壁の向こうの話し声
秋の乾いた風のおかげで、朝に洗った髪はお昼になる前に乾かせた。
まだ何かすることはあるかと思い、2階から降りてみると、奥の間はもぬけの殻だった。帳場からは何やら話し声が聞こえるし、布団が抜け殻のようになっているので、所長さんは起き上がれたのだと安心した。
布団は干しておいた方が良いと思って、敷布を剥がそうと手を伸ばしかけた時、ちょっと大きな物音が帳場から聞こえてきた。
気になって、帳場への戸をそーっと開けながら声をかける。
「あの、今の音は···」
「「あ」」
何故か戸惑ったお顔のお二人の足元には、チビと福ちゃんと、····所長さん?!
どうしてまた倒れてるの?やっと起きられたのではなかったの?!
「所長さん!」
「大丈夫ですよ、ちょっと気を失ってるだけなので。」
そう言ってへらりと笑う数矢さんに、非難の目を向ける。
「倒れてるのですよ、大丈夫に見えません!」
「事件の日のことを情報共有してたんですよ。そしたら、色々と恥ずかしくなったようで。」
「色々と、って·····」
「あのあとの、寝てた間のことも教えたしな。」
寝てた間、と聞いてこの2日のことを思い出す。自分のしたことも含めて思い出せば、焦りと恥ずかしさでわたくしまで顔が熱くなってしまった。
「まぁそういう訳なので、気持ちが整理しきれなかったのではないかと。」
「·····どこかまだ、お悪い訳ではないのですね。」
「まだ、って言われるとなあ。クスリが残ってるなら、風呂にでも入れてみるか?気分転換にもなるだろうし。」
「それもいいかもしれませんね。いかがでしょう、ちょっと早い時間ですが、陽さんも、この2日の汗を流しに行きませんか?」
☆
と、言う訳で。
失神から回復した俺は、着替えもそこそこに銭湯へと拉致されたのだった。
かぽーーーーん······
朝湯の客が帰った昼下がりの銭湯は、貸し切り状態である。遠慮なく手足を伸ばさせてもらう。
そんな俺を見る数矢は、何故かまたいい笑顔だ。髪を纏めてあるせいで露わになった項に、先日の女装が思い出されてゾクリとする。何、企んでる?
目が合った数矢が、一層笑みを深くして口を開く。
「それで?陽さんの抱き心地はいかがでした?」
お前、なんて言い方するんだよ!
語弊!語弊ってものが!
そもそもそんな大声で口に出すな!
「よっぽどだったんだろ?今朝も手、出そうとしてたしな。」
リチャーーード!お前もかーーー!!
ぱしゃん
聞こえてきた水音は、天井からだ。男湯女湯を分ける壁は天井付近で途切れて、湯気抜き窓を共有させている。ということは、壁の向こうに音が聞こえるということで···。
陽に聞こえてるーーー!
「俺はなんにもしてないぞ!」
とりあえず無罪を主張しておかねば。
(その辺りのことは、感情のサンプルとして僕も聞きたいなー。)
チビ!お前どこから!?
(上から。よく見えてるよー。)
本体の方かー!これだから超惑星ストーカーは!
「で、どうなんです?」
畳み掛けてくるな!
「オレたちしかいないからな、遠慮するなよ。」
目の前にいないだけで、聞こえてるんだよ!
頼むからせめて思考通信にしてくれぇ!
「ごめんなさい、覚えてません。」
降参、降参だ。本当に覚えていないから仕方ない。
「ほうほう、言葉にできないほどだったと。」
「それとも、記憶が飛ぶほどでしたか?」
だから誤解を招く変換をするなー!
だめだ。
ここにいたら、格好の餌食になる。
「先に上がってるぞ!」
俺は尻尾を巻いて逃げ出した。
もらい湯でサッパリ流して脱衣場で着替える。
そうして落ち着くと、さっきの会話が思い出されてきた。
「抱き心地」「今朝」の言葉に、泣きながら微笑んでいた陽が脳裏に浮かぶ。
温かかった、な。
(なんだ、覚えてるじゃない。)
げっ、チビに聞かれた。
(そんなに強く思い出したら聞こえちゃうよー。)
と、いうことは····。
振り返った俺の背後には、とても良い笑顔の2人がいた。
うわぁ絶対に聞かれてる。
「また失神した。」
(ちょっと倒れすぎじゃない?)
「のぼせたんですかね。」
「とりあえず、介抱するか。」
「そうですね。」
[壁の向こうの陽ちゃん]
壁の向こうから聞こえてきたお兄様方の会話に、つい聞き耳を立ててしまった。
あえて水音をたてて、聞こえている事をお知らせする。
「俺はなんにもしてないぞ!」
そんなに否定しなくてもいいと思うのですが。同衾と思われても仕方ない状態だったのですし。
そうだ。
あの状況の、責任、取っていただけばよいのです。




