果たされる再会の約束
数矢が荼毘に付されて郷里に帰った頃、リチャードの訃報が届いた。
分かってはいた。知っていたことだというのに。
手に取れる形で現実を突きつけられることが、こんなにも重いものだとは。
2人の兄も、その家族達も、俺達3人がどんな関係だったか知っている。だから何も言わないで、そっとしておいてくれた。
ここ静岡でアイツらと出会ったのだ。どこへ行っても、何を見ても、あの2人を思い出してしまう。
かと言って、横浜に戻ったところでそれは変わらない。むしろ3人で立ち上げたあの店の方が、喪失感は大きくなるだろう。
いくら考えても、たどり着く結論は同じ。
誰も、何も知らない場所へ行きたい。
いつもの離れで、夜半になっても寝付けない。
「泣いて、おられるのですね。」
何時の間にか背後にいた陽が気遣ってくれる。
「ああ、何をしていても、思い出してしまってな。」
「ずっと、一緒だったのですもの。悲しくて当たり前です。」
「うん。」
「忘れることなんて、できません。」
う····う。
「だから、思い切り泣きましょう。」
陽も、涙を流している。
「子供たちは寝ています。大丈夫、わたくししかおりません。」
ああ。ありがたい。
そのまま2人で抱き合って、ひとしきり幼子のように泣きじゃくる。溜め込まれた感情が、鉄砲水のように迷いを押し流した。
「陽。日本を、この国を、出てみないか?」
やっと、そう切り出せた。
「わたくしのいる場所は貴方のところです。どこまでもご一緒いたします。」
「子供達は。」
「連れて行けるところを探しましょう。置いていって案ずるより、皆で過ごしたく思います。」
「そうだな。」
早速次の日に、悩みを打ち明ける形で兄2人に移住の希望を伝えると、おそらく落ち込む俺を気にかけてくれていたのだろう、アッサリと承諾が得られた。
伊勢佐木の店は、下の兄に引き継いでもらえることになった。引退前の一仕事だそうだ。
移住先も世界各地から選定する。
そうして選んだのは、アルゼンチン。
元々マテ茶を嗜む文化のある国で、日本から茶を売り込むチャンスも見込めた。
すでに現地で拠点を築いている日本人がいることは、横浜での商売を通じて知っていたので、手紙を出してつなぎを取る。何度かやり取りをするうちに、こちらの素性と熱意を買われたのか、当面バックアップを受けられることになった。
首都ブエノスアイレスは、温暖な気候の美しい街だそうだ。何より、とんでもない虫がいそうなあの大陸の密林から離れているのが良い。
公用語のスペイン語は、行くと決めたその日から学び始めた。かつて学んだ英語やフランス語の経験が、下地になってくれた。
元号が大正に変わるのを見届けた頃、諸々の支度が整った。
2ヶ月近い船旅で、新天地に向かう。移動中も言葉の鍛錬は怠らない。
港に着くと、先達が出迎えてくれた。御礼を兼ねて手渡した茶葉のサンプルを気に入ってくれたようで、そこから距離が縮まった。
まずは紹介してもらった物件に腰を落ち着ける。
バックアップは受けられるが、持ち込んだ茶葉を元手に商売を始めるための交渉事は、自分でやらねばならない。
あれから幾度となく世話になった近未来予知は、使い慣れたせいか一日先くらいまでなら見られるようになっていた。他人には言えないことなので、ここぞという時だけ『よく当たる勘』として使っている。これが、新天地の業務開拓にも活かせた。
数矢の帳面も持ってきていたが、何故か大量の画像ばかりが保存されていたので、アルバムとしてしか使っていない。
あの2人がいない喪失感を埋め立てるように、家族一丸となって生きていく。
あの頃は遠ざけていたが、ここでは陽にもしっかり仕事をしてもらっている。物怖じしない性格が、この地の気風に合ったのだろう、今ではすっかり商売の中核を担う存在だ。その中で、茶の商いからカフェに発展させたのがそこそこ当たって、生活が安定した。
現地に溶け込むためにカトリックの洗礼を受けたのも、陽の進言だった。
尋常小学校を出たばかりの娘は、あっという間に現地に馴染み、スペイン語も達者になった。
その上の息子はちょっと苦労したが、持ち前の真面目さで語学力をつけ、俺を支える存在になっていった。
その2人もあっという間に成人し、いい出会いを得ることができた。お国は違えど移民同士で気が合ったという、欧州出身の相手と結ばれていった。
ずっと、事あるごとに野良猫が遊びに来ていたが、アレはきっとチビの端末だったのだろう。茶化してすらこなかったのは、いつ見てもドタバタしている俺達に満足していたのかもしれない。そう思うことにした。
そして今日、娘が夫と生まれた孫を連れて挨拶に来る。夫の方は、商売の関係もあって何度も会っているが、幼子の相手など久しぶりだ。
出迎えてみて驚いた。
金の巻き毛と茶の直毛の、双子。
「二卵性双生児、っていうんですって」
娘が言う。
「横浜のおじ様達みたいじゃない?」
「そう、だな」
泣いている。陽も、俺も。
お帰りなさい、そうつぶやく。
「だからね、音をもらうことにしたの。この人も、それが良いって言ってくれて。」
そう言って、隣の夫に目配せをする。
「リシャールと、カジアン。この子たちの名前よ。」
何が、先に逝く、だ。先に戻って来やがって。
だけど、なくしていたパズルのピースを見つけたような、充足感が心を満たす。
激動の時代だ。これからも、波乱はあるのだろう。
それでも、この2人が揃っているのなら。
俺が遺すだろうモノたちは、きっと大丈夫。
明るい日差しの中で笑い合う家族を見て、そう思った。




