四、祝福を
大変お待たせいたしました。
転生少女リユの物語、これにて最終話となります。
ここまでくればいいかな……
人気のない建物の裏でカノエさんを解放する。
「君、これが気になるの?」
唐突だったけれど、すぐに眼帯のことだと気付いた。それだけ気になっていたんだと思う。
「聞いてたんですか?」
「耳が良いから聞こえちゃうんだ」
「……ものは言いようですね」
「目立つから隠してたんだ。特徴的だから一発で身元がバレる」
身元がバレたら困るようなことをしているのか、というのはこの際置いておこう。
「あの日から目を逸らしていたかったって意味もあるかな。けど、全部どうでもよくなった。もう現実から目を背けるのは止めたんだ」
迷いなく明言するカノエさんの瞳には確かな意思が宿っている。
「どうしてそんな、簡単に教えるんですか」
「ん?」
「団長は教えてくれなかったと」
「確かに他人に話したことはないけど、どうして話したのかなんて決まってる。君は特別だから」
「とく、べつ……」
何となく繰り返していた。舌の上で転がせば、まるで勘違いしてしまうような響きだった。特別とは本来ロマンチックな場面で聞くはずの台詞。
「そうだよ。僕の特別な人」
カノエさんはうっとり語るけれど、彼が口にすると後に続くのは物騒な関係になってしまう。殺した相手と殺された相手のことですよね? なんて残念な関係――と、それよりも。
「あの、さっきからどうしちゃったんですか? 誤解を招くような発言ばかり!」
特別発言だってそうだ。カノエさんて、こんなキャラでしたっけ?
「誤解じゃないと思うけど」
「だからそういう――」
引き寄せられ、目も霞む近さにカノエさんが迫る。素早さなら自信があったはずなのに、反論する前に唇を奪われていた。美しい瞳は赤と金に魅せられ、引き込まれてしまいそうだ。
「これでわかった? 誤解されたいの。牽制だよ」
目の前には憧れていた人の顔があって――息をすることさえ忘れた。時が止まってしまったのかと錯覚を起こさせるほどだった。とても長い永遠、あるいは刹那ほどの一瞬にも感じられた。それくらい混乱していたと思う。ただ一つだけ確かなことは、それは私にとって特別な時間だった。
「なっ……」
けれどもう、現実で時間は止まらない。ちょっと私の思考が現実逃避に旅立っていただけのこと。
反射的に唇を両手で押さえていた。そこに触れていた感触は去ったはずなのに熱くてたまらない。顔なんて燃えてしまいそうに熱く、心臓も働かせ過ぎだ。
「何してくれるんですか!?」
「それはこっちの台詞」
「はいっ!?」
乙女の唇を無断で奪っておきながら何と!?
「全部あの女神から訊かされたよ」
「今ここでそれを持ち出すなんて狡いと思います!」
前世乙女ゲームの話を持ち出されては明らかに私の分が悪い。勝手しまくっていた自覚はあるもので。
「ずっと終りを探してたのに、君に台無しにされた」
「ふ、ふん! してやりましたとも!」
責任とってとか言われたらどうしよう……やっぱり全部聞かれた。迂闊だった自分を呪いはするけど、女神様もとい流星きららが裏切るなんて思わないじゃないですか!
「女神がいうにはアイズ・メルディエラにファリス・ローゼスタ、あまつさえロクロア・ウォルツもライバルなんだってね」
「ライバル……女神様がどう説明されたか知りませんが、それはあくまでゲームの中の話ですよ」
「ああ、あとオニキス・クランベルとかいう奴もね」
もしもし? 話を聞いてほしいです。
この世界はゲームと同じようではあるけれど違うものへと形を変えている。そもそも私には誰とも恋愛するつもりがないのだから、ライバルなんて単語とは無縁だ。
「エルゼ・クローディアだって油断できないよね。いくら育て親だからって、君と血が繋がっているわけじゃない」
「……カノエさん、話の腰をおって申し訳ありませんが。今何の話ですか!?」
「僕はね、君がいないと駄目なんだ」
あれ、そんな話でしたっけ!?
