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SS6「地獄への凱旋」後編

【都内某所・雑居ビル前】


「や……やっぱり、帰ってええかな」


 シオンが、薄汚れた雑居ビルの看板を見上げながら、後ずさりした。


『クライシス・コールセンター 時給5000円!即日勤務可!』


 相変わらずの、嫌な予感しかしない看板だ。


「ここまで来て何言ってんの……覚悟決めたんだろ」


「でも、クライシスって……」


 シオンが真っ青な顔で唾を飲みこんだ。


「ああ、人呼んで……地獄のコールセンターだ」


「あ、ギターに朝のオイルを……塗らな」


 私は、帰ろうとするシオンのパーカーのフードをがっちりと掴んだ。

 すると、親に首根っこつかまれた猫のように縮こまって震えはじめた。


「……こわい。こわいよぉ」


「大丈夫だよ、命まではとられない」


「で、でもYUICA、……なんで『地獄』って呼ばれてるん?」


「ここはね、大手企業の”炎上案件専門”の特殊なコールセンターなんだよ」


「え」


「AIが『対応不可能』って判定した極悪なクレームだけが回ってくるらしい」


「AIが匙投げた案件を、人間がやるん!?」


「だから時給5000円なのよ」


「帰る! うち帰る! やっぱり靴下でええ! セイラに未開封の靴下贈る!」


 じたばた暴れるシオンを引きずって、私はビルの中に入った。


 ——大丈夫。ここの攻略法は知っている。シオンにそれを学ばせる。


 なにせ私は、この地獄の——生き残りだからね。


 ◇


【受付】


「あの、すみません。短期希望の面接に来た者ですが」


 私が受付で名乗ろうとした、その時だった。


「……あ」


 受付の女性が、固まった。


「た……田中さん……?」


 その声は、震えていた。


「え、あ、はい。田中ですけど」


 次の瞬間——


「田中さんが帰ってきたーーー!!」


 受付の女性が、絶叫した。


 その叫びに呼応するようにバタバタバタッ、と何人ものスタッフが廊下に飛び出してくる。


「うわ! 本物だ……本物の田中さんだ……」

「うそ、田中さんて実在したんだ……」

「新人の頃から伝説だけ聞いてたけど……」

「想像してたより美人な、お姉さんだ……」


 ——え、何この騒ぎ。


 隣でシオンが、ぽかんと口を開けている。


「ゆ、YUICA……あんた、何したん……?」


「い、いや、私はただ、ここで1週間バイトしただけで……」


 その時、廊下の奥から、聞き覚えのある声が響いた。


「あらあらあらあら〜〜〜♪」


 一瞬も崩れない、壊れた笑顔。

 CAのような上品な立ち振る舞い。


 研修担当——鬼塚静香さんだった。


「田中さん! お戻りになられたんですね♪ ああ、今日はなんて素晴らしい日なのかしら♪」


「ご、ご無沙汰してます鬼塚さん」


「皆さん見てください! この方が、あの『田中メソッド』の創始者です♪」


 鬼塚さんが、廊下の壁を指差した。


 そこには——額縁に入った、一枚のパネルが飾られていた。


『田中メソッド五箇条

 一、すぐ謝るな。向き合え。

 一、矛盾は論理で突け。

 一、罵倒の裏の本音を聞け。

 一、最後は必ず、心に寄り添え。

 一、相手を人間と思え。』


「こんなものを……か、飾ってるんですか!?」


「もちろんです♪ 毎朝、全員で唱和してます♪」


「もはや、やばい宗教やん……」


 シオンが、額縁と私を、何度も見比べている。


「星だけじゃなく……陰キャの伝説やったんやな……」


 シオンの目が、尊敬で輝いていた。


 ——やめて。その目やめて。


 普段の私の先輩風は、九割がハッタリでできている。

 でもここでは——ここでだけは、全部本物になってしまう。


 そもそもなんだこの職場。私の虚像を勝手に補強するな。


 ◇


【面接室】


「ほう……田中さんの、ご友人ですか」


 面接官の中年男性は、相変わらず死んだ魚のような目をしていた。


「は、はひ……その……ろ、労働を……させていただきたく……そうろ……」


 シオンの敬語が、緊張で戦国時代まで遡って韻まで踏んでる。


「候?」


