陽ちゃんにできること
会話劇の前後で視点が変わります。
( )内の発言は陽ちゃんには聞こえていません。
口の中の水は、自分の意思で飲み下せないと、入り込んだ水が息の根を止めてしまうことがあるそうだ。
だから意識のないうちは、水を飲ませることもできない。
早く目を覚ましてと願いながら、汗を拭き、額の手ぬぐいを取り換える。そろそろ手ぬぐいも足りなくなりそうだし、洗濯しておかなければ。
わたくしにもできることはやっておこうと、奥の間と勝手場を行き来する。
「熱も大分引いてきましたし、陽さん、少しこちらで休憩してください。」
「ハイ、ありがとうございます。」
事件の後始末と仰って帳場に籠もった数矢さんから、声がけしていただいたので帳場に戻る。
帳場には、リック先生と一緒にチビと、見慣れない子犬がいた。
「どうしたんです?その子犬。」
「色々あって、ウチで預かることになりまして。」
(っひィ゙ィ゙)
「なんか陽ちゃんに怯えてないか?」
「そうですか?寒いのかも?」
抱き上げようとしたら、逃げられた。あれ?
(串刺し!串刺しにされる!)
(串刺しとは穏やかじゃないね。僕の見てない間に何があったんだか。)
呼びかけようとして、名前を知らないことに気づいた。
「この子、お名前は?」
「あー、まだ決めてなかったな。」
「毛がいっぱいで福福してますね。そうだ、名前、福ちゃんでいかがでしょうか?」
「「福ちゃん」」
「はい。商売繁盛しそうですし。」
「いいんじゃないですかね。おめでたい感じで。」
「そうだな。呼びやすいし。」
「福ちゃーん、よろしくね〜」
(こっちくるなぁぁぁぁ)
どうして逃げるのだろう。
☆
数「ところで、陽さんにお聞きしたかったことがあるのですが。」
陽「はい、なんでしょうか。」
数「貴方と所長があそこに連れ込まれてから、私たちが突入するまでに、何があったんでしょう?」
陽「わたくしも途中までは気を失っていたようで、全部は存じないのですが。」
リ「オレたちが突入した時にも、陽ちゃん気絶してなかったか?」
陽「していたと思います。わたくし、あの場でお二人のお姿は見ておりませんし。」
リ「そん時にはもう、陽ちゃんに所長がしがみついてた。」
陽「それは忘れてください。お願いします。」
数「あの場に壊れた蓄音機の破片が散らばってまして」
陽「あ。それはわたくしが。」
リ「ん?」
陽「いえ、変な音を出してましたし、敵と覚しき輩が大事そうにしてましたので」
狆 (ぃゃぁぁぁぁぁぁ)
陽「所長さんのステッキをお借りして、ちょっと。」
リ「ちょっと、の割には粉々だったな。」
陽「夢中でしたから。でも相手は人ではありませんでしたし、人には向けておりませんよ?」
猫 (依代ごと蓄音機を叩き壊したのかー。やるぅ。)
陽「それで、不思議だったのですけれど、突いても壊れない筒があったのです。」
数「蓄音機の筒というと、蝋管ですかね。そんな丈夫じゃないと思うのですが。」
狆 (それ、それ儂の大事なぁぁぁ)
陽「それが、見えない壁?でしょうか?何かにぶつかったみたいに。」
狆 (全部粉々ぁぁ)
陽「それでようやく、その筒が割れました。」
猫 (壁を攻略したのは彼女かー、大金星だね。)
☆
手ぬぐいを取り替えて洗濯するのだと言って、陽さんは奥の間へ戻っていきました。洗濯はいいから一緒にいてあげた方が、所長も早く復活するのではと思います。
(儂、わかってしまった。)
「何をです。」
見れば、狆 改め 福ちゃんが神妙な面持ちをしています。
(あっちで寝とる所長とかいうのはヘタレ。)
「そうとも言うな。鈍感だし。」
(あのお嬢さんのあの強さ、まさに主、尊ぶべし。そう思います。ハイ。)
(なんか犬っぽいこと言い出した。)
「よっぽど怖かったんですかね。」
「串刺しは怖いだろ。」
(ぃゃぁぁぁぁぁぁ)
これほどまでに、元精神体を怖れさせるとは。
陽さん、貴方の『夢中で、ちょっと』は、どれほどのものだったのでしょうか。今後のためにも戦力分析しておかねば。
所長が目を覚ましたら、そちらからもきちんと顛末を聞き出しておかなければなりませんね。
蝋管は耐久性が高くないので、『壁』を材料にして長持ちする音源にしていたのでした。同じ素材同士がぶつかることで、どちらにもダメージが通った次第でございます。




