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SS2「自分の1%を探せ」

「ふう……じゃあ配信するか」


 新曲公開から二日後。

 私は久しぶりに配信準備を始めた。


『新曲について話します』

『批判も受け付けます』


 告知を出した瞬間、嫌な予感はしていた。


 ——案の定だった。


 配信開始と同時に、コメント欄が荒れる。


『炎上に便乗してて草』

『売名乙』

『コハクを利用するなよ』

『偽善者Vtuber』


 私は、静かにコメントを読み上げた。


「便乗、ね……」


「じゃあ聞くけど」

「お前、コハクのためになにかしたの?」


 沈黙。


『はあ?沈静化するまで見守ってるだけだ』

『お前はただの便乗だろ』


「へえ。それで守ろうとした人間を。今度はアンタが匿名で石投げて、叩くんだ」


『うるせえ!お前は関係ないのにしゃしゃんなよ!』

『偽善者が正義面してんじゃねえ!』


「正義? じゃあ……お前の正義ってなに?」


『Vtuberのクセに、黙れ』


 ——やっぱり、コハクのファンを語ったアンチか。

 

 ブタどもはアンチを煽らずじっと聴いてる。

 私のやり方をわかってるからだ。信頼してくれてる。

 こういう時のブタどもは頼もしい。

 そして、ありがたい。


『お前も所詮キャラだろ』

『絵が偉そうに語るな』


「はあ? 絵、だと?」


『絵だろ! 人じゃねえし』


 私は、笑った。


「じゃあお前は? アイコンすらない匿名のお前は、なんなの? 無か?」


 沈黙。


「違うだろ?……お前も人間じゃん。私もな」


 私は、声のトーンを下げた。


「お前らは、絵に向かって石を投げてるつもりかもしれないけどな……相手は人間だ。それがどんな危険な行為かわかってんのか?」


『そんなの有名税だろ』

『楽な仕事してるクセに』


「有名税? 楽? じゃあお前もやれよ」


『は? 関係ねーし』

『Vtuberなんて興味ねーし』

『お前らキモいし』


「ふーん。じゃあなんで今ここにいるの?」

「暇なの? それとも——」



 私は、一呼吸おいた。



「——誰かを燃やさないと、

 自分が消えちゃいそうなの?」



 コメント欄が、一瞬止まった。


 そして複数のアンチが再び返しはじめる。


『……は?』

『意味わかんね』

『やっぱうざいわこいつ……』

『急に何言ってんだキモ!』


「わかるよ」


 私は、静かに言った。


「私もそうだったから」


「世間を恨むことでしか、自分を保てなかった時期もあった」


「だから——お前の気持ち、わかるよ」


 沈黙が、長くなる。


「でもさ」


「それ、どこまで続けるの?」


「燃やす相手がいなくなったら、次は誰を燃やすの?」


「——最後に残るの、自分だけだよ」


 コメント欄の流れが、少しずつ変わり始めた。


『……』

『それな……』

『あ、なんか刺さったわ』

『YUICA、ガチだな』


 でも、まだいる。


『綺麗事言ってんじゃねーよ』

『お前に何がわかる』

『成功者が偉そうに語るな』


「成功者?」


 私は、鼻で笑った。


「36歳まで引きこもりだった女が?」


「妹のアカウント誤配信して、人生狂った女が?」


「成功者ねえ」


『……え、マジ?』

『36歳ってガチなんだ』

『本当に引きこもりだったんか?』


「ガチだよ」


 私は、少しだけ過去を話すことにした。


「私さ、昔は大企業で働いてたの」


『え?』

『やっぱ勝ち組じゃん?』

『話が見えねえ』


「最後まで聞きなよ」


 沈黙。


「真面目に努力して、勉強して、いい大学入って、いい会社に入ったよ」


「でも——働きすぎて、無理して……身体、壊した」


「で……辞めた」


『……』


「辞めた後、身体は治ったけど、心がダメだった」


「3年間、なにもできなかった」


「布団から出られない日もあった。シャワー浴びるのすら無理な日もあった」


『そうなんだ……』

『きついな……』


 コメント欄が、静まり返っていた。


「やっと動けるようになって、再就職しようと思って」


「面接、何社も何社も受けたよ。で……全部落ちた」


『……』


「……途中で数えるのやめた。それくらい落とされた」


「履歴書の空白の3年間。それだけで、私の全部を否定された」


「『この期間は何をされてましたか?』」


「——布団で息してただけだよ、って言えるわけないじゃん」


『……』


「真面目に生きてきたのに。努力してきたのに」


「一度失敗しただけで、腫物扱い」


「もう私に人としての価値なんてないんだって——諦めてた」



 長い沈黙。



 そして——



『……YUICA』



 一つのコメントが流れた。


『俺も、似たような感じだ』


「お」


『就活、全部落ちた。もう50社以上』


「そっか」


『俺、ADHDなんだ』


 コメント欄が、少しざわついた。


『それ言っちゃうんだ』

『特定されない?』

『そんなのカミングアウトするなよ』


 でも、彼は続けた。


『履歴書に書いた。面接でも正直に言った。最初は隠そうかと思ったけど……それも含めて自分だって思ってもらいたかったんだ』


「……うん」


『でも、それだけで全否定される。酷い時は話も聞いてもらえない』

