この日常が、続きますように
あきちゃんが下宿を始めて、早いもので4年目。無事何事もなく卒業の年を迎える事ができた。横浜の風に当てられたのか、彼女もすっかり垢抜けて、ちょっとした仕草に女性を感じてドギマギさせられることさえある。もう「あきちゃん」とも呼べないか。
幼い頃から鍛え過ぎたのか、身の丈だけは伸びなかった。それは本人も気にしているので、一度口を滑らせてしまってからは言っていない。薙刀が飛んでくるからな。
家業も私塾も順調。大過なく過ごせている。
唯一、探偵業だけは振るわないが、世はこともなし、平和が一番である。新月の晩に人が消えるとかいう怪談めいた噂はあるが、人攫いなら官憲の仕事だろう。
帳場の隅に貼った「ヨロズ探し物承リマス」の貼り紙も、だいぶ日に焼けてしまった。
バリ
「あ。こら」
貼り紙で爪を研いだコイツは、2年ほど前に軒下で見つけた白猫。その時は小さかったから『チビ』と呼んでいるが、居着いてから、皆に可愛がられてずいぶん大きくなった。
貼り紙は、新しくするついでに、貼る場所を変えようか。
時刻は夕刻に差し掛かる頃。
今日の私塾の科目は英語だったか。リチャードが数人の子供を相手にしていた。
「では今日は、ここまでネ。みなさんよくできましタ!」
「ありがとうございましたー。」
「さよならー、リック先生」
「あ、先生ー、私来週のお休み取り消します。」
「おや、確かオネエサンのご結婚では?」
「うん、それなくなっちゃったの。せっかくキレイなお姉ちゃん見られると思ったのに。」
「OH、それは残念だネ。」
「理由、お母さん達も教えてくれないし。お姉ちゃん、元気ないし。」
「困ったことあれば、相談してくださいネ。ココ、そういうコトもやってますカラ。」
「はい、ありがとうございます。先生」
「では、また来週ネ」
「はーい。」
子供たちが皆帰ったところで声をかけた。
「宣伝、助かる。子供の扱いも慣れたものだな。」
「まあな、仲良くしておいて損はないだろ。」
「それでかな、英語の生徒が一番多いんだよ。」
「お褒めいただいた、ってことかな?光栄だね。おや、洋装とは珍しい。」
「ああ、ちょっと出てくる。数矢ー、留守は頼んだぞ。」
「はいはい、いってらっしゃい。」
まずは形から、と手に入れたインバネスを羽織り、右手にはステッキ。俺の身の丈に合わせるという名目で誂えた、全長3尺3寸の特注品だ。
店を出てそのまま、関内の方に歩みを進める。夕暮れのオレンジの光に目を細めていると、目当ての姿が近づいてきた。
「あ、所長さーん。」
「やあ、あき、ら、ちゃん。今帰りかい。」
「所長さんは外のお仕事ですか?珍しいですね。」
「まぁね」
「いつも、お疲れさまです。」
「いや、1人でやってる訳でもないし。」
「それでも、皆さんにお世話になっていることには、代わりありません。」
「いいんだよ。」そう言って頭を撫でる。
「もぅ、また子供扱いして!」
むぅとむくれる彼女を見れば、上気した頬に艶を感じて、思わず目をそらした。
「その分普段、家の中のこと、やってくれてるだろう?ありがとう。」
「それだけじゃないですか。お仕事の方もお手伝いできれば良いのですが。」
「学生のうちは学ぶことが仕事みたいなものさ。」
「それでも····!」
「今年で卒業だろう?まずは無事卒業すること。それが一番だよ。」
「そうですけれど·····。」
「さあ、もう帰ろう。日が落ちると寒くなる。」
「はぁい。」
2人並んで歩き出す。
この距離感。
いつまで変わらずにいてくれるだろうか。
卒業という時限付きとは分かっていても、願ってしまう。
どうか、隣に、と。
ドアの向こうでじれじれバディs
「この時間だと、陽ちゃんのお迎えかね。」
「おそらく。素直じゃないですね、所長も。」
「自覚できてないだけじゃないか?」
「その線もあります。」
「もう卒業だろ?どうすんのかね。」
「まあ、下手につつくとこじれそうですし、そっとしておきましょう。」