「す、すみません。この子、面接が初めてで」


 私が横から補足する。


「いや経験は問いませんよ。ここに来る時点で、皆さん何かを抱えてますから」


 面接官が、乾いた笑いを浮かべた。


「田中さんの紹介なら、即採用です。ただ、一応確認ですが——」


 面接官は、シオンをまっすぐ見た。


「遺書は、書いてきましたか?」


「い、遺書ぉ!?」


「冗談です。……半分は」


「半分!? 残りの半分は何なん!?」


 シオンが私にしがみついてきた。


 ——うん。この職場、何も変わってない。


 ◇


【翌日・研修室】


「はい、それでは風間さん♪ まずは基本の応対から練習しましょうね♪」


 鬼塚さんの研修が始まった。


 私も付き添い……という名目で、短期復帰することにした。

 時給5000円は魅力だし、何より、さすがにこの子を一人で地獄に放り込むわけにはいかない。


「私が内線で電話するので、お客様だとおもって対応してみてください♪」


 私は隣の席に座って、シオンの様子を見守る。

 すると3コール以内で受話器をとった。よしよし、いいぞ。


「お電話ありがとうございます。担当のカ、カカカカカカカ……カザマ、デス」


 シオンが、ガチガチの標準語で応対練習をしている。


 実は昨夜、二人で作戦会議をした。


 シオンに私の様な流暢な対応はまず無理だ。

 なので、あえて緊張感を隠さず、ありのままの自分で真摯に話を聞く様に訓練してある。


 さらに「配信とは別人の、標準語の社会人」を演じるように伝えてる。

 その結果がこれである。


 ——うん。訓練がまったく生かされてない。緊張どころか、ほぼ言葉が滑ってる。


「カザマ、デス。ゴヨウケンヲ、ドウゾ」


「なんだそれ。いまどきAIでも、もっとマシな発声するぞ」


「む、無理や! 標準語で喋ると、脳の容量が全部そっちに持っていかれるねん!」


「3秒で関西弁に戻ってるじゃない」


 ——まあ、いい。どうせクレーム対応に演技の余裕なんてない。


すると、鬼塚さんがシオンの席までやってきて、にっこり笑った。


「大丈夫ですよ♪ 風間さん」


「ここにかけてくる方々は、他人の声を聞き分ける余裕なんてありませんから♪ 自分の怒りで、手一杯なので♪」


「説得力が怖いわ……」


 ◇


【実戦開始】


 プルルル……


 シオンのブースに、最初の着信が鳴った。


 画面に表示される案件情報——『通販商品破損クレーム・対応履歴7件・全担当者離脱』。


 ——初手からAI判定・不可能案件!?


「ひっ……」


 シオンの顔が真っ青になる。でも、着信は待ってくれない。


 震える指が、受話ボタンを押した。


「お、お電話ありがとうございます……か、風間です……」


『おうコラ!! やっと出たな!! てめぇんとこの商品、届いた瞬間から壊れてたぞ!! どう責任取んだオイ!!』


 鼓膜が破れそうな怒声。


 シオンが、ビクッと跳ねた。


「あ……あの……えっと……」


『あ? 聞こえねえよ!! なんとか言えや!!』


「……ほ、ほんまに……」


 シオンの声が、涙で滲み始めた。


「ほんまに……すんません……ぐすっ……」


 ——あ。泣いた。


『あぁ? ごめんなさいで済むかよ! ゴミカスが!』


「うちなんかが、電話にでて、すみません……」

「社会のゴミです……いきててごめんなさい」


 私は隣のブースで頭を抱えた。いきなり泣くのは、さすがに早すぎる。

 代わろうと立ち上がりかけた、その時。


『……お、おい』


 電話の向こうの声が、変わった。


『え、ちょっと待て。あんた……まさか泣いてんのか?』


「な……泣いてまふぇん……こんな、カスで、ダメニンゲンで、ごめ、ひぃ、ふぁ。ずずっ」


『泣いてるやん!! めっちゃ泣いてるやん!!』


 クレーマーの声が、明らかに動揺している。


『い、いや、待て待て。俺そこまで言うてへんよな? な? 商品が壊れてたって言うただけよな?』


「すんません……うちが……うちが悪いんです……全部……うちという存在がぁ」


『全部!? いや、あんたが壊したわけちゃうやろ!? 配送でしょ!? 落ち着いて!?』


 ——何が起きてる?