『うちは慈善団体じゃないのでって言われた時もある」


「……」


『どこも断る理由は「うちでは難しいですね」って感じよ。俺という人間じゃなくて、ADHDってラベルだけ見て、切られるんだ』


「……わかるよ」


『毎日思うんだ。俺の存在って、価値って。なんなんだろうって』


『自分が、なんだか世の中のバグみたいな……気がしてくる』


『生まれてきたこと自体が、間違いだったのかなって』


 私は、深く息を吸った。


「——間違いじゃない」


『え?』


「お前の存在は、間違いなんかじゃない」


「世の中のバグでもない」


『……でも、どこにも必要とされない』


「必要とされるかどうかは、お前の価値じゃない」


『でもさ、どんなに努力しても認めてすらもらえない。YUICAだって同じだろ。努力しても結局……無駄だったんだろ」


 コメント欄が同意する。


『……たしかに』

『それあるよな』

『成功するのは一部の人間だけ』

『努力なんて報われない』


「いいかおまえら——」


 私は画面に前のめりになって言った。


「エジソンの有名な言葉、知ってるか?」


『天才は99%の努力、ってやつ?』


「みんなそう覚えてるけど、本当の意味は違う」


『え?』


「本当は『1%のインスピレーションと99%の汗』だ」


「99%の努力が報われるって意味じゃない」


「まず1%のインスピレーション——自分だけのひらめきがなきゃ、99%の努力は無駄になるってエジソンは言った」


『……』


「お前さ、自分の中に何かないの?」


『何かって……』


「好きなこと。やりたいこと。溢れ出るもの」


「なんでもいい。歌でも、イラストでも、小説でも、noteでも、ゲーム実況でも」


『……絵、描くのは好きだった。昔』


「じゃあ描けよ」


『え、でも下手だし……』


「下手でいいんだよ」


「私も最初、配信なんて何もできなかった」


「妹のアカウントで誤配信して、パニックで暴言吐いて」


「それが全ての始まりだった」


『……』


「私にとっての1%が、Vtuber(これ)だった」


「こんな形で見つかるなんて、思ってもなかった」


「でも見つかった。だから今、99%の汗をかけてる」


『……』


「お前も探せ——」


「自分の1%を」


「見つかるまで、足掻け」


『……でも、俺なんかが発信しても誰も見ないし』


「そりゃ最初は誰も見ねーよ」


「でもな——」


 私は、カメラを真っ直ぐ見た。


「なんでもいい。自分を発信しろ。表現しろ」


「お前の中に溢れるものを、インスピレーションを——」


「吐き出せ!」


 沈黙。


「不完全でいい。下手でいい。誰にも見られなくてもいい」


「何かつくって、自分が何者か——証明しろ」


『……つくる?』


「それに込めろ。自分はここにいるって」


「誰かに認めてもらえるまで、わかってもらえるまで——」


「足掻いて、足掻いて、足掻き続けるんだ」



「それが——生きるってことだ」



 長い沈黙。


 コメント欄が、温かい空気に変わっていた。


『YUICA……』

『泣いた』

『俺も音楽つくってみようかな』

『今はAIもあるからな』

『たしかにやろうと思えばな』


 そして、彼からのコメント。


『……ありがとう』


『俺、また描いてみる。下手でも』


『誰かに見てもらえるまで、描いてみるよ』


「うん」


「描いたら見せろ。罵倒してやるから」


『え、罵倒されんの?』


「当たり前だろ。甘やかすわけないじゃん」


『……でも、なんか、それでもいいかもな。

 見てくれるなら』


「わかってんじゃん」


 私は笑った。


「いいかアンチども。こっちはな、命燃やしてんだ」


「だからお前らも燃やせ。自分の1%を探せ」


「人に石投げて——燃え尽きる前に」


「いつか自分を、傷つける前に」


「もっと、もっと、足掻いて。

 自分の命を燃やせよ……」


 結局最後まで、アンチコメントを書き続ける奴もいた。でもそれが、この世界の現実だ。


 でも、たったひとりでも、変わってくれたなら——


 同じように苦しんでいる、誰かに届いたなら。


 それで良いと思った。



 ——配信終了後。



 LINEの通知が鳴った。


 コハクからだった。


『YUICA、配信見た』


 既読、三日ぶり。


『……ありがとう』


『また歌いたくなった』


『「自分が何者か証明しろ」って——刺さった』


 私は返信を打った。


『そっか。あのさぁコハクの方が先輩なんだから、さっさと復帰してよ』


『後輩に心配させるなよ、ポンコツ四天王』


 すぐに返事が来た。


『ひどい!でも……うん』


『もうちょっとだけ休んだら、戻るね』



 沈黙。



『ありがとう、YUICA』



 私はスマホを置いた。窓の外、夜空が見える。


 ——届いた。


 偽物の叫びが、ちゃんと届いた。


 こっちは命燃やして、立ってるんだ。


 不完全でも、下手でも、誰にも見られなくても。

 自分はここにいるって、証明し続ける。


 それが——私たち偽物フェイクの、生き方だ。



 SCREAM —命燃やしてんだよ—




 フェイクスターSS 完



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