6.2 黒龍オブシディアンの白銀の二重扉
絶体絶命かと思われた、その時でした。
背後に停まっていた『光の星橇』が、突如として太陽のように眩く発光し始めたのです。
ソリから舞い上がった古代の戦士たちの霊が、空気を震わせる重厚な声となって響き渡りました。
『待たれよ、誇り高き古龍殿。我ら古代の戦士が血と汗で刻んだ戦記や、無念の魂の軌跡は、すべてこの王立図書館の歴史書に収められ、今も保管されているはずだな?』
「む……いかにも。貴様らの生きた証は、永遠の記録として館内に眠っているが……それがどうした?」
オブシディアンが怪訝そうに目を細めます。
『ならば、我ら戦士はこの図書館の歴史書の【共同執筆者】ということになる。そして、我らの魂の傷を癒やし、こうして行動を共にしているこの少女ヒカリは、我ら執筆者の大切な【家族】同然! 執筆者の家族が同伴しているのだ、入館の権利があるはずではないか!?』
「ぬ……な、なんと……!?」
黒龍はハッと息を呑み、黄金の目を白黒させました。
「執筆者の……家族……? いや、しかし……規定集の第8千4百条にはそのようなケースの記載は……むむむ……理屈としては通っているような気もするが……」
真面目すぎるがゆえに、論理の穴を突かれて混乱に陥る黒龍。
さらにその隙を突くように、アトピーで苦しみながら亡くなった荒野の子供達の霊が、ふわりと舞い上がりました。
キラキラと輝く光の粒子が、ヒカリの周りを優しく包み込み、空中で一つに融合していきます。肌を撫でる光は、春の陽だまりのように温かく、甘い香りを漂わせていました。
光は一枚の古びた羊皮紙へと姿を変えました。そしてそこへ、ヒカリが荒野で奏でてきた優しいレガートの想い、傷ついた者やカビさえも包み込んだ共存のメロディが、金色のインクとなって自動的に綴られていきます。
羊皮紙はまばゆい光を放ちながら、カチッ、と硬質な音を立てて一枚のカードへ変貌しました。
それはただの入館証ではありません。
縁取りに王家の紋章が刻まれ、七色のオーラを放ち続ける『白金のカード』——想いの魔法が、ヒカリのための入館証を創り出したのです。
それを見た黒龍オブシディアンは、目玉が飛び出るほど驚愕し、ズザザァァッ!と爪で地面を削りながら後退しました。
「ば、馬鹿な!? それは……創立以来、伝説の勇者と王族にしか発行されたことのない【王家特約・プラチナファミリーカード】!! なぜ一介の少女がそのようなものを……!」
そこには、ヒカリの「誰かを思いやる純粋な音楽への想い」が、この世界の何よりも尊い真理として刻み込まれていました。霊たちがヒカリを「最高の家族」として認め、図書館の魔法そのものがそれに呼応して、最上級の入館証を発行したのです。
オブシディアンは滝のような汗をかきながら、慌てて巨大な頭を地面に擦り付けました。
「し、失礼いたしましたぁぁぁ!! まさか、最も尊きプラチナカードの所有者様であったとは……! 『軽い答え』などと偉そうに説教を垂れた我が身の愚かさ、平にご容赦を! 執筆者の戦士殿たち、そして尊き子供たちの魂よ、このオブシディアン、己の不明を恥じるばかりです。どうぞ、どうぞお通りくださいませ!」
先ほどの威圧感はどこへやら、ペコペコと頭を下げる黒龍に、ヒカリは思わずクスッと笑ってしまいました。
「ふふっ、オブシディアンさん、ありがとう。みんなのおかげだね」
黒龍が翼を広げて道を譲ると、巨大な白銀の二重扉が、重々(おもおも)しい音を立てて内側へと開き始めます。
ギィィィ……っ!
扉の向こうから溢れ出してきたのは、眩いばかりの七色の光と、世界中の楽器が奏でる祝福の不響和音(ハーモニー)でした。
見渡す限りの吹き抜けの空間。天井まで届く無限の書架には、星の数ほどの羊皮紙と楽譜が宙を舞い、金色の光の粉を撒き散らしています。現代のモーツァルトやベートーヴェンの楽譜から、見たこともない異世界の古代魔法の旋律まで、すべての「音」が自らの意志を持つように、楽しげに踊っていました。
「すごい……! 世界中の楽譜が、こんなに……!」
ヒカリの瞳が、ワクワクとした最高の喜びで輝きます。空間を満たす無数のメロディが、歓迎するように彼女の頬を優しく撫でました。
思いがけない魔法のプラチナカードを胸に、ヒカリたちはついに、無限の音が息きづく『響きの文庫』へと足を踏み入れたのでした。