 私は、モニター越しに唖然とした。


 クレーマーが、クレームを撤回し始めている。


『わ、わかった! もうええ! 交換品送ってくれたらそれでええから! だから泣きやんで!? な!? 存在まで否定するなよ、俺が悪かったから!!』


「え……お客様が悪いわけでは……原因は、うちの」


『いや、俺が悪い!! 言い方キツかった!! ごめんな!? あんたも大変やのに、ごめんな!?』


 ガチャン。


 電話が切れた。


 フロアが、静まり返っていた。


「……あれ? なんでうちが、謝られたん……?」


 シオンが、涙を拭いながらきょとんとしている。


 次の瞬間、鬼塚さんが猛然と駆け寄ってきた。


「今の、ご覧になりました!?♪」


 その目が、爛々と輝いている。


「対応履歴7件、歴戦の担当者を全員離脱させたあのお客様が——謝罪して、電話を切りました♪」


「は、はあ」


「田中メソッドは『論理で向き合い、心に寄り添う』——つまり、戦って勝つ技術でした」


 鬼塚さんが、震える声で続けた。


「でも風間さんは、違います。戦わない。反論しない。ただ——儚く、そこに存在するだけ」


「それ、ただ泣いてるだけでは」


「するとお客様の中に、罪悪感が生まれるんです♪ 『俺は今、か弱い存在を攻撃しているのではないか』と♪ そして怒りは、自壊する♪」


 鬼塚さんが、天を仰いだ。


「さすが田中さんのご友人! 新伝説の誕生です……その名も——『風間メソッド』♪」


「え? うち、何もしてへんのに!?」


 ——嘘だろ。


 私が1週間、血反吐を吐きながら確立した田中メソッド。

 シオンはそれに、初日に、ただ泣いただけで並んだ。


 ◇


【二日目】


 風間メソッドは、快進撃を続けていた。


 激昂して電話してきたクレーマーたちが、シオンのビビり散らかした消え入りそうな声と、鼻をすする音を聞いた瞬間、次々と良心の呵責で成仏していく。


『いや、ごめん、俺の言い方も悪かったわ』

『あんた、ちゃんとご飯食べてるか? 無理すんなよ』

『……なんか、娘を思い出したわ。もうええ、クレーム取り下げる』


 しまいには、指名電話まで来るようになった。


「風間さん、指名です。『あの泣きそうな声の子、おる?』って」


「な、なんでなん……」


「みんな、あんたに説教したいんじゃなくて、あんたを守りたくなるのよ」


 ——保護欲。この子の武器は、無自覚の保護欲だ。


 ちなみに私にも、懐かしい指名電話が一本あった。


『田中!? その声、田中だろ!? 戻ったってほんとか!?』


「常連さん、お久しぶりです。まだかけてたんですか。一瞬戻ってるだけですよ」


『いや、今回はクレームじゃなくて、近況報告っていうか……田中の声が聞きたくてさ。なんか、俺、あれから結構頑張ってるんだよ、仕事もみつかったし』


「ここ、コールセンターですよ」


『わかってるけどさ、なんか、おまえに報告したいって思って」


「でも、よかったですね。やっぱりアナタは、真面目な人なんですよ。もう私に頼らなくても、がんばれますよ」


