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ノエル王国の魔法のバイオリン  作者: Hamin
第2章 音紡ぎの約束

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2.2 ドレスを着替えたイ長調(Aメジャー)の魔法

 ^^^^^^


「……どうしました、ヒカリ? まだ何かが気になりますか?」

 アルコが小首をかしげると、ヒカリはあごあてに頬を乗せたまま、申し訳なさそうに呟きました。


「あのね、アルコ。学校の音楽の授業だと、『きらきら星』は【ド・ド・ソ・ソ】って弾くんだよ。でも、この楽譜は【ラ・ラ・ミ・ミ】から始まるでしょ? なんだか、全然違う曲みたいで……頭の中が迷子になっちゃうの」


 学校の鍵盤ハーモニカで4年間、ずっと「ドレミファソラシド」ばかりを練習してきたヒカリにとって、「ラ」から曲が始まることは、見知らぬ森に放り込まれたような不安でした。


 アルコは困ったように、けれどどこか愉快そうに「ニャッ」と笑いました。


「ふふふ。出ましたね、『白鍵(はっけん)の呪い』!」


「はっけんの、のろい……?」


「ええ。ヒカリ、あなたの世界の学校教育がかけている、ちょっとした魔法の罠です」

 アルコは雪の上に、指揮棒で四角いピアノの鍵盤の絵をスラスラと描きました。


「学校の音楽では、みんなが迷わず音を出せるように、最初は『ド』を中心にしたお庭だけで遊ばせます。ピアノの白い鍵盤だけを歩く、とても安全な砂場です。でもね、世界にはもっとたくさんの音色があるのに、学校では『ドから始まるのがルールだ!』と思い込ませてしまう。だから、少しづつ違う音程から始まる曲が入ると、子供たちは『間違ってしまう』とパニックになってしまうんです」


「うん……ドから始まらないと、なんだか変な感じがするの」


「では、ここでヒカリに質問です」

 アルコは指揮棒でヒカリのバイオリンを指しました。


「ピアノには白い鍵や黒い鍵があって、最初から『ここを叩けばこの音が出る』という決まった階段が用意されていますね。では、あなたの持っているそのバイオリンの黒い板(指板)には、音を区切る線や、指を置くための目印はありますか?」


 ヒカリはまじまじとバイオリンの黒い指板を見つめました。

「うん、テープを貼っているよ。だけど、上手い人は剥がしてツルツルした木の板にするんだ」


「その通り! 買ったばかりのバイオリンには最初から決められた枠がない。それはつまり、『自分の指先ひとつで、どこからでも自由に世界を創り出せる魔法の杖』だということです! ヒカリ、世界にはね、あなたのお庭とは違う別の音を『一番星』にして輝いている国がたくさんあるんですよ」


「別の音が、一番星?」


「ええ。たとえば、遠い海の向こうの国々では、音符を『A・B・C・D』というアルファベットで呼びます。では、アルファベットの一番最初の文字『A』は、ドレミのどの音に当たると思いますか?」


 ヒカリは少し考えて、ハッと目を見開きました。

「……もしかして、『ラ』?」


「正解! さらに面白いことに、昔の日本でも音を『イ・ロ・ハ・ニ』と呼んでいましたが、一番最初の『イ』の音も、実は『ラ』なのです! ずっと昔から、世界中の音楽の歴史の中で『ラ(A)』の音こそが、すべての音の始まりであり、一番古くから愛されてきた『音楽の一番星』だったんですよ」


「『ラ』が、一番星……!」

 ヒカリの胸の奥で、モヤモヤとした迷い雲がサァッと晴れていくのを感じました。


「音楽の世界では、曲ごとに、この『一番星(主音)』を、どの音に決めてもいいんです。『ド』を一番星にすれば、いつもの学校の景色になる。でも今日、私たちが一番星に選ぶのは、古くてあたたかい『ラ』の音!」


 元宮廷音楽家のアルコは指揮棒を振りかざし、満天の星空のようにきらめくステンドグラスを見上げました。


「【ラ・ラ・ミ・ミ】で始まる『きらきら星』は、決して間違っているのではありません。それは、いつものドから始まる曲が『少し大人っぽくて、キラキラした星屑のドレス(イ長調)』に着替えをした姿なのです。どうですか? あなたのバイオリンで、新しいドレスを着せてあげるのは、ワクワクしませんか?」


「星屑のドレス……!」

 ヒカリの瞳に、パァッと明るい光が灯りました。


 もう、学校の「ドレミ」に縛られる必要はないんだ。

 ここは白い鍵盤しかない窮屈な教室じゃない。目印の変えられるバイオリンなら、『きらきら星』に、もっと素敵な魔法のドレスを着せてあげられる!


「アルコ……わたし、弾きたい! 『ラ』の一番星から始まる、古くて新しいきらきら星のドレスを、この手で作ってみたい!」


「その意気です、ヒカリ! 不安はもうありませんね?」

 アルコが嬉しそうにヒゲを揺らし、バルタザールも「フォフォフォ、良い顔になった!」と力強く頷きました。


「さあ、胸の奥の心音(トニカ)を輝かせて! 始まりの『ラ』の音から、世界を紡ぎ出しましょう!」


 ヒカリは今度こそ迷いなく、バイオリンをしっかりと構えました。

 胸いっぱいに冷たくて澄んだ空気を吸い込み、「大地の重力」を感じながら、星屑のドレスをまとったメロディへと弓を滑らせたのです。


(大地の重力……そして、帰る場所に(トニカ)はある!)


 すうっと弓を滑らせると、透明な『ラ』の音が響き、そのまま『きらきら星』の旋律が空間に舞い上がりました。


 ラ、ラ、ミ、ミ、ファ、ファ、ミ——♪


 一音弾くたびに、ヒカリの足元から黄金色の光の波紋が広がり、教会の空気をあたたかく書き換えていきます。


(楽しい……! わたし、バイオリンが弾けてる……!)


 ヒカリが満面の笑みを浮かべた、その時でした。

  ——ズシーン……!


 突然、教会の床が大きく揺れ、美しい『きらきら星』の旋律が途切れました。

 ステンドグラスから差し込んでいたパステルカラーの光が、急速にどんよりとした灰色に濁っていきます。

 

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