いつか来るお別れの話
伊勢佐木に拠点を設けて20余年、急速に発展する街の中で、商業の要として順調にやってこれた。
これも、数え切れない人達の力添えあってあってのもの。先日、母国に戻ったリチャードもそうだが、中でも、設立当初からずっと一緒にいてくれた、数矢の存在は大き過ぎた。
その数矢が、病に倒れた。
結核。
特効薬のないこの時代では、不治の病とされた感染症だった。
どれだけ我慢していたのか、喀血するまで気づかなかった。本人は気づいていたようで、できるだけ他人と接触しないようにしていたのだという。俺達家族が外に家を持った後も住み込みで働いていた数矢が、最近一人で2階の小部屋に籠るようになった理由だった。
数矢の療養のため、急ぎ静岡に戻る。
数矢はかつて喘息の療養に使っていた家へ。
俺達は、実家の離れを使わせてもらえることになった。今まで伊勢佐木の拠点の維持に尽力したからと、代替わりした甥っ子の計らいである。
一緒に戻ったところで何ができる訳でもないが、伊勢佐木の方は何とでもなるから最期は一人にさせるなという、長兄の一喝に背中を押された。
数矢の療養先は、数矢の姉2人が手入れしていたそうで、小綺麗だ。
喘息の療養に使っていた、風通しの良い明るい部屋。
おそらくはもう、出ることのできない病床にいる数矢と向かい合う。
(また、戻ってきてしまいましたね。)
思考通信。声を出すのも辛いのだろう。
(人生50年と言うじゃないですか。楽しかったですよ。)
なんで過去形なんだよ。
(陽さんと、お子さんを大切にしてください。)
そんなこと、言われなくたって。
(大丈夫。私も一人ではありません。)
そう言って、数矢が外を見る。
(ほら、リチャードが来てくれました。)
アイツは今頃、欧州のはず。幻覚か、走馬灯か。
(まいった、あっちで風邪にやられた。)
え。
(スペインの風邪だとさ。)
なんで、お前まで。
(魂千里を走る、といいますから。)
(そんな顔するなよ。また会えるんだろ、チビ?)
(そうだね。この時代の邂逅で、また縁が強くなったみたいだし。)
(次は平和な時代が良いな。)
ああ、そうだな。
(水先案内、つけとくね。)
(やっぱりストーカーなんだな。)
(僕は心配してるだけだよ。)
(先に逝ってますよ、貴方はゆっくり後からどうぞ。)
(寂しいからって、急ぐなよ!)
誰が急ぐか!
陽よりは俺の方が先だろうから、陽を待って一緒に行くよ。
ありがとう、また、会おう。
最後の思考通信を飛ばした後、俺は涙を拭って立ち上がった。
まるで眠っているだけのような穏やかな数矢の顔に、安らかに逝けたのだと安堵する。
さあ、看病の終わりを知らせに行こう。