『うん。田中……ありがとう』


 ——かつてのクレーム魔王、完全に常連客になってた人。


 この常連がそうだったように、クレーマーには無職の引き篭もりも多い。

 昼間の時間帯に、通販トラブルで延々と電話をかけてくるわけだから、まともに社会で働いてないのも頷ける。


 そんな彼らの心理に、シオンの思考は——奇妙なほど、同調していた。


『だいたいなあ! 配達員が「対面手渡し」を選んでくるのがおかしいんだよ! こっちは置き配って書いてんだろ!』


「……わかる」


『は?』


「わかる、それ。チャイム鳴った瞬間の、あの心臓の音。息止めて、居留守使って、配達員が去るのを確認する、あの時間……」


『……あ、あんた……』


 電話の向こうの声が、震えた。


『わかるのか……?』


「わかるで。再配達の電話が怖くて、荷物を三日間、配送センターに寝かせたこともある」


『それな!! 電話の自動音声ならいけるのに、途中でオペレーターに繋がった瞬間、切るよな!!』


「切る切る。あと、毎日何時でも家におるって思われるんも癪やし、なんか忙しいふりしてしまう。ほんで……罪悪感で一日終わる」


『わかる〜〜〜!!』


 ——おい。

 私は隣のブースで、ヘッドセットを押さえたまま固まった。

 クレーム対応が、いつの間にか共感の場になっているじゃないか。

 しかも、社会人としては聞くに耐えない内容だ。


『あんた、いいな……こんなに話わかる人、初めてだよ。俺、ニート歴5年なんだけどさ、もう人生詰んでて——』


 その瞬間だった。

 シオンの纏う空気が——変わった。


「……5年?」

『え』

「フッ……5年て」


 ——今、鼻で笑ったか? こいつ。


「ルーキーやな」

『は?』

「うちはな——引きこもり歴12年。友達おらん歴なら、23年や」

『にじゅう……!?』


 電話の向こうで、息を呑む音が聞こえた。


『じゅ、12年……!? 嘘だろ……そんな長期、社会と縁切って生存できるのか……?』

「できるで。ただし、生半可な覚悟やないけどな」


 シオンが、椅子の背にもたれた。しかもドヤ顔してやがる。

 その姿勢。その声のトーン。その、無駄な余裕。むかつく。


 ——あ。でもこれ、私もだ。

 私がいつもシオンにやってる、先輩風だ。

 そう思うと、急に自分が惨めで恥ずかしくなってきた。


「ええか、新人。引きこもりで一番大事なんはな——家族の気配を読む力や」

『気配……』

「夕食が終わって、洗い物の音が消えて、親が風呂に入る。その17分間だけが、うちらが堂々とキッチンに行ける聖域や」


『17分……具体的だ……! メモしていいすか!?』

「かまへん。あとな、深夜3時のコンビニは、うちらの社交界や。あの時間の店員は、何も聞かん。何も見ん。夜勤のプロや」


『先輩……! さすがっす』


 ——おいおい、先輩って呼ばれてるよ。

 しかもシオン、まんざらでもない顔してる。完全に悦に入ってる。


 ——なんだこの会話。地獄か?

