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012:小鳥遊 茜という少女

 あたし、ストラ・ツァラトゥストラには夢がある。

 俺、並平普には夢がある。


 よくある話。 よくある願い。

 大切な人の、命と人生を救いたいというもの。


 それは妻、虎龍。 

 現実での名前は小鳥遊 茜。


 彼女は、不治の病に冒されている。

 あと………2ヶ月が余命。。


 2050年代の医療技術でさえ、原因を解明できない奇病。

 手足が黒く壊死を起こし、最後は苦しんで死んでいく。

 感染症でも無く、原因物質、遺伝その他一切不明。

 延命方法は、初期の段階で手足を切断して義手義足に付け替える事。

 これで寿命が若干延び、壊死が起きず。

 苦しまずに死ねる。


 ……根治方法は、存在しない。


 彼女との出会いは、俺が入院していた時。

 同じように入院していた彼女に、何故か興味を持たれていた俺はよく話をした。

 会社の事、自分の事、世の中の事。 知っている限りの事を。


 俺の主治医曰く、彼女は俺と話すようになるまでは感情が無いかのようで。

 俺に出会ってからは、笑うようになっていたそうだ。

 少しでも役に立ったならば幸いというものだ。


 当時の彼女は、死を受け入れていたらしいが、教えてもらうまで知りもしなかった。

 死病のことを明かされた時も若干の衝撃を覚えたくらいで、あくまでその程度。

 両親が亡くなり、その時発病したとも教えられたが……正直な話、出来る事などなく。


茜「毎日、話し相手になってくれるだけで救われるんです」

 当時彼女は10代、俺は20代。

 年の差のある俺達の関係は、病人同士……話し相手から動かないものだった。


 関係が一気に変わったのは、退院直前のこと。

 とある事件が起きた時……なのだろう。


 その時、なんやかんやあって彼女を救う事があったのだ。

 運が良かったというか、偶然というか。


 彼女曰く、この時俺の事を好きになったらしい。

 正直吊り橋効果だと、後で聞いた時は苦笑ったものだ。


 では、俺が恋したのは何時か?

 

 それは間違いなくその後だ。

 事の始まりは事件後退院して暫くたった時。 彼女から連絡があった。


茜「力を貸して欲しい」

 曰く、彼女は少しでも長く生きるために、義手義足の手術を受けると言う。

 その後のリハビリをするから、良ければ来て欲しい……見ているだけで良いと。


 仕事の合間ならと承諾し、転院したリハビリ病院で実際に立ち会って……圧倒された。


 フラクトロンの力で肉体の情報を義手義足に送り、本物同様に動かすなど、格段の進化を遂げている。

 だが本来の肉体とは異なる、機械の体はなかなか馴染まない。

 生身の肉体との緻密な連携が求められ、時間と何より労力を要する。

 

 その為患者は、かなり厳しいリハビリが必要になるのだ。

 

 彼女は努力した……などと、この言葉で片付けられない。

 リハビリの限界まで。 一切妥協せず自分自身を追い込んでいく。

 付き添いの理学療法士が提示するギリギリを、常にキープしている。

 水をコップに注げるだけ注ぎ、表面張力で零れる限界まで。

 許される限界まで、徹底的に肉体を追い込む。

 

 そこに、病に苦しめられる患者というイメージは重ならない。


 まるでアスリートが、頂点を目指す為己の肉体を研ぎ澄ますように。

 まるで格闘家が、世界最強を目指す為己の限界を超えるように。


 汗に濡れ、鼻水と涙を流し、歯を食いしばる彼女は……

 正に病に敢然と立ち向かう、戦士だった。


 何故そこまでするのか?

 その時同じようにリハビリをする人達に聞いてみると、全員が異口同音で。


「その時になれば分かる」


 と、返してきた。


 数ヶ月後、彼女が退院したときその意味を知る。

 すっかり動き慣れた義手義足で、迎えに来た俺に。


茜「貴方が好きです。 残りの人生、貴方にあげます。

 迷惑かけません。  何でも出来るようになります。

 お荷物になんかならない……貴方が必要としたくなる人間になって見せます」


 病人として俺によりかかるでもなく。 おんぶに抱っこをして欲しいのでも無く。

 対等の、時には俺を助けられるような、頼れる女性として。


茜「あなたの側に、うちを居させてください。

 命が尽きる、その日まで」

 

 その為に彼女は、あの過酷なリハビリを行っていたのだ。

 残りの命を、俺と並んで生きる為に。


 義手と義足を完璧に使いこなし、俺の前に堂々と一人立ち。

 告白するに足る、自信ある一人の女となるために。


「娘っ子がここまで頑張ってんのに、お前は答えないのか!」

「どうすんだよにーちゃん!」


 もうダメだった。 公私で多くの人物と出会った。

 現実でも、あの15の地獄のなかでも……でも………………


 こんな魅力的な女性は、初めてだった。


普「………………俺で…」

 良ければ。 ではダメだ。


 彼女は、俺にその価値ありと今まで頑張ったのだ。

 俺自身がそれを否定するのは、失礼に当たる。

 答えを待つ、彼女の眼差しに対する侮辱だ。


 だから。 気の利いた言葉も思いつかず、せめて失礼のないような……返事。

 何とか絞り出す。 出せた。


普「ありがとう。 ……これから、よろしく」

 病院中から歓声響く中。

 俺と茜は。 恋人となった。


 この瞬間、俺は彼女に心を奪われたのだ。

 そして残り1年の人生を、共に過ごすと心に決めた。



 それから。


 身寄りが無く、それでも自分で家を借りて過ごすという彼女を説得して。

 彼女と俺は一つ屋根の下で暮らすようになり。


 彼女のために、悪夢を超え新しくなったエンドレスファンタジアを紹介して。

 その頃に、娘が来て……現実でも……この世界でも……たくさん……たくさん。


 やがて、一つの思いが。 自分の心の中に浮かぶ。

 茜に……虎龍に生きていて欲しいと。


 超加速をもって仮想世界で彼女を生きながらえさせても、現実では確実に死に向かっていく。


 彼女は生きるべきだと。 幸せになるべきだと。

 病から、解き放ちたいと。 もっと一緒に居たいと。


 それが、16番目の地獄と分かっていても。

 何も出来なくても。結末が、分かっていても。 


 埒外の……ほんの小さな願いを、想うようになった。



 彼女を救いたい。


 彼女が自分に残りの人生をくれたように。

 あたしも彼女に、何かを返したかったのだ。

 

 ここはゲームの中じゃない……結末の決まった場所じゃない。

 現実なのだ……ならば……もしかしたら。


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