↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノエル王国の魔法のバイオリン  作者: Hamin
第3章 移調と脱力で、駆け抜けろ!

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/39

s3 羊皮紙のメッセージと光の予感

:::::::::::::::::::::::::::::::::


坂道の途中で膝(ひざ)をついていた琴葉(ことは)のポケットで、スマートフォンが急激(きゅうげき)な電子音を鳴らした。

画面に表示されたのは、小学校の担任・佐藤先生の名前だった。琴葉は震(ふる)える指で受話器を耳に押し当てた。


「は、はい! 琴葉です! 佐藤先生、光音(ひかり)は……!?」


『お母さん、落ちついて聞いてください!』

佐藤先生の声は、どこか混乱と興奮(こうふん)の交じった不思議なトーンを帯(おび)びていた。

『先ほど音楽室をもう一度捜索(いちどそうさく)したのですが……音楽室のピアノの下に、光音さんのバイオリンケースはあるのですが、本体が無くなっていることがわかりました。あの子、自分で持って行ったようです』


「え……? でも、学校からそのままバイオリン教室へ行くなら、本体だけ持ち出すはずが……」


『それだけじゃないんです。ケースが置かれていたその場所に……見たこともない古い紙切れが残されていました。そこに、光音さんの筆跡(ひっせき)でメッセージが書かれていたんです。今、写真を送ります!』


ピコン、と通知音が鳴る。

琴葉は祈るような心地で画面を開いた。


そこに映(うつ)し出されていたのは、現代のノートやメモ帳の切れ端などでは到底(とうてい)なかった。

端(はし)が少し焦(こ)げたように丸まり、まるで羊皮紙(ようひし)のような深みのある羊乳色の紙。そこに、見紛(みまが)うことなき光音の、少し丸みを帯(おび)びた愛らしい筆跡(ひっせき)でこう記(しる)されていた。


『お母さん心配しないで、

今はとても不思議なところにいます。

連絡がこれしかできないです。

いつ戻れるかわからないけど、

家で待っていてね。光音』


「な……なに、これ……?」


琴葉は息をのんだ。

誘拐(ゆうかい)や事故といった事件の生々しい恐怖(きょうふ)が、一瞬(いっしゅん)にして別の「不可解(ふかかい)な何か」へと塗り替えられていく。


(不思議なところ……? 連絡がこれしかできない……?)


夕闇(ゆうやみ)が迫(せま)る街角で、琴葉の手の中でスマホの画面が白く光っていた。

音楽室の開け放たれた窓。持ち去られたバイオリン本体。そして、学校にあるはずがない時代錯誤(じだいさくご)な羊皮紙(ようひし)に書かれた文字。


その瞬間(しゅんかん)、琴葉の中で眠(ねむ)っていた記憶の扉(とびら)が、カチャンと音を立てて開いた。

そういえば琴葉は、少女のころから大のファンタジー小説好きだったのだ。『指環物語(ゆびわものがたり)』や『ナルニア国物語』、タンスの裏や古本屋の扉(とびら)の向こうに広がる、誰も知らない異世界——。


(まさか……本当にあるの? 違う国……ううん、この世界の裏側にある『別の世界』へ、あの子は行ってしまったの……!?)


突如(とつじょ)として、琴葉の周囲の空気が一変した。

冬の冷たい街風の中に、突如(とつじょ)として甘い百合(ゆり)と、濡(ぬ)れた苔(こけ)、そして星屑(ほしくず)のような澄(す)んだ甘い香(かお)りがふわりと混ざり込んだ。

ハッと見上げると、街灯の灯りの隙間(すきま)に、まるで金色の粉を振り撒(ま)いたかのような眩(まぶ)しい光の粒子(りゅうし)がチラチラと舞(ま)い踊(おど)っている。


(光……? 香り……? これ、何……?)