「君がいないなんて耐えられない。だから僕が狂わないように傍にいて、離れないで」
うっとりするほどの甘い囁きに酔う。狂気じみているけれど、それでいてとろけそうに甘く性質が悪い。
「というか放してあげないけど。だってそう命令されちゃったしね」
お母さまの厄介な置き土産! 感動的な最後の命令は、最終的に脅しのような文句に変貌してしまった。まるで呪いのようにも感じる。
「ねえ、全部終わったのに君はここに残るの? 普通の女の子として平穏に生きていけばいいだろ。君だってそれを望んでいたはずだ」
「状況は思った以上に深刻です。世間が退職を許してくれません。ここで私が辞めたら無責任じゃないですか! せっかく再スタート出来そうなのに、私が台無しにするわけにはいきません」
カノエさんは満足そうに聞いていた。あれ、呆れられていない? 逆にこちらが戸惑ってしまう。
「そう言うと思ったから僕が来てあげたんだ。君を守るために」
「これでも騎士ですから、そんなにヤワなつもりはありませんけど」
とても嬉しかったというのは内緒。赤く染まった頬では説得力に欠けるかもしれないけど。
「私がしぶといのはあなたが一番知っていると思いますよ? 殺されたって生きて会いに来る女ですから」
「そうだった。こんな女の子、そうそういないや」
カノエさんは何を思ったのか笑みを濃くして、うっとり語り始めた。
「殺したはずの女の子が生きていて会いに来るって……ははっ! 最高だ、運命を感じるね」
あれ、ここ笑うところですか? どうして笑います? 笑える文脈が見当たらないんですけど。その思考回路、理解不能なんですけど。運命なんて感じません。だって――
「それただのホラー!」
「えー? 物凄く劇的で、それこそ運命の相手としか表現しようがないよね。殺した人間と恋した相手が同じだなんて笑えるよ」
「は?」
今さらっと恋とか聞こえた気がしたんですが。
「僕はずっと君のことばかり考えてきた」
「それは私も、あなたのことばかり考えていたのは、否定は出来ませんが」
「うん。相思相愛だね」
「いえそれ多分違いますよね。運命談義終了! これ以上話していたら、ロマンチックなはずの運命という言葉が私の中で怖ろしいものに変換されそうです」
強制的終了させなければ、そして深入りしてはいけない危険な気配。
私はカノエさんを残して踵を返す。カノエさんだって入団式の主役なんだから、この後の予定もあるし話し込んでいるわけにはいかないよね! ――言い訳がましいけれど、とても二人きりでいられるほど私の心臓は逞しくありません。これからどうしていいのかも経験値が足りなすぎる。
「カノエさーん!」
しかしまったく歩き始めてくれる気配がないので大きく手を振った。
「あなたも主役の一人なんですから、遅刻なんて格好付かないですよー! フェリスさんに怒られちゃいますよ――って聞いてますか?」
「もちろん。僕のお姫様」
「ま、また、そうやって……」
私をからかって楽しんでいるんでしょう。呆れるようなやり取りが愛おしくもあるなんて悔しいけれど。
「私は騎士です。ここには元お姫様なんていませんからね!」
団長やエルゼさん、そしてかつての団員達には申し訳ないけれど私は一つ確信していた。ヴィスティア騎士団は彼らの時代よりも素晴らしいものになる。願望なんかじゃ終わらせない。私が、私たちが叶えてみせるの。
私も彼らと同じ景色を見てみたいから……仕方ないですね、村娘計画は先延ばしにしましょう!
たとえ困難が待っていても彼らとなら叶うと確信している。そう信じて空を見上げた。
晴れ渡る空、昼には珍しい銀の星が流れる。それはまるで女神からの祝福のようだった。
まるで、ではない。女神の座を譲り渡し、転生を待つ身となった私からの、最後の祝福だ。心して受け取るが良い。彼女も娘の門出を喜んでいることだろう。
姫として生まれた少女が騎士として生きる、なんと数奇な物語か。私だけはちゃんと観ていたよ。
私はじきにこの世界から消えゆくだろう。自身が望んだことではあるが、お前の物語を最後まで見届けられないことは残念に思う。どうせ展開はありきたりで、容易く予想がついてしまうがな。
決まっている。お前は、幸せになるんだろう?
恋なんてしないと意地を張ろうが、カノエに勝てるはずもないのさ。せいぜい私を振り回したように振り回された挙句、幸せを実感するといい。ああ、なんと愉快なことだろう。
リユに幸せを、祝福を――
長かったリユの物語を最後まで書ききることが出来たのはもちろん、読んで下さる皆様がいて下さったからこそです。閲覧・コメント・ブックマークに励まされここまできました。ここまでお付き合いくださった皆様にたくさんの感謝を込めて――
ありがとうございました!
一つ区切りを迎えましたので、新連載を始めようと思います。以前の短編の連載バージョンですが、興味やお時間ありましたらまたお付き合いいただければ幸いです。