 働かない技術を、時給5000円の職場で、後輩に伝授するな。

 全国の働く大人たちに一斉に謝れ。

 私が回線に割り込もうとした、その時。


『でも先輩は……すごいっすね』


 電話の向こうの声が、ふと、真剣になった。


『12年引きこもってた人が……今、地獄みたいな社会で働いてるんすよね。こんなクソみたいな電話に、対応してるんですよね』


「……」


 シオンの手が、止まった。


「……うん。まあ。そうやな」

『どうやったんすか。外……怖くなかったんすか』


 シオンは、少しの間、黙った。

 それから、ぽつりと言った。


「怖いで。今も怖い。家を出る時も、連れてきてくれた友達の顔も、面接も、全部怖かったわ」

「でもな——その恐怖を乗り越えてでも、やりたいことできてん」


『……やりたいこと』


「そうや。うちは立派になったわけやない。今も要塞に帰りたい。けどな……」


「人間、誰かに感謝を伝えたい時は……外に出られるんや」


 電話の向こうが、しばらく無言になった。


『……俺も』


 鼻をすする音がした。


『俺も、探してみるわ。感謝を伝える相手』

「うん。焦らんでええ。うちら年季入っとるからな」

『クレーム、取り下げます。……先輩、また電話していいすか』

「ここコールセンターやから、あんまり良くないと思う」


 通話が切れた。

 フロアが、しん、と静まり返っていた。

 鬼塚さんが、ハンカチで目元を押さえている。


「……素晴らしい♪ クレーム対応が、人生相談で成仏しました♪ 風間メソッド、進化してます♪」


 ——いやしてない。あれはただのニート同窓会。

 ——けど。


 私は、ブースの中のシオンを見た。

 悦に入った先輩風の、どうしようもない会話。

 一般人が聞いたら、嘆かわしくて腹が立つだけの、ぐうたら自慢。

 でもその最後の一言だけは——たぶん、あの12年の中から出てきた、本物だった。


 誰かに感謝を伝えたい時だけ、人間は外に出られる。


 ——それ、私も一緒だったかもな。


 ◇


【最終日・夕方】


「風間さん、田中さん。3日間、お疲れ様でした♪」


 鬼塚さんが、二つの封筒を差し出した。


 給料袋。日払い計算の、手渡しだ。

 シオンは銀行口座を持っていないので、この形にしてもらった。


「風間さんは、勤続3日——この職場では『奇跡』を超えて『伝説』の領域です♪ 平均勤務時間、3時間の職場ですから♪」


「そ、そんな職場やったん……」


 シオンが、給料袋を両手で受け取った。


 中を覗く。十数枚の、一万円札。


「…………」


 シオンの手が、震え始めた。


「……YUICA。これ……うちが……」


「そうだよ」


「うちが、社会から……勝ち取ったお金や……」


「勝ち取ってはいない。あんたは泣いて、ニート自慢してただけ」


「これが、うちの労働の……対価なんやな……」


「まあ、間違ってはいないけど」


 シオンは、給料袋を胸に抱きしめた。

 その目から、今日一番大粒の涙が、ぽろぽろとこぼれていた。


「初めてなんや……お母さんのカードやない、うちのお金……」


 ——23年間。


 この子はずっと、与えられる側だった。

 守られて、養われて、要塞の中で生きてきた。


 その要塞から一歩出て、泣きながらでも、自分の力で掴んだ十数万円。


 黒いカードで買えるものより、ずっと重い。


「……よし。じゃあ行くよ」


「え、どこに」


「決まってるでしょ」


 私は、シオンの背中を叩いた。


「プレゼント、買いに行くの。あんたの金で」


 ◇


【誕生日当日・地下スタジオ】


「——で? なんだこの空気は」


 練習に来たセイラが、怪訝な顔で私たちを見回した。


 シオンが、ラッピングされた箱を抱えて、直立不動で固まっている。

 ちなみにラッピングは店員さんにやってもらった。私もシオンも、包装という技術を持っていないので。


「ほら、シオン」


 私が小突くと、シオンはぎこちない動きで、箱をセイラに突き出した。


「…………ん」


「ん?」


「……ん!」


「いや『ん』じゃわからん」


 ——練習したセリフ、全部飛んだな。


「誕生日プレゼントだって。シオンから」


 私が代わりに言うと、セイラの目が丸くなった。


「……おまえが、アタシに?」


「せ、セイラ、いっつも……歌っとるから……」


 シオンが、絞り出すように言った。


「声、大事にしてほしくて……喉の、スチーム吸入器……ええやつ……」


 セイラが、箱を受け取る。


「それ、シオンが自分で稼いだ金で買ったのよ」


 私はさらに、付け加えた。


「バイトしたの。3日間。地獄みたいなコールセンターで、泣きながら」


「……は? バイト? シオンが?」


 セイラが、シオンと箱を、何度も見比べた。


「お前……外、出られたのか」


「YUICAが、おったから」


 シオンが、小さく笑った。


「それに……初めて誰かにあげるプレゼントが、お母さんのお金って、なんか嫌やってん。うちのお金で、買いたかってん。セイラのやから」


「——」


 セイラが、固まった。


 箱を持つ手に、ぎゅっと力がこもる。


 そして——ぷいっと、顔を背けた。


「……バカかお前ら」


「え」


「バイトてっ。泣きながらてっ。そんなもん……そんなもん、しなくても」


 声が、震えていた。


「アタシは、もらえるだけで……っ」


 振り向いたセイラの目は、真っ赤だった。


「〜〜〜っ、ああもう! ありがとうな! 一生使う! 喉が滅んでも使うわ!」


「の、喉が滅んだら意味ないやん……」


「うるさい!」


 セイラが、シオンをぐしゃぐしゃと抱きしめた。


 シオンが、目を白黒させながら——それでも、嬉しそうに笑っている。



 ——ああ、この顔が見たくて、この子は地獄に行ったんだな。



 その後、私からもセイラにプレゼントを渡した。


 Amazonの箱のまま。


 彼女は笑ってくれたけど、顔は少しひきつっていた。





(おわり)


 おまけ

【ラップ】地獄のコールセンター/YUICA-FAKE-3(official music video)

 https://youtube.com/shorts/ZwfiZ1prbtU

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