森の聖雫 八話 若き日の思い出
―― side us ――
フェリーフの部屋の前まで来た。
目的は獣人娘達の治療方法を聞くためだが、食事も持って来ている。
滅多に来ない宿泊客に死なれてはもった……目覚めが悪いからな。
フェリーフは俺が生まれる前から、この城のこの部屋に住んでいるそうだ。
この城は父が残した物なので、今は俺の所有物だ。
だから実質的には居候なのだが、彼女の気持ちを考えると追い出す事など出来ようもない。
この城は世界樹のあった場所。それが彼女がここにいる理由。ただそれだけ。
エルフの耳は長く、若いほどに垂直に立っている。
だが今のフェリーフの耳は垂れ下がって肩に付いている。 要するにそれほどに年齢を重ねているわけだ。
普段はドワーフに作らせた耳飾で耳を全体的に飾っている……様にみえる。
フェリーフの耳飾は美しい装飾品としてだけではなく、長い耳を持ち上げ固定し、両耳の耳飾をチェーンで繋ぎ、耳を吊り上げているのだ!騙されるな!
コンコンッ。 俺はノックをする。
「アーズだ。 メシを持って来た。」
ドアは開かず、向こうから声だけがした。
『あら、わざわざ、ありがとう。廊下にでも置いといてちょうだい。』
「いや、ついでに獣人達の治療方法も聞きたくてな。」
『今は、そんな気分じゃないわ。』
「悪いがそうも言ってられないんだ。 かなり容態が悪くてな。 急を要するんだ。」
『……』
ガチャリ、とドアが開く。
「獣人なんて、野蛮なくせに、ひ弱なんだから。」
「まぁ、そう言ってくれるな。 中に入っても?」
「……どうぞ」
フェリーフの部屋は基本的に何もない。
ベッドとクローゼット。 テーブルに椅子が4つ。 あとは磨かれた姿見の鉄鏡がある。
ただ床には酒瓶が無数に転がっている。
俺は持って来た食事を、テーブルの上に置いた。
「早速で悪いんだが、治療方法を教えてくれ。」
「簡単な事よ。」
そう言って、スープをスプーンで掬う。
「体内で魔種と樹液の戦いが拮抗しているの。だから魔素が乱れて体調が悪くなってるのよ。だからどちらかを取り除けば良いのよ。」
「それはそうかも知れないが……そんな事が簡単にできるのか?」
フェリーフは、残念そうな顔になる。
「それは……今はどうかしらね……世界樹があったころは、私にも出来たけど、ダークエルフになってからは出来ないわね。」
「どういうことだ?」
「私が『世界樹の巫女』だったのは知ってるわね?」
「あぁ、前に聞いたことがあるが……。」
森エルフは森を守る番人……ではない。 世界樹を守る番人だ。
ただ、世界樹を守る為に、森で戦う……森を利用する……森での戦闘に長けてくる……そうやって必然的に森の番人になったそうだ。
その森エルフの中でも、世界樹と話し、時には神託さえ授かる存在。それが『世界樹の巫女』……だったそうだ。
ただ総ては俺が生まれる遥か過去の出来事。 本当かどうかは俺は知らない。
「『世界樹の巫女』は、『聖樹の精霊』と会話したり、『聖樹の恵み』を分けてもらったり出来たのよ。」
「聖樹の精霊?」
「聖樹の精霊は心優しい、穏やかな精霊よ。 普通の森エルフなら、会う事も話す事もできないわ。 特に男はね。」
「では、俺には絶対に会えないな。」
「……そうね。 そして『聖樹の恵み』には魔種を滅する……治療する薬があるのよ。」
「それが助ける手段…………」
「そう……だから、今の私には彼女達を助ける事はできないわ。」
「その聖樹の精霊から『聖樹の恵み』を貰えるのは、『世界樹の巫女』だけなのか?」
「いいえ。『世界樹の巫女見習い』の『聖樹の巫女』でも貰えるわ。」
「その『聖樹の巫女』は今いるのか?」
「正確には判らないけど、まずいないと思うわ。」
そうして、寂しそうな顔をする。
「『聖樹の巫女』になれるのは、清らかな森エルフの乙女だけよ。 ダークエルフでは無理だから……」
「では、マインとアイルでは?」
「判らないけど、多分無理ね。」
「なぜ?」
「聖樹の精霊は少しでも野蛮なエルフが嫌いなのよ。 だから男のエルフは会う事さえ出来ない。」
あの二人が野蛮と言うのは、フェリーフの思い込みだろうけど……。否定しがたい事は確かだ。
「では、ユウは?」
「ユウはエルフでさえないじゃない。」
あ、そうか……俺の半分が猿耳族だから、勘違いしてしまった。
「……あ、でも……」
「でも?」
「ユウから微かな精霊の気配がしたような……感じがしたから……」
「精霊の気配?」
「判らないわ……今の私では……。でも、多分あれは精霊の気配だった……。」
フェリーフは懐かしい物を思い出すように言った。
「ならユウなら出来る可能性がある?」
「どうかしらね。 エルフ以外で『聖樹の巫女』になった者なんていないのだから。 それに『聖樹の巫女』になれたからと言って『聖樹の恵み』を貰えるとは限らないわ。 そう簡単なモノじゃないのよ。 そうなるには修行も必要なのよ。」
なんか、握り拳を作って力説し始めた。
「では、せめて森のエルフ達に聞いて貰えないか? 『聖樹の巫女』がいないかを……」
「流石に今は、そんな気分になれないのだけど……外…雨…降ってるし……」
と、フェリーフはやっと一口スープを口にいれる。 最後に小声で何か言ったが聞き取れなかった。
「このスープ……変った味だけど……何かしら?」
「ドワーフから新しい香辛料が手に入ってね。 ちょっと使ってみたんだが……味はどう?」
「悪くないわね。 少しだけスッキリした気分だわ。」
「それは良かった。」
『聖樹の巫女』に『聖樹の恵み』か……どこかに居ないものか……。
―― side you ――
くっそ。 相変わらず燻製肉って硬くて食いにくいぜ。
やっぱり、マイのスープにしといた方がよかったか?
