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SS4「プリンtier表事件」


『プリン、全種類揃えたぞ』


 セイラからLINEが来たのは、あの夜から一週間後のことだった。


 画像が添付されている。開いてみると——


 床一面に、プリンが並んでいた。


 コンビニ三社、スーパー二社、百貨店の和菓子屋、カフェの手作り、ネット通販の高級品。ざっと数えて、15種類はある。



『【緊急招集】アタシの自宅。夜8時。全員集合【時間厳守】』



 ——緊急招集?

 ——もはや強制招集なのでは?


『シオンも呼んだ。逃げるなよ』


 続けて来た一文に、私は布団の中で天井を仰いだ。


 あの日、コンビニのプリンに「天才が作ったやろ」と真顔で感動したセイラが、一週間かけて、プリンを集めていたのだ。


 ——嘘だろ。


 嘘ではなかった。



 ◇



【鳳凰院セイラ・自宅マンション】


「遅いぞ」


 ドアを開けるなり、セイラがそう言った。


 ——いや、まだ3分前だろ。


 リビングに入ると、さっきの画像そのままの光景が広がっていた。床一面のプリン。しかも、一個一個に白い付箋が貼ってあって、番号が振ってある。


「ねえ、なんなの何これ」


「はあ? プリンのtier表を作るんだよ。客観的にな」


「いや客観って何よ」


「味、食感、カラメルの苦さ、価格、パッケージ、総合評価。六項目。SS、S、A、B、C、のtier五段階評価。ちゃんとエクセルで集計するぞ」


 ——やばい、これ本気だ。

 ——本気のやつだ。


 セイラがノートパソコンを開いた。すでにスプレッドシートが用意されている。SS、S、A、B、Cの空欄が、私たちを待っていた。


「あの……セイラ?」


「なんだ」


「貴重な休みの日、いったい何してたの?」


「プリンのリサーチだよ。結構大変だったんだぞ」


「で……その、仕事の準備は?」


「速攻で終わらせた。日本一なめんなよ」


 ——この人の仕事が早いのは知ってるけど、効率的なのかバカなのかマジでよく分からない。


 その時、インターホンが鳴った。


 シオンだった。集合時間に3分遅れてる。


 セイラがインターフォン越しに怒鳴ってる。

 シオンは無表情で無視してる。


 もう、嫌な予感しかしなかった。



 ◇



「……なんやこれ」


 リビングに足を踏み入れたシオンが、低い声で言った。


「座れ。とりあえずおまえもプリン食え」


「うち、帰る」


「帰るな」


「帰る」


 踵を返そうとしたシオンだったが、何かの匂いに反応してキッチンを見た。


「あれは、まさか」


「お前の好物。ちゃんと用意してるぞ」


 セイラが台所を指差した。テーブルの端に、唐揚げが山盛りになっている。


 ——あ、以前にセイラが差し入れた手作り唐揚げだ。

 醤油と味醂とニンニクのバランスが最高で、振り掛けられた隠し味のスパイスが絶妙に食指をそそるセイラの傑作。そしてシオンの大、大好物。


 シオンは数秒、沈黙した。それから、音もなくソファに座った。


「……唐揚げ一個だけ食べて帰る」


「プリンが終わったら食わせてやる」


「は? デザートが先って順番おかしいやん!」


「新鮮な舌でtier表を作るんだよ! 今日はプリンがメイン! 唐揚げはデザートだ」


「唐揚げくれないなら、帰る」


「お前にはプリンへの敬意はないのか?」


「唐揚げ食べたい! 帰る! 帰る!」


「帰るな、一個だけ食べていいから」


 そのやりとりを、私はスマホで撮影していた。音は当然消している。


 セイラフォルダ、145枚目から150枚目くらいが、怒涛の勢いで埋まっていく。


 ——いや〜、今日は大漁だなぁ。



 ◇



 プリン評価会が始まった。


