SS1「命燃やしてんだよ」
午後11時。田中家のリビング。
私はスマホを握りしめたまま、震えていた。
「どうしたの?お姉ちゃん……怖い顔して」
ゆいが不安そうな顔をして覗き込む。
画面には、誹謗中傷が並ぶコメント欄。
見ていたのは琥珀のアカウント。
『戦犯Vtuber』
『お前が歌ったせいで負けた』
『日本の恥』
『二度と出てくるな』
何千という罵声が押し寄せている。
——茜コハク。
銀河歌劇艦隊の四天王。登録者220万人。
彼女は先週、サッカー日韓親善試合の開幕で応援歌を歌った。
ただ、それだけだ。
試合は日本が負けた。
たったそれだけで、コハクは戦犯になった。
『Vtuberって気持ち悪いよな』
『キモいからもう歌うな』
私はLINEを開いた。
コハクとのトーク画面。
最後のメッセージは三日前。
『YUICA!新しいトークコーナー考えたんだけど、ちょっと見てもらえない?忙しかったら全然いいからね!』
いつもこうだ。
先輩なのに、偉ぶらない。
私がMCバトルで優勝した後、最初にメッセージをくれたのがコハクだった。
『見た!めちゃくちゃ痺れた!フリースタイルのコツ、今度教えて!』
四天王なのに、後輩の私に頭を下げて質問してくる。
見た目は明るくてお気楽に見えるけど、実は誰よりも努力家だ。
配信のアーカイブを何度も見直して、改善点をメモしてる。イラストも毎日練習してる。
「もっと良くなりたいんだよね」
そう言って笑う顔が、眩しかった。
——なのに。
今、その笑顔が消えている。
三日前から、既読がつかない。
毎日のように「おはよ!」と送ってきた彼女が、沈黙している。
発端は、コハクの反論だった。
黙っていればよかったのかもしれない。
でも彼女は、自分の言葉で返した。
『私は精一杯歌いました。選手の皆さんも全力で戦いました。誰も悪くないと思います』
たったそれだけの言葉が、火に油を注いだ。
『反省してない』
『開き直るな』
『Vtuberの分際で』
『おまえなんかただの絵だろ」
誹謗中傷は、何倍にも膨れ上がった。
そして昨日、コハクは活動休止を発表した。
『ご心配をおかけして申し訳ありません。しばらくお休みをいただきます』
——謝る必要なんて、どこにもないのに。
私は、LINEを打った。
『大丈夫?無理しないでね。返信いらないから』
既読はつかない。
「ふざけんなよ……」
私は、立ち上がった。
「配信する。私が言い返す。こんなの間違ってる」
その時、スマホが鳴った。
セイラからのビデオ通話。
出ると、セイラの顔が映った。
いつもの不敵な笑みはない。静かな目。
「見たか」
「見た。ひどすぎる」
「ああ」
セイラが、深く息を吐いた。
「でもな。これが、Vtuberの現在地だ」
「どういう意味?」
「どれほど有名になっても、所詮は匿名のキャラみたいな扱いなんだよ」
セイラの声に、諦めはなかった。でも、深い理解があった。
「都合のいいサンドバッグだ。叩いても、相手は絵だから罪悪感がない」
「だから黙って見てろって言うの」
「そうは言ってない」
「じゃあ私、配信で——」
「YUICA」
セイラの声が、鋭くなった。
「アタシたちはアーティストだ」
沈黙。
「返すなら、歌でやる」
セイラの目が、真っ直ぐに私を見ていた。
「言葉で殴り合っても、同じ土俵に落ちるだけだ。あいつらと同じ場所に立つな」
「でも……」
「やれるだろ、お前なら」
セイラが、わずかに笑った。
「アタシたちFAKE-3なら」
私は、拳を握りしめた。
コハクの涙を、言葉で拭うことはできない。
——でも、歌なら。
傷を燃料にして叫ぶことなら、私たちにはできる。
「……わかった」
私は、スマホを握り直した。
「やってやる」
セイラが頷いた。
「明日、シオンのスタジオで会おう。あいつにも声かけておく」
「ああ」
通話が切れた。
翌日。シオンのスタジオ。
私が着くと、シオンがギターを抱えて待っていた。
その目が、赤い。
「シオン……泣いてた?」
「……ちょっと」
シオンが、俯いた。
「コハクさん、うちにもたまにメッセージくれるんよ」
「そうなの?」
「うん。イラストの感想とか。うちのギター、好きやって言うてくれて」
シオンの声が、震えた。
「あんな明るい人が、今、ひとりで泣いてると思うと……」
「……うん」
「なんで関係ない人が石投げてくるん。なんでこんな……」
シオンの目から、涙がこぼれた。
私は、シオンの肩に手を置いた。
「だから、書く」
「え?」
「あいつらの投げた石を、全部燃料にする歌を書く」
シオンが、顔を上げた。
「コハクに届けたいんだ。お前は間違ってないって」
「……うん」
シオンが、涙を拭った。
「うちも弾く。最高のギター、弾くから」
その時、スタジオのドアが開いた。
セイラが立っていた。
「揃ったな」
セイラが、私たちを見渡した。
「始めようか。アタシたちの反逆を」
私は、メモアプリを開いた。
昨夜から、ずっと頭の中で渦巻いている言葉がある。
『気持ち悪いって笑うなら』
『その笑い声ごと飲み込むくらい歌うだけ』
『お前らはなにを燃やした』
指が動き始める。
「お前らの言葉、全部燃料にしてやる」
——こっちは、命燃やして立ってんだよ。
三人の目が、静かに燃えていた。
——三日後、新しい曲が完成した。
偽物だから歌える。
すべての、仮面の表現者への応援歌。
SCREAM —命燃やしてんだよ—
https://youtu.be/OYj1RWXspb0?si=pGW_JlEKC75Vkz0u
(つづく)




