誕生日を祝ったことがあるのは妹のゆいだけだ。

 しかもプレゼントは毎年Amazonで買って、Amazonの箱のまま渡している。

 ラッピング? したことない。というか実店舗で買い物すること自体が年数回だ。


 でも——期待に満ちたシオンの目を見ると、言えなかった。


「ああ……そんなことか、ま、任せなさい」


 私は、精一杯のドヤ顔で親指を立てた。

 だが内心、冷や汗が背中を流れていた。


「さすがや! やっぱYUICAは、陰キャの星やな!」


 ——その称号(フェイクスター)って、そういう意味じゃないと思うんだけど。


「それでな、ひとつ……問題があるんや」


 シオンが、ポシェットから財布を取り出した。

 中から出てきたのは、一枚の黒いクレジットカード。

 

 ——おいおい、これは噂に聞くブラックカードじゃないの?


 ネットの掲示板でしか見たことがないから、本当にそうなのかはわからないけど、伝説のミュージシャン、風間和志の娘なんだから十分ありえる。


「うちのお金って、これしかないんや」


「なんか凄そうなカード持ってるじゃん……これで買えないものないだろ」


「これ、お母さんの家族カードやねん。うち、自分の口座も、自分のお金も、持ってへんねん」


 ——23歳で? 銀行口座もないだと。


「今まで買い物は、全部これやった。機材も、服も、宅配ピザも」


「はあ」


「でもな……セイラへのプレゼントを、このカードで買うんは——なんか違う気がするんや」


 シオンが、カードをぎゅっと握った。


「やっぱ自分で稼いだお金やないと……意味が、ないと思うねん」


 ——変なところで、真面目だ。


 でも、わかる。わかってしまう。

 誰かに何かを贈るなら、それは自分の力で用意したものじゃないと嘘になる。

 しかも親のすねかじったような……いや、家族カードで買うのはなんか違う。

 この不器用だけど、誠実なところがシオンらしいかもしれない。


「わかった。その気持ちは正しいよ」


「ほんま!?」


「うん。で、話は簡単じゃん。自分のYouTubeの収益を使えばいいんだよ」


「……収益?」


「そう。Shadow Guitar、登録45万人でしょ。3年もやってるんだから、結構な額が貯まってるはず——」


「……YUICA」


 シオンが、きょとんとした顔で首を傾げた。


「YouTubeって……お金、もらえるん?」


 沈黙。


 地下スタジオの空調の音だけが、やけに大きく聞こえた。


「…………え?」


「え?」


「いや、え? 知らないの? 収益化」


「しゅうえきか……?」


 私は、噛んで含めるように説明した。

 登録者1000人と4000再生時間という条件はあるけど、シオンの場合は余裕でクリア出来てること。収益化を申請していれば、動画再生数からの広告収入が入る仕組み。


 説明が進むにつれて、シオンの顔から血の気が引いていった。


「ちょ、ちょっと待って。ほな……うちの動画で、お金もらえてたってこと……?」


「うん、収益化を申請してれば……」


「してなかったら?」


「一円も入ってきてない」


「してないんやけど……」


 シオンの唇が、震える。


「なんで誰も教えてくれへんかったん!? ていうか誰にも相談してへんかったわ!」


 ——そりゃ、友達ゼロのニートだからな。


「普通、始める時に意識するだろ! Yotuberの基本だ……」


 ——いや待て。シオンってどれだけ損してんだこれ。

 登録45万人。活動3年。あの再生数。

 ざっくり暗算しただけでも——


「シオン。落ち着いて聞いてね」


「な、なんなん」


「あんたが取りこぼした金額、たぶん……年間で数百万円


 シオンが、白目をむいた。


「う、うちの3年の努力が……」


「まあまあ、過ぎたことは考えても仕方ない」


