6.3 図書司書妖精と『心』の検索
黒龍の豪快な羽ばたきに見送られ、ヒカリと仲間たちは重々しい白銀の扉をくぐり抜けた。
一歩足を踏み入れると、そこは想像を絶する光景だった。
天井が見えないほどふき抜けた大空間には、星の数ほどの書架がどこまでも続き、宙を舞う羊皮紙が金色の光の粉をチラチラと降らせている。空間全体が、古書の乾燥した紙の匂いと、微かに甘いインクの香りで満たされていた。
その中央、巨大なクリスタルで出来た受付カウンターに、パタパタと小さな羽を羽ばたかせる人影——いや、妖精が浮遊していた。
金色の大きな丸メガネを鼻先に乗せ、大きな羊皮紙の図鑑を抱えた図書妖精だ。
「ようこそ、王立図書館へ! 僕は首席司書妖精のルノアだよ。……で? 尋常じゃない覇気をまとった小さなお客さんたち、一体何をしに来たのかな?」
ルノアはくるりと空中で一回転すると、大きなメガネの奥から輝く瞳でヒカリを見つめた。
ヒカリは胸の前でバイオリンをぎゅっと抱きしめ、澄んだ声で答えた。
「王様の傷ついた心を包み込んで、この世界全体を癒すための『最高の音楽』を探しに来ました!」
「ふむふむ、王様の心を癒す音楽ね……」
ルノアは羊皮紙のメモ帳にペンを滑らせていたが、ふと手を止め、呆れたようにため息をついた。
「だめだめ! そんな大雑把な検索ワードじゃ、この図書館の数兆冊の本から探せるわけないじゃない! 音楽の力を使いたいなら、具体的に『何という曲』なのか名前を出してくれないと、本も楽譜も出せないよ!」
「え……曲名……?」
ヒカリと仲間たちは顔を見合わせた。
王様の心を癒す曲。そんな都合の良い曲名など、誰も知らなかったのだ。
「とにかく、片っ端から探してみよう!」
ヒカリたちは手分けをして、広い図書館の探索を開始した。
仲間の一人は、古今東西のメロディの源流が描かれた『音楽の地図』をめくり、メンターの老導師は、音色による精神治療が記された『薬用音律大全』を解読する。ヒカリは、古代の演奏記録が残る『閲覧』資料室の羊皮紙の山に飛び込んだ。
ざざっ、パラパラ……。
紙をめくる音が静かな図書館に響く。
しかし、いくら探しても「これだ」と思える曲には行き当たらない。1時間、3時間、5時間……。
やがて、窓から差し込む光が橙色から深い群青色へと変わり、まる丸一日が経過してしまった。
疲労で床に座り込んだヒカリの前に、甘いシナモンの香りを漂わせた図書妖精のルノアが、光る果実をかじりながらフワフワと降りてきた。
「はぁ〜あ、やっぱりね。君たち、探し方を根本的に間違えているよ」
ルノアは呆れ顔で、ヒカリの額を小さな指先でトンと突いた。
「いい? 探し物はね、この図書館の本棚で見つけるんじゃないの。『自分の心』で見つけるものよ。図書館っていうのはね、心で見つけた大切なものを深く掘り下げて、古代の魔法と結びつけるための場所に過ぎないんだから!」
「自分の……心……?」
ヒカリはハッとして、自分の胸の上にそっと手を当てた。
目を閉じると、昨日の夕暮れ、異世界の空を突き抜けて心に直接届いた、あのあたたかい音が蘇ってきた。
不器用で、けれど温もりと愛に満ちていた、お母さんのピアノの音。過ちを許し、離れていても心をつなぎ合わせた、あの慈しみ(恩寵)の旋律——。
(あのお母さんの音が……私に届いたあの曲が、王様の心も、この世界も救えるはず……!)
ヒカリは勢いよく目を開けた。
「ルノアさん! 分かりました! 私が求める曲は……『アメイジング・グレイス』です!」
古代の演奏レシピ
「なに……!? 『アメイジング・グレイス』だって!?」
ルノアの丸メガネがズリ落ちかけた。
ルノアは慌てて羽を激(Hage)しく羽ばたかせると、一番高い書架の最上段へ飛んでいき、埃をかぶった重厚な超古代の書物——『次元交響・恩寵の調律書』を抱えて戻ってきた。
ドスン! と大きな音を立てて机に本が開かれる。
「すごいよヒカリちゃん! それは異世界から届く『無償の愛』が込められた、次元を越える奇跡の旋律だ! この本に、古代魔法と掛け合わせる【癒やしの演奏レシピ】が残されているよ!」
ルノアは羊皮紙のページを指でなぞりながら、古代文字を読み解いていった。
【王の心を解かす 恩寵の演奏レシピ】
『無垢なる感謝』の調律:演奏者は己の欲を捨て、ただ対象への感謝と愛だけで音をみたすこと。
『星銀の松脂』の媒介:バイオリンの弦に星の光を練り込んだ松脂を塗り、440ヘルツの愛の波長で共鳴させること。
『感情の昇華』の魔法陣:旋律が高まった瞬間、聴く者の記憶にある『悲しみの影』を、光の粒子へと変換する魔法触媒を解き放つこと。
「これなら……これなら絶対に王様の心を癒せる!」
ヒカリの心に、溢れんばかりの確信とワクワクした情熱が宿った。
「これなら……これなら絶対に王様の心を癒せる!」
ヒカリの心に、溢れんばかりの確信とワクワクした情熱が宿った。
しかし、ルノアは分厚い『次元交響・恩寵の調律書』のさらに奥のページをめくり、一枚の赤茶けた古い羊皮紙をそっと抜き出した。
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