 1個目。某コンビニA。セイラが真剣な顔でスプーンを入れる。


「……C だな」


「辛口だねぇ」


「カラメルの配合がぬるい」


 2個目。某コンビニB。


「八十点。Aに」


 3個目。スーパーのプライベートブランド。


「——九十二点 S決定!」


「高っ」


「こいつは、分かってる。150円でこのバニラの濃度は、反則だわ」


 ——セイラの表情が、完全に職人のそれになっていた。

 ——いや、評論家か。


 私はニヤニヤしながらシオンを見た。

 シオンは無言でプリンを食べていた。


 4個目。5個目。6個目。


 気づけば、シオンが一番早いペースでプリンを消費していた。


「——シオン」


「なに」


「実は、好きでしょ、プリン」


「別に……」


「もう7個目だよ。ペース早すぎ」


 シオンが手を止めた。


「……まあ」


 ぼそっとつぶやく。


「カラメルが濃いめのは、嫌いやない」


 もじもじしながら、プリンをつついている。

 そして、自分の唇の周りを、猫みたいにペロって舐めてる。


 ——きた。これもいい。

 ——シオンフォルダ、記念すべき一枚目、今撮るしかない。


 私はそっとスマホを構えた。



 ◇



 7個目を完食したシオンが、ふと顔を上げた。


「なあ、セイラ」


「なんや」


「これ、そのまんま配信したらええやん」


 セイラがスプーンを止めた。


「お前、何いってんだ?」


「他のVtuberもTier表とかやってるやん。セイラもプリンでやったら——」


「ばーか。これだからガキはダメなんだよ」


「なんでやねん! おもろいやん! ていうかガキっていうな! ババア!」


「アタシにはなぁ、影響力てもんがあるんだよ。くそ陰キャにはわかんねえだろうけどな」


「ええやん! 好きなプリンが爆売れするかもしれんやろ」


 空気が、一瞬止まった。


 ——あ。

 ——それは、地雷だ。


 私は、静かにスプーンを置いた。そして、口を開いた。


「まあまあ、シオン。セイラには辛い過去があってだね」


「辛い過去?」


 シオンが眉をひそめた。セイラは動かない。無言でプリンを睨んでいる。


「去年の秋にね、セイラのコラボ商品が発売されたんだよ」


「ああ、知っとるで。なんかのスナックやろ」


「『鳳凰院セイラ監修・銀河歌劇艦隊の宇宙を旅するスナック〜コンソメ塩味〜』」


「タイトル長っ! ラノベか」


「——でもね……全国のコンビニで、派手に売れ残ったらしいよ」


「ぶは」


 シオンが吹き出した。


「笑うな」


 セイラが低い声で言った。


「だって、日本一の影響力どうしたん!」


「やかましい!」


 シオンがスマホで検索して爆笑する。


「あはは!『艦長のスナック。コンソメじゃなく涙の塩味』ってトレンド入りしとったんや!」


「Vtuberの影響力なんて、まだそんなもんなんだよ!」


「あー! だから配信したくないんや!」


「シオン、もうやめてあげて。セイラが静かになってるでしょ。 あんた空気読めない子なの?」


 するとセイラが立ち上がった。部屋着のヒヨコ柄のパーカーが揺れる。


 ——いまだ。


 私はスマホを構えた。傷心顔のセイラ。眉毛が下がってとぼとぼキッチンに歩いていく。本日の傑作(二十四枚目)が、セイラフォルダに無事追加された。


 セイラは深く息を吐いて、ソファにどさっと座り直した。


「……アタシはな」


 低い声だった。


「あの時、忙しくて、関わってなかったんだよ。味見すらしてなかった」


 シオンが、手のスプーンを置いた。


「古谷君に『これ売れます!』って言われて、うんって頷いて、それで終わり。そもそもスナックって普段食べないし。リスペクトが足りなかったんだ。だから売れ残った。当たり前だよな」


