秋祭り・陽ちゃんの場合
やりました!成功ですっ!
もう半年もすれば卒業だ。来年のお祭りは見られないかもしれない。そう思った。
だから、少しでも思い出を作っておきたかった。記憶に残しておいてほしかった。
その一心で、皆一緒でもいいからとお願いしたのだ。
そうしたら、なんと。リック先生と数矢さんは都合がつかないと。
まさかの、所長さんと2人きり!
何を着ていこう、どこへ連れて行ってもらおう。
そこからお祭りまでは、浮ついた気分で勉強も手につかなかった。
お着物は、数矢さんに貸していただけた。そういえば何故、女物をお持ちなのだろう?まあいいか。
衣紋掛けの着物を見ているだけで、ニヤけてしまう。
そして当日。
「お待たせいたしました。」と声をおかけすると、何故かそっぽを向かれてしまった。どこか気に障ったのだろうか。
そのまま外へ出ると、すでに街は人でいっぱいだった。人混みに戸惑っていると、所長さんが手を取ってくれた。温かい。
「離れないようにね。掏摸もいるから。」
「ハイ!」
手を繋いで街を歩く。
お参りして、山車を見て。
露天商の並ぶ通りに出た時だった。左後方に、人の流れに逆らっている奴がいる。掏摸か、巾着切か。どうやら標的はわたくしのようだ。こちらの歩みに合わせてくる。仕方ない。
相手が一歩寄ったところで、その爪先に左の下駄を当てる。ついでに目を合わせてやると、気づかれたと察したのか何もせず下がっていった。これがいけなかった。
下駄に力をかけた拍子に鼻緒が切れたのだ。
「きゃ」
「どうした!」
「ちょっとぶつかっただけなんですけど、鼻緒が。」
心配そうな顔が、こちらを見ている。
「痛むか?」
「いえ、そんなには」
どうするか迷っているわたくしに、所長さんの上半身が近づいてきた。
へ?
背中と、膝裏に、腕が回されて。
「下駄は持っててくれな。」ひょい。
ええええええええええ。
横抱き!
「·····帰るか。」
「·····ハイ。」
頬が熱い。胸がドキドキする。
こんな状態で、顔など上げられるわけがない。
それでも、間近に感じられる厚い胸板と筋肉質の腕に、気が動転してしまう。
······
「陽さん、着きましたよ。」
「へぁ、か、数矢さん?」
え、もう着いちゃったの?!
「さ、土を落としたら上がってください。疲れたでしょう。」
「は、はいぃ。」
何だかまだフワフワする。
自室に戻って、お借りした単衣と帯だけは衣紋掛けに掛けておく。ちゃんとお返ししないと。
襦袢のまま、壁際にへたり込むと、ざあっと色々思い出されてきた。
抱っこ、してもらっちゃいました。
おんぶでも、肩車でもなく。横抱き。
子供扱いも、とうとう卒業?
どうしましょう。どうしましょう。
そのフワフワとした心持ちのまま、睡魔に負けて朝を迎えてしまったのだった。
しかし次の日。
何故か申し訳なさそうな顔をした所長さんが、カルメ焼きを差し出してきた。
どうやら、子供扱いはまだ続いていたようだ。
何となく腹が立ったわたくしは、しばらく所長さんと口をきかないことにした。




