SS-※「うちら、アニメになるらしいで」
シオンが、声を出した。
「ええっ!?」
気づいたら私は椅子から立ち上がっていた。反射だ。
この子が大声を出すのは去年のフェス以来で、あのときはアンプが本当に煙を吹いていた。つまり、それくらい珍しいことが起きている。
私は恐る恐るたずねた。
「ど、どうしたの、シオン」
スマホを握りしめたまま、シオンがこっちを見る。喉のあたりで一度言葉を詰まらせて、それから言った。
「うちら、アニメになるらしいで」
スタジオが静かになった。
「……は?」
「アニメ。アニメになるって。ていうか、もう始まってるって」
私は座り直した。落ち着け。落ち着くんだ田中美咲。
「あのな、シオン。アニメ化っていうのはな、順番があるんだよ、順番が」
「順番?」
「まず小説がコンテストで賞を獲る。それで出版社が目をつけて書籍化される。本が売れたらコミカライズの話が来る。漫画がまた売れて、ようやく『アニメ化決定』の帯が巻かれるんだ。何段階だと思ってる?」
「……」
「書籍化すらされてないこの話が、どうひっくり返ったらアニメになるんだ。どこのバカが、私らの物語に何億も出すんだよ」
我ながら完璧な論証だった。雑学だけで生きてきた三十六年は無駄じゃない。
「でも、本当にアニメになったって……」
「どうせフェイクだろ。そういう怪しい話はな、まず一次ソースを確認しろって何度も」
「アタシはそれ、試写で見たよ」
声の主はセイラだ。見ると、ソファに寝転がってにやにやしていた。
艦長モードじゃないときのセイラは、ただのだらけた三十路女だ。そしてこの顔をしているときのこいつは、だいたい何かを知っている。
「見たって? 本当に?」
「見た。マジでアニメになってたぞ」
「……嘘だろ」
「しかもさ」
セイラが指を一本立てる。
「あの変人、いや作者が、ひとりで作ったって言ってた」
……ひとり?
私は黙った。
アニメというのは何百人ものスタッフが何ヶ月もかけて作るものだ。作画がいて、彩色がいて、背景がいて、撮影がいて、音響がいて、その全部を束ねる監督がいる。名前がずらっと並ぶあのクレジットは、そういう意味の名前だ。
今どきはAIを使えばそれなりのものが作れるらしい、というのは知っている。知ってはいるが。
――だとしても本当に、ひとりで? そんなことできるのか。
そういえばMVも妙に凝っていた。あれをひとりでやっているという話も、当時は信じていなかった。でも本当にひとりでつくってた。
ひとりメディアとかなんとか言ってたが、つまりは、ただの”ぼっち”だろ。
やっぱあの変人、どこかがおかしい。
「で、でも、ほら」
口が勝手に動いた。
「最近流行りのAIアニメでしょ? 15秒とか1分とかのショート動画でしょ。それっぽい絵が動くだけの。そんなの所詮、フェイクじゃん」
「いや、それが……」
セイラが、少し困った顔をした。
「15分のフルアニメだった」
「……15分?」
「15分」
「フルで?」
「フルで」
言葉が出なかった。
「なあ」
シオンだった。
さっきから、ずっと黙っていた。
「本気の嘘は、本物を超えるって、YUICAいうてたやん」
「いや……言ったことないが」
そんなセリフ、口にした覚えはない。私はそんな気の利いたことを言う人間じゃない。
「あれ? いうてへんの? YUICAのセリフやないんや」
シオンが首をかしげて天井をみつめる。
「でもそれが、フェイクスターやろ」
――Vtuberなんて、所詮は偽物でしょ。
いつだったか、私は同じことを言った記憶がある。
たしか妹の部屋で、誰かのアバターのフィギュアを見下ろしながら。
その時は、誰も見ていないと思ってた。
まさかあの場面も、再現されてるんじゃ。
私はチラリとセイラを見た。
そんな様子を察したのか、あいつはニヤニヤしていた。
「……私は、そんなの信じないから」
立ち上がって、私はスタジオを出た。
背中でセイラが何か言っていたが、聞かなかったことにした。
翌日。
スタジオの隅で、セイラが誰かと喋っていた。
「――あれって毎回15分も作る気か?」
私は通りすがりに言った。
「ちがう……14分48秒だ」
そのまま部屋を出た。
背中で、誰かが笑いを堪える音がした。
たぶんシオンだ。
(後書き)
『フェイクスター/YUICA』第1話「誤配信」、アニメをつくりました。
14分48秒です。これからアニメ連載もスタートします。
原作からアニメ用に脚本を書き直していますので、原作を読んだ方も新しい発見があるかもしれません。
▶ https://www.youtube.com/watch?v=jh4s5EglbHc