いやでも、マインとアイルも燻製肉だし、これを食えば少しは強くなれるかもしれない。
少なからず、アゴは鍛えられそうだ。 これも修行の一環だ。
っていうか、みんな食うの早いな。
ドワーフ達は、さっさと食ってどっか行っちまったし。あ~~~~
「あ~~~~それにしても、白飯かパンが食べたいぜ。」
「それには同感ね。」
「あははは、確かにね。」
あ、アーズがいそいそとやってきた。
「あれ? ユウはまだ食べてるのか?」
「肉が硬くてな……」
「あぁ、すまないね。 少し軟らかい物を考えるよ。」
「いや……マインとアイルと同じのでいい。」
「なぜ?」 首を傾げるアーズ。
「いや……なんとなく」
するとアーズの視線がオレの顔から少し落ちて、直ぐに何かを納得したようだった。
「あぁ……わかった、脂の乗った猪肉の塩漬けがあったはずだ。 そっちの方が良いかもしれないな。」
なんだ? っていうかやっぱり肉なのか……。
「そうだ、獣人達の食事なんだが……」
「みんなまだ寝てるぜ?」
「ふむ……となると、せめて水分補給をさせたいんだが。」
「あぁ、モルッタが水と水差しを持って来てくれてたぜ。」
「それは知っている。でも水差しじゃ意識がないと飲めないんじゃないか?」
「まぁそうだな。」
「で、ユウに相談なんだが。 この水を口に含んで、口移しで飲ませてやってくれないか?」
「は?」
なんでそうなる……。
「いや、この水にはあのカメの血液が薄めてあってな。 体力の回復が見込めるんだ。」
「え? あのカメの血はヤバイだろ。」
「いや、俺も舐めてみたんだが……確かに原液だとキツイが、水に薄めたらキツさが消えて、体力の回復に使える程度には効果があった。」
「また、オレが倒れたりしないかな……」
「少し生臭いが、大量に飲み干さないかぎり、まず大丈夫だ。それほどに薄めたからな。」
ふむ……あの魔素が回復したり、体力が回復したりする血液か……。
確かに、オレが飲んでも平気なら、魅力的ではあるが……いや、問題はそこじゃねぇだろ!
口移しで飲ませる? なんでそうなった?
「でも意識が無いからって口移しで飲ませる必要があるのか? そんなの聞いた事がないぞ。」
「俺は起きない病人に薬を飲ませるには、この方法が一番良いと聞いたぞ。」
誰だよそんな事を言ったのは。 とんでも民間療法じゃねぇか?
「とりあえずだ、体力が落ちきって、水分も確保できない状態じゃ危険なんだ。」
「……確かにそうかもしれないな。」
「ユウも彼女達に助かって貰いたいだろ?」
「ぉぅ」
別に嫌いじゃねぇしな……。恨みがあるわけでもない……。見てて面白いしな。耳とかシッポとか。
「口移しなんて簡単だから、やって貰えないか?」
「簡単って……どうやるんだ?」
「こう……舌で相手の唇を開けて、口の中から水を流し込むだけだ。 な?簡単だろ?」
簡単じゃねぇよ! ハードル高すぎだろ!
「アーズさんとか、マイじゃだめなのか?」
アーズは首を横に振った。
「男はダメだな……烙印がどうなるか判らないからな……。」
「じゃぁマインとアイルは?」
アーズは首を横に振った。
「また酔っ払われても困るからな……。それに、任せたらダメな気がする。」
そう言われたら、任せたらダメな気がしてきた。
「フェリーフさんは?」
アーズは首を横に振った。
「フェリーフは獣人の為に、そんな事をする人じゃないな……。」
優しい人なのに……。
「じゃぁモルッタは?」
アーズは首を横に振った。
「他のドワーフが許さないな……」
あぁ……確かにな……。
っていうか、オレも誰か止めてくれよ!!
「いいじゃない。ユウがやってあげれば。」
おい、マイ、そこは止めるとこだろ!
「早くしないと、みんな死んじゃうかもしれないよ?」
おい、ウイ、なんで脅迫じみてんだ?
「オレのファーストキスだぞ!」
そうだ、そんな一大イベントを気軽にできるか! ファーストキスなんか絶対忘れられねぇ事だぞ!
そ、そ、それを五人同時にとか――
「何いってんの? アンタのファーストキスはアタシでしょ? 幼稚園入る前だったけど。」
あ……そうだった。 嫌な事を思い出してしまった。
「あんなのノーカンだ!」
「何百回分ノーカンにするのよ。」 マイはケラケラ笑いだした。
「マイ様!ワッチとファーストキスするのじゃ!」
「アチキともするのじゃ!」
「わ!わっ!!やめなさぅぐ!」
ざまぁ。オレに変な事を思い出させた罰だ。
「なら、任せても大丈夫そうだな……これがその水だから、なるべく急いであげてくれ。」
アーズは革でできた水袋をオレに渡してきた。
今の会話のどこに『なら』の要素を見出したんだ?
身体を拭く次が、口移しとか……。 点滴とか現代医学はないんですか?
マイ達を見ながらアーズが言った。
「あぁっと。そうだった、マイとマインとアイルには、別の話があるんだった。付いて来てくれ。」
解説しよう! イヤーカフは、イヤリングやピアスではなく、耳全体を飾る装飾品です。




