後悔先に立たず
運命の金曜日。朝。
「行ってまいります。」
「今日のオヤツはカステラにしようか。早く帰っておいでな。」
迷った挙句、食べ物で釣る作戦にした。
後で買ってこないと。
「はぁい。」
私塾は休みにして、通常業務をこなす。
カステラは途中で買いに行った。
陽が帰ってきたのは、まだ日の高いうちだった。
今日は部屋で卒業演説のテーマを練るそうだ。窮屈な通学着より普段着の方が集中できるのかもしれない。夜に差し入れついでに添削でもしてやろう。
そして、夕刻。
数矢の女装は素晴らしい出来栄えだった。
この後の捕物を考えて、裾捌きのしやすい袴にしたそうだが、結い上げた髪といい、うっすら施した化粧といい、いつもの眼鏡と相まって女学校にいそうな女性教諭のようだ。程よく抜いた襟が、艶やかさまで添えている。
「何と言うか、すごいな。」
「もはや才能だな。」
探偵業を続けていれば、また頼むかもしれない。残りの着物も売らずにとっておこう。
「では、作戦開始ということで。どちらに参りましょうか?リチャード先生」
「やめろ気色悪い。」
ここまでは順調だった。
外に出ようと土間を見たリチャードが、怪訝そうな顔をしている。
「なあ、陽ちゃん帰ってないのか?」
「え、明るいうちに帰ってきたぞ?部屋で演説の準備するって、2階に」
「下駄が、ありません、ね。」
「俺が帳場にいたんだぞ、出かけたなら分かるはずだ!」
「···抜け出すつもりだった、とか?下駄持って上がって、勝手口から」
!!
「どうします?」
「できれば2人で伊勢佐木の繁華街の方を回ってもらいたい。」
「陽さんを探さないのですか!」
「いや、まだ明るいし、関内の方に買い物に行ってるだけかもしれん。もう少し待ってみる。」
「ですが!」
「関内の方で鉢合わせしたら、それこそ巻き込む事になる。頼む。」
「分かりました。コチラで釣り出せたら良いのですが。」
「所長はココにいろよ?下手に迎えに行ったらそっちが狙われるぞ。」
「分かった。」保証はできないが。
だが、日が落ちても、ガス灯が灯っても、陽は戻らなかった。
まさか、単独で、狙われた?
その考えにたどり着き、気付けば、インバネスとステッキを抱えて店を飛び出していた。
(おい!出るな!)
(所長!?戻って!)
関内方面へ急ぐ。
いた、陽。
「陽!」
「え?」
あと少しで手が届く。
そう思った時、黒い影が陽との間に立ちはだかり、俺をはじき飛ばした。
何とか踏みとどまってステッキで打ちかかるが、それも弾かれる。
その応酬の最中に、陽は影の腕に捕らえられてしまった。
影の手が白い布を陽の顔に押し付ける。
「·····!、······!!」
影に抱かれた陽は、ひとしきり暴れた後ぐったりと脱力した。待て、コイツ腕が何本ある?
「その子を離せ!」
「おっと動くなよ?命までは取らん。本命はお前さんの方だしな。」
「何?!」
答えの代わりに返ってきたのは、白くて大きい何か。
それが俺を包み込んだ。
[同時刻、伊勢佐木 繁華街]
「おい!出るな!」
「所長!?戻って!」
「アイツ、頭に血がのぼってやがる。」
「戻りましょう!向こうの方が危ない。」
(急いで、2人がもう近い。)
チビの警告に続いて聞こえたのは。
(陽!)
(その子を放せ!)
「まずい!」
「巻き込まれた!」
店を通り過ぎて関内方面を目指すと、道の真ん中にチビがいた。
(ごめん、間に合わなかった。)
その足元には、持ち主を失ったインバネスが亡骸のように拡がっていた。
やられた。
「何ぼうっとしてる!探すぞ!アタリはついてるんだ!」
「っはい!行きましょう!」
(僕は店にいる。本体から見てるから、何か分かれば伝えるよ。タブレットを持っていって。)
「はい!」