 ——珍しく、セイラが、真面目な顔をしていた。


「でも今は、違う」


 セイラが、1番のプリンに目を落とした。


「自分が本当に『これは傑作』と思うやつしか、推さない!」


 沈黙。


 シオンが、ぽりぽりと頭を掻いた。


「……せやから、プリンは、本気で選んでるんか」


「ああ、そういうことだ」


「……」


「……」


 しばらく、誰も何も言わなかった。

 シオンが真面目な顔をして8個目のプリンを食べ始めた。しかも、ソファーの上に正座している。

 それを見てセイラが、シオンの隣にそっと正座した。


 ——この二人。バカなのかな。

 ——私は笑いを堪えるのに必死だった。


「せやったら、なおさら配信でやるべきやろ」


 シオンが言った。


「150円のプリン、本気で推してるVtuber、今までおらんやろ。それって、なんかかっこいいやん」


「……シオン。おまえ」


「アタシも、弾きたくもないCMソングは、弾かへん。それと同じやんな」


 ——シオンが、たぶん、人生で一番長い、決めゼリフを喋った。


 セイラが数秒、シオンを見つめた。

 それから、ふっ、と笑った。


「……お前、生意気だけど、わかってんじゃん」


「せやろ」


「一回、真面目に考える」


 ——さっきから笑えるくらい真面目だろ。


「うちも、真剣に食べるわ」


 ——正座して言うな。もう笑いを堪えるのがつらい。


 セイラは姿勢を整えて座り直し、まるで茶道のように丁寧にプリンの蓋を開けて、シオンと同じく8個目のプリンにスプーンを入れた。


 私は、また、シャッターを押した。


 正座したセイラの、小さく笑った横顔。

 隣で正座するシオンの、得意げな鼻の穴。


 ——コレクションが、また、二枚、増えた。



 ◇



 結果、評価会は三時間に及んだ。


 SSランク:1品(先週食べた某コンビニのプリン)


 他、十四品の序列が決まった。

 

 Sランク:1品(某スーパーPB)


 シオンは最終的に全15個を完食していた。そして「六番のカラメルは許せる」「十一番は甘すぎる」などと、しっかり評論に加わっていた。


 ——この二人、完全に沼。面白すぎる。私は9個目でギブアップ。


「YUICAも採点しろよ」


「全部おいしかった!」


「それは採点じゃないだろ」


「でも本当においしかったし。ていうか、三人で食べるとなんでもおいしく感じる」


 セイラが呆れた顔で肩をすくめた。


「お前、陰キャのくせに、そういうことサラっと言うよな」


「だってさ。こうやって三人で、仕事抜きでワイワイやるの久しぶりじゃん」


 ——そう言ってから、ちょっと恥ずかしくなった。


 三秒くらい沈黙が流れた。


 シオンが顔を上げた。


「……それは、分かる」


 静かな声だった。


 セイラがふっと笑った。


「まあ、アタシも同感だ」



 ◇



 解散後、自宅に戻った私は、布団の中で今日のフォルダを整理していた。


 セイラフォルダ:+26枚。

 シオンフォルダ(新設):+8枚。


 充実した一日だった。


 スマホが光った。


 セイラからのLINE。


『次、アイスな』


 ——次?


『今度はアイスのtier表を作る。配信でやる』


 ——セイラがやる気になってる。


『シオンも呼ぶ。逃げるなよ』


『次までに、アタシのプリンtier表、覚えとけ』


 私は布団の中で、声を出さずに笑った。


 ——この人、本当に楽しそうだな。


 そう思って、返信しようとした時——


 シオンからもLINEが来た。


『あの7番、家で自分で買った。でもまだ好きってわけやない』


 ——シオンまで?


 LINE画面を二つ並べて、私はしばらく眺めていた。


 二人からの、どうでもいいような連絡。


 でも、それがなぜか、ものすごく嬉しかった。


 私はシオンに返信した。


『うん、推しは慎重に選ぶといいよ』


 そして、セイラに返信した。


『アイスも、いいかもね』


 スマホを置いて、天井を見上げた。


 セイラフォルダ、これからも増えていく。

 シオンフォルダも、きっと育っていく。


 ——私たち、ちゃんと、家族なんだな。


 そう思ったら、なんだか、また、よく眠れそうだった。



(了)


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