「数百万あったら、お母さんに気を使わないでギター何本買えたんやろ……いや、あかん、計算したら気絶する」


 ——私もたいがい世間知らずだと思ってたけど、この子はやばすぎる。


 過保護に育てられ、社会と接点ゼロのまま23歳。

 お金の知識が、いや。労働と対価という常識が、完全に欠落している。


「じゃ、じゃあ今から収益化すれば——」


「残念でした。審査と初回振込で、早くても1〜2ヶ月かかる」


「セイラの誕生日、来月……」


「間に合いません」


 シオンが、がっくりと肩を落とした。


「ほな……どうすれば……」


 私は、腕を組んでスタジオを見回した。


 その時——視界に入った。


 壁一面に並んだ、ギター、ギター、ギター。

 素人目にもわかる、年代物っぽい風格のやつがずらり。


「……ねえシオン。これ、何本あるの」


「ん? 23本やけど」


「一本、売れば?」


 空気が、凍った。


 シオンが、ゆっくりと私を振り返る。

 その目は——今まで見たことのない色をしていた。


「……YUICA。あんた、頭おかしいんちゃう?」


「は?」


「ギターは! うちの命や!」


 地下スタジオに、シオンの絶叫が響き渡った。


「命を売れて言うんか!? あんたは友達に魂を売れて言われて売るんか!?」


「いや、それはおかしいだろ」


 私は、冷静に指摘した。


「23もあるだろ? 命なら、一本あればいいだろ」


 シオンが、固まった。


 口をぱくぱくさせている。反論が出てこないらしい。


「マリオじゃあるまいし。ライフそんなに貯めてどうすんの? 目的のために使いなさい」


「ち、ちがう! 一本一本、音が違うんや! 役割があるんや! この子はクランチ用、この子はクリーン用で——」


「役割? じゃあ命じゃなくて道具じゃん」


「ちゃう! か、家族や! あの子らは家族なんや!」


「23人の家族? ビッグダディでもそんな多くないだろ」


「いや、ぞ、臓器や! うちの体の一部なんや! あんた友達に内臓売っていうん?」


 ——だめだこいつ。


「……もういい」


 私は呆れたように両手を上げた。

 するとシオンの声が、急に小さくなった。


「何本かは……お父さんのやから」


「——」


 私は、口を閉じた。


 壁のギターを、もう一度見る。

 ひときわ古い、使い込まれた数本。


 ——そうか。遺品もあるのか。

 シオンにとってギターは、父親と自分を繋ぐ糸でもあるんだよな。


「ごめん。ギター売るのはなしでいい」


「……うん」


 シオンが、うなづいて沈黙した。


 私はその雰囲気を、打ち破るように手を叩いた。


「よし! じゃあ王道でいこう。短期バイトしよう!」


 するとシオンの顔が、みるみる凍りついていった。



 ◇



 私はスマホで求人アプリを開き、片っ端から読み上げていった。


「この近所のコンビニスタッフは? 短期OK、シフト自由」


「対面やろ。接客するんやろ。うちには無理や」


「私だってアルバイトしてたし、今も社会で働いてるんだよ。大丈夫だって」


「YUICAは陰キャの星やからできるんや。うちは陰キャの……底辺や」


 ——陰キャの星も底辺も大差ないだろ。


「じゃあこれは? 倉庫の軽作業。ピッキングだって。黙々系」


「知らん大人と、窓のない建物で8時間……無理や、うちは超人見知りやし」


 シオンが、自分の肩を抱いた。


「じゃあこれは? ポスティング。チラシ配るだけ」


「それ、外を歩くんやんな」


「そりゃそうだろ」


「うち、外を30分以上歩くと、心拍が乱れるねん……」


 ——こいつ。働く気があるのか。


「それに、住宅街には犬がおるやろ」


「犬もまあ、散歩してるだろうね」


「あいつらは危険なんや。犬は……うちの本質を見抜く」


 ——なんだよおまえの本質って。だんだん話が哲学になってきたな。


