2.4 反撃の鼓動——味方になる時計仕掛け
「ヒカリ……チクタクに心を支配されてはいけません!」
アルコが身を挺してヒカリの前に立ち塞がり、叫んだ。
「チクタクを『自分を縛りつけ、監視する敵』だと思えば、体は凍つきます。ですが……彼を『一緒に歩いてくれる伴走者』に変えることができれば、最大の味方になるのです!」
「味方に……? でも、あんなに冷たい音……」
「音楽の本当の生命力は、機械に合わせるものではありません! あなたの言葉や呼吸、心のワクワクから生まれる『生きているうねり』なのです!」
その言葉に、バルタザールが血を流しながらも笑いかけた。
「ヒカリちゃん……自分の体の中に、生き生きとしたテンポの骨組みを作るのじゃ。さあ、変奏Aのリズムを、言葉にして遊んでごらん!」
ゴーレムがトドメの一撃を振り上げようとする中、ヒカリは目を閉じた。
(機械に合わせるんじゃない。私が、私のテンポで……!)
「……【ポワ ポワ ピッロ、 ピロピロ ポッワ】……!」
震える声で言葉を紡ぐ。すると、不思議なことが起きた。ヒカリの頭の中に、夜空を散歩する可愛らしい星の妖精たちのイメージがパッと広がったのだ。
「【ほし ふる よーるー きらきらまっほー】!」
ヒカリが大きな声で唱えた瞬間、彼女の胸の奥深くから、温かく力強い『心音(トニカ)』がドクン! と脈打った。
その瞬間、虚空で暴走していたチクタクの動きがピタリと止まった。無機質な赤い目が、柔らかなエメラルド色へと変わる。
『……チク……タク……?』
チクタクが、ヒカリの心音にシンクロするように、優しく温かな「トクン……トクン……」という相槌を打ち始めた。監視する敵ではなく、ヒカリの足取りを支える魔法の杖(味方)へと変わったのだ!
「今じゃ、ヒカリちゃん! ゴーレムの呪縛が揺らいでおる!」
バルタザールが伴奏のピチカートをピタリと止めた。
「ここからは、そなた一人で立ち向かうのじゃ! 音楽の心臓——『一人リズム』じゃ!」
「うん……! 私、もう怖くない!」
ヒカリはバイオリンを拾い上げ、弓を構えた。頭に浮かぶのは、自分が大好きなファンタジーの世界。
「変奏C! 【さあっと ドラッゴ】! 夜空を飛ぶドラゴンだ!」
ヒカリが唱えると、弓が魔法の杖のように弦の上を跳ね回った。
——サアッ、サアッ……タタッタ・タタッタ♪
完璧な一人リズム。放たれた無数の音の光弾がドラゴンの姿となり、ゴーレムに直撃した。岩の体がボロボロと崩れ始める。
『ガァァァッ!? リズムガ……ブレナイ……! ナゼダ、ナゼ恐レナイ……!』
「仕上げです、ヒカリ! あなたの胸の『心音(トニカ)』を解放しなさい! 広い世界へ届ける、最高のフォルテ(強音)を!」
アルコが指揮棒を天空高く掲げた。
「これで最後! 『ズン・ズン・ズン・ズン、ドン・ドン・ドン・ドン』!」
ヒカリは思い切り弓を振り下ろした。
「『大きな、ゴーレム』!!」
堂々たる変奏曲Eの8分音符の連なり。抜群の安定感を持った強烈なフォルテが、教会の床を震わせる。
それは敵を破壊する音ではなく、巨大で重々しいゴーレムの存在そのものを、力強くカッコいい音楽として「肯定し、受け入れる」響きだった。
黄金の光が爆発するように教会を満たし、ヒカリのバイオリンから解き放たれた七色の光の津波が、ガチガチ・ゴーレムを丸ごと呑み込んだ。
『ア……アタタカイ……。失敗シテモ……イイノカ……。音ハ……こんなニ……自由ナノカ……』
ゴーレムの岩と氷の身体が、春の太陽を浴びた氷みつのように、シュワシュワと甘い音を立てて溶けていく。不協和音の呪いは完全に浄化された。




