039:王国の常識(非常識)
ルルー「ストラ様……」
ストラ「ご安心を……システム。 軌道エレベーター倒壊までの時間を計算しろ」
周りがざわめく前に、とっとと先へ進める。
アナウンス『……計算完了。 現在の軌道エレベータに残存する全センサーからの情報より、倒壊時間を算出。
倒壊までの最短時間は、138年10ヶ月12日」
おかね「138……年じゃと? 桁を間違えてはいないか?」
ストラ「間違えてないよ。 しかし百年を超えるとは……これは愉快」
ティール「一体、何をしたんだ?」
ストラ「複雑なことはしていない。
……巨人はエレベーターにイタズラをして、リングごと倒壊させようとしていた」
元々無理をさせたオービタルリングに、これも無理矢理繋いでいた軌道エレベーター。
巨人が衝撃を与え、エレベーター……さらにリングまで破損すれば。
仮にエレベーターの倒壊だけでも、地球は未曾有の大惨事に見舞われる。
リングも崩壊すれば……
だから……
ストラ「エレベーターを切り落として、リングを解放したんだ。
リングは赤道上から外れて、更には巨大なエレベーターを吊り安定制御も出来る。
そのくらい自由度の高い構造体だ。
エレベーターを……枷を外せば、余裕で安定を取り戻す……取り戻しただろう?」
実際アナウンスはオービタルリングの安定化を告げていた。
今も、モニターではリングの状態は……うん、安定している。
……惑星の周囲を自在に動くオービタルリング……ファンダリアの技術もなかなかの物だ。
事が落ち着いたら、その辺の技術も見てみたいな。
ティール「お前は何を言っているんだ……お前の言っている事は、つまり……
直径数百メートルもの、剛体である軌道エレベーターを切断したというのか?
しかも、天を貫くほどの巨大構造物を安定させている……何」
ストラ「何々五月蠅いな。 出来ているのだからしょうがないだろう。
王国の……いや、彼女の力ならそれくらい余裕なんだよ」
軌道エレベーターに関しては、あたしは全く何もしていない。
全部、たった一人に任せっきりなのだ。
王国の力……と呼ぶには、少し違う気がする。 個人の力量で行っているのだから。
ストラ「虎龍。 問題は無いか?」
虚空に呼びかける。 と、直ぐにそこへモニターが浮かび出る。
虎龍「<ヴン>当たり前田のなんとやら。
一切問題なし! これくらいどうって事無いよ」
映ったのは、虎の顔をした少女……虎龍。
後ろは真っ黒な空間……まあ、居る場所を考えれば当たり前か。
ルルー「モニターが空中に? ……貴女は?」
虎龍『えあ? ……おっと。 お姫様……でしたっけ。
初めまして、自分は虎龍いいます。 ストラの、連れ合いです。 よろしゅうに」
少し前に。 正確には、巨人が動き出した頃に。
あたしは虎龍に連絡を入れていた。
事態がいよいよ切羽詰まり、一人で対処出来ない可能性が出たからだ。
そして巨人が、オービタルリングと軌道エレベーターの破壊だと解った地点で、彼女に頼んだのだ。
合図をしたら軌道エレベーターを切り離し、リングを開放して欲しいと。
虎龍『いやー、ストラにいきなりこっち来て言われて、
その途中で『合図で軌道エレベーターを切り離して、持っといて』言われてビックリしました。
いやね、最初は呼ばれるまで自分の家に居たんですよね?
そこに急に呼び出されまして。 で、こんな事言われたんですよ」
ルルー「え? あの……えっと……」
聞いている姫様は、かなり混乱している様子だ。
しゃべり方が、世話話のそれと変わらない口調が内容とかみ合わないのだろう。
虎龍『? あ、すんません。 一人で喋ってしもて』
ルルー「ああいえ、それは良いんですけど……あの、じゃあ軌道エレベーターを切ったのは……」
虎龍『ウチです。 ストラの指示通り、リングの接合部をこう……スパンと』
ルルー「どうやって……」
虎龍『蹴りで』
ルルー「蹴りで?!」
虎龍『ですです。 んで、エレベーターそのままやと倒れますやんか。
せやから……えっと、画面引かんと見えへんか。 はいバックバックー」
ティール「(この女性は、何を言っているのだ?)」
ルルー姫とフランクに語る虎龍と名乗る女性。
彼女が映し出された、既存の技術では有り得ない『空中に浮かぶモニター』の地点でも驚きなのに……
彼女の映る画面が、どう言う原理か後ろに引いていく……
現れた光景は……
ティール「んな……」
もう、私の常識が通用しない何かだった。 ストラは何か何かと五月蠅いと言うが……
言うに決まって居るではないか!!
1.画面が引いて、彼女の居る場所と彼女が手を突いている『壁』が見える。
信じがたいことに。
彼女の居る場所は……オービタルリングの外壁だ。
背後が暗いのは、そこが宇宙だからだ……生身で、彼女は宇宙にいる?!
2.更に画面が引いて、彼女の手を突いている『壁の正体』が、軌道エレベーターそのものだというのが解る。
もう彼女の姿は見えず、一見リングとエレベーターがくっ付いて居るようにしか見えない。
どうやら彼女は、破断したエレベーターのリング側の構造物の何処かに立っているようだ。
この地点で、もう思考を半ば放棄しかけていた。
有り得ないからだ。
宇宙で呼吸はとか、宇宙服はどうしたとか……
有り得ない事しか起きていない。
ティール「……どうやって、リングまで……」
虎龍『走ってジャンプして。 後は、リングを走ってエレベーターまで。
いやー、こんな立派な輪っか。 地球にもあってビックリですわ」
ティール「……どうやって、エレベーターを支えているのですか?」
虎龍『エレベーター全体に、ウチの力の慣性を均一に流してるんです。
せやから、こうして手で持てて動かすのも楽ちんなんですわ」
ティール「………………」
虎龍『いつでも持ち上げたり出来ますよ。 ストラが、今はこのままでええって……
あ、落としたりは絶対しませんので、安心してください」
…………………………
…………………………
………………………………訳わかんねぇ
虎龍『な……なあ。 その人どないしたん?
いきなり頭抱えて、しゃがみこんだんやけど……」
ストラ「大丈夫だ。 少し驚くことが続いて疲れているのさ」
頭上で繰り広げられる呑気な会話に。
もう私は叫ぶ気力さえ無かったし、絞り出す気持ちさえ無かった。