「あ。このカフェ店員は? 前に二人で行った店だよ。あそこ、おしゃれじゃん」


「YUICA……うちに、デカフェとオーガニックの違いを客に説明できると思う?」


「——」


 言い返せなかった。

 私自身、あの日カフェで撃沈した記憶がまだ生々しい。

 その沈黙が、引き金だった。

 シオンの呼吸が、だんだん荒くなっていく。


「むりや……やっぱり、全部無理や……」


 シオンが立ち上がり、スタジオの中をうろうろと歩き回り始めた。


「うちに、他人に笑顔で話しかけたり、おしゃれな制服着て物を運んだり、レジ打ちながらお釣り渡したり——無理や! 絶対無理なんや!」

「ちょっと、落ち着きなさい」

「うちは、社会が怖いねん! 一回も出たことないねんから! わからへんもん、タイムカードも、休憩室の距離感も、『お先に失礼します』のタイミングも!」


 ——後半、妙に具体的だな。


「無理や、うちに労働は無理なんや! 一生ニートしかないねん! うちはこの地下スタジオで、ギターと一緒に、死ぬまで暮らすんや! ここがうちの棺桶や!」


「労働は……本来人間のすることやないんや……。人間はもっとこう、楽しいことだけを、静かに——」


 ——ブチッ。


 私の中で、何かが切れる音がした。


「はあ? 結局お前、働きたくないだけだろ、このクソニートが!!」


 地下スタジオに、私の絶叫が響き渡った。

 シオンが、ビクッと縮こまる。


「働いてる全人類に謝れ」


「ひっ……ほ、本物のYUICAの罵倒や……」


「23年間親のカードで宅配ピザ頼んでた女が、棺桶とか言ってんじゃないわよ!」


「ぐうの音も出えへん……」


 シオンが、しおしおとソファに戻った。

 膝を抱えて、小さくなる。

 しばらくの沈黙のあと——蚊の鳴くような声が聞こえた。


「……でも」

「ん?」

「セイラに、プレゼントは……買いたいんや……」


「——」


 ——この子は。

 働きたくない。社会が怖い。でも、贈りたい。

 矛盾の塊だ。


 でも、その矛盾の真ん中にあるものだけは——本物なんだよな。

 私は、ため息をついてソファに座り直した。


 ——落ち着け。条件を整理しよう。


 シオンに可能なバイトの条件。


 一、客と対面じゃないこと。

 二、なるべく短期であること。

 三、時給が高いこと。

 

 シオンは、配信のおかげで、対面じゃなければ、他人と喋れるようにはなっている。


 つまり、——声だけで、完結する仕事なら。


 ……声だけの仕事か。


 その瞬間、私の背筋に、冷たいものが走った。


 ある。


 一つだけ、すべての条件を満たす場所が——この世に、ある。


 脳裏に蘇る。死んだ魚の目をした面接官。一瞬も崩れない壊れた笑顔。


 『遺書は書いてきましたか♪』


 ——私は、ニヤリと笑った。

 いい機会だ、この子に、労働とは何かを教えてやろう。


「……シオン」


「な、なんなん。YUICA、顔怖いで」


「一つだけ……ある」


 私は、ゆっくりと顔を上げた。


「対面なし。声だけ。短期OK。そして時給——5000円」


「ごせんっ……!?」


 シオンが跳ね起きた。


「そ、そんな天国みたいなバイト、あるん!?」


 私は、静かに首を振った。


「まあある意味、天国でもあり、地獄でもある」


「え」


「セイラに——プレゼント買いたいんだよな?」


 私は、あの雑居ビルの看板を思い出しながら、言った。


「——だったら、覚悟決めろ。シオン」



(つづく)



 おまけ

【SEリズム動画】陰キャシオンの朝練/ASMR ギターだけが友達


https://youtube.com/shorts/d_KbE6QIlZ0?si=Kv9cYJJ3oiogtCVn



 次回——SS-5後編「地獄への凱旋」

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