夜の終わりは腕の中で
大好きホールド (身体強化版) 継続中。
「·····暑·····」
季節外れの蒸し暑さに、目が覚めた。
障子越しの光に朝の気配を感じる。
あれ。動けない。
何か、巻き付いている?
どうにか動く爪先で、体を前に進めてみる。が、ちょっと動くと押し戻される。
「····ぃ·····ぁ」
小さく聞こえた声に振り返ると、肩越しに見えたのは、ちょっとやつれてはいるけれど、幼い頃からよく知った顔。
わたくしは、所長さんの腕の中にいた。
顔に血がのぼる。
待って待って待って。
じ、状況を、せ、せせせせせ整理しましょー···。
覚えているのは、お兄様方の裏のお仕事。
上手く敵を釣り出せたと思ったのに、釣り出されたのはコチラで。
わたくしが人質に取られたばっかりに、所長さんがヒドいことをされて。
哀しい、辛い、などという言葉では表せない、心が引き裂かれるような慟哭。この方に何をすれば、あんな声を上げさせられるというのか。
何よりも、物心ついたときから、わたくしを守り背負ってくださったその背中が、地に伏せさせられる、ソレが許せなかった。
だから、人でなしと罵って。
そうしたら、本当に人ではないモノが敵だった。
それで、『人には向けるな』と止められていた本気の突きを、相手が人ではないのだからと、遠慮なくお見舞いしてさしあげた。
敵が背後の蓄音機をかばう様子が見えたから、そちらが本命だったけれど。
そこまでは、覚えている。
「·····やってしまった」
背中に感じる所長さんは、高熱だ。首筋に当たる吐息も、早鐘を打つ胸も。肩を押さえる手のひらも、腰に回された腕も、全部が信じられないほど熱い。
アレからどのくらい時間が経ったか分からないが、こんな状態だったのか。動けなくて当たり前だと思う。
それなら、わたくしが何をしでかしたのかは見ていないだろう。見ていないと信じたい。
「····はぁ」
キィ、と戸が軽く軋む音がした。
見れば、数矢さんとリック先生がコッソリ覗いていらっしゃる。
「起こしてしまいましたか」
「···あの、出られないのですが」
「すまない。オレたちにも無理だった。」
「え」
「腕を解こうとしても、貴方を引っ張り出そうとしても、余計に締め上げるのですよ。」
「ええー」
「2人とも目を覚まさないから、その状態でまとめて運んできたんだ。」
「履物を脱がせて、布団に放り込むのが精一杯で。事が片付いたのが深夜で良かった。誰にも会いませんでしたから。」
布団、と言われて気が付いた。
こ、こここ、これは同衾なのでは?!
「良くないですー!こんなことになったと知れたら、お嫁に行けなくなってしまいますー!!」
「バレなきゃ大丈夫だろ。」
「その状態では、所長もナニカできるとは思えませんし、」
ニッコリ、いい笑顔が返ってきた。
「そのまま、暖めてあげてください。」
「わたくし、湯たんぽか何かですか?!」
「熱のある時は、寒気がするものです。」
「それは、そうですけれど」
「熱が下がれば、放してもらえると思います。きっと。」
「いざとなったら、腕へし折ってでも助けるさ。」
「そ、そこまでしていただかなくても····」
恥ずかしくなって、声に出せなかったけれど。
別に、嫌というわけではないですし。
「そういうことで、もう少し休んでいてください。」
「邪魔者は退散するぜ〜」
中に入ってこようとしたチビの首根っこを捕まえて、お二人は帳場に戻って行った。
また、所長さんと、2人きり。
「·····あきら、って呼んでくれた」
あの時、確かに呼んでくれた。
初めて、ハッキリと。陽、って。
思い出したら、気恥ずかしい。
それで顔を伏せたら目の前に逞しい腕があって、余計に意識してしまう。
そんなことをしているうちに、二度寝してしまった。
結局、わたくしが解放されたのは、日の落ちる頃。
流石に筋肉の限界が来たのか腕が緩んだ隙に、リック先生が引っ張り出してくれた。
「ほい、お疲れさん。」
「お、おなかすきましたぁ」
「お茶とおむすび、ありますよ」
「いただきますっ」
「それと、約束のオヤツです」
微笑みと一緒に出されたのは、カステラ。
「あ」
昨日とは思えないほど、もう遠い昔のような、静かな朝の約束。
「あの、お約束、違えてしまって···」
「それは、所長に直接お願いしますね。」
「はい···。」
所長さんは、まだ目を覚まさない。
熱も汗もひいてはいないが、呼吸は落ち着いてきた。
「どうも、たちの悪いクスリを使われたようですね。抜くのには、しばらくかかりそうです。」
「わたくしに、できることはあるでしょうか」
「看病、お願いします。目が覚めたら水分をきちんと摂らせないと。」
「わかりました」
「それまでは、汗がひどいので、こまめに拭いてもらって」
「えと、どこまで」
「見えるところだけでも。あ、着替えもさせたいので手伝ってください。」
「お着替え!」
「これから忙しくなりますよ。」
「ひゃい!」
着替えと聞いて勝手に赤面しているわたくしを尻目に、数矢さんは食器を片付けにいってしまった。
人心地がついて、ふと見上げた窓は、夕暮れの空。
新月の後の三日月が、幽かに光っていた。