それは日常のシームレスな裂(さ)け目から漏(も)れ出てくる、未知なる世界の吐息(といき)だった。

信じられないはずの現実。けれど、胸の奥でドキンと大きな鼓動(こどう)が跳(は)ね上がった。恐怖(きょうふ)ではない。長年忘れていた、物語の1ページ目をめくる時のような、背筋がゾクゾクするような「ワクワクとドキドキ」だった。


「光音は生きている。あの子は今、本当に『魔法のような世界』にいるんだ……!」


だが、どうすればいい? 警察に電話したところで「娘が異世界に行きました」なんて信じてもらえるはずがない。

自分からあの子に連絡を取る方法はないのだろうか。魔法の世界なら、心を通わせる手段があるはずだ。


「……あの子だわ!」


琴葉の脳裏(のうり)に、ひとりの少女の顔が鮮明(せんめい)に浮かんだ。

光音のクラスメイトで、親友の美緒(みお)ちゃんと同じグループにいる結衣(ゆい)ちゃん。

いつも妖精(ようせい)や魔法の本を抱(かか)えていて、クラスでは「おとぎ話が大好きな夢見る子」と呼ばれている少女だ。ヒカリからも「結衣ちゃんはね、不思議なおまじないをたくさん知っているんだよ」と聞いたことがあった。


琴葉は迷わず、結衣ちゃんの母親の連絡先を探して電話をかけた。

『もしもし? 結衣ちゃんのお母さん?』


電話口に出たのは、結衣ちゃん本人だった。ヒカリがいなくなったと聞いて、心配して待っていたらしい。

琴葉は意を決して、羊皮紙(ようひし)の手紙のこと、そして「ヒカリが不思議な世界に行ってしまったかもしれない」という突飛(とっぴ)な推測(すいそく)を、まっすぐに伝えた。


普通なら笑い飛ばされるような話だ。だが、結衣ちゃんは違った。


『やっぱり……!』

結衣ちゃんの弾(はず)んだ声が、受話器の向こうから返ってきた。

『光音ちゃん、最近ずっと言ってたんです! 「音楽室でバイオリンを弾(ひ)いていると、ときどき綺麗な光の粒が見えて、見たこともない花の匂(にお)いがする」って!』


「光と、香り……! 今、私にも見えたわ!」


『お母さん、届きます! 異世界に行ったとしても、音と想いは世界を繋(つな)ぐ“架(か)け橋”になるんです!』


結衣ちゃんは興奮(こうふん)気味に、だが確信(かくしん)に満ちた声で「素晴らしいアドバイス」を琴葉に贈(おく)った。


『魔法の世界には【音律(おんりつ)の波長(ハーモニクス)】っていう繋がりがあるんです。ヒカリちゃんがバイオリンを持って行ったなら、向こうの世界でもきっとバイオリンを弾(ひ)くはずです。


お母さん、今すぐ家に帰ってください! そして、ヒカリちゃんが大好きだった曲を、お母さんがピアノで奏(かな)でるんです。


ただ弾(ひ)くんじゃありません。部屋を楽譜が見えるぐらい暗めにして、あの子のバイオリンケースに残っている【松脂(まつやに)の粉】をピアノの鍵盤(けんばん)に少し振りかけてください。それが、あの子の楽器と、お母さんのピアノを繋(つな)ぐ“音の目印”になります!


想いを込めてピアノを弾(ひ)けば、その音波は次元の壁を越(こ)えて、光音ちゃんのバイオリンに共鳴(きょうめい)して響(ひび)くはずです! 演奏の中で、お母さんのメッセージを『音』に乗せて送るんです!』


「音の目印……ピアノで、想いを届ける……!」


琴葉の胸に、目から鱗(うろこ)が落ちるような衝撃(しょうげき)が走った。

かつて自分を縛(しば)りつけ、苦しみの象徴(しょうちょう)でしかなかった「ピアノ」。

それが今、異世界へ旅立った娘と自分を繋(つな)ぐ、唯一無二(ゆいいつむに)の「魔法の通信機」へと姿(すがた)を変えようとしていたのだ。


「ありがとう、結衣ちゃん! 私、やってみるわ!」


『頑張(がんば)って、お母さん! ヒカリちゃんに、お母さんの本当の音を届けてあげて!』


通話を切った琴葉は、もう立ち止まらなかった。

夕闇(ゆうやみ)に染まる街を、琴葉は駆け出した。自分の足音とともに、胸の中で情熱の炎がバチバチと音を立てて燃え上がる。


待っていて、ヒカリ。

今度は私から、あなたへ音を届ける。

厳(きび)しさの定規なんかじゃない、あなたを愛する私の本当の音を——!

「ちょっと応援してみようかな」と思っていただけましたら、ぜひ☆印で評価していただけるとうれしいです。

感想や、誤字・脱字などのご指摘も大歓迎です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。