第9話:悪鬼の咆哮
地鳴りは、足元の砂利が跳ねるほどの激しい振動へと変わっていた。
街道の脇にそびえ立つ断崖が、激しく崩れ落ちた。岩が転がり落ち、土煙が舞う中、その崖の上から、巨大な影が耳をつんざく咆哮と共に飛び降りてきた。
ドシィィィンッ! という凄まじい着地音と共に、街道の地面に深い亀裂が走る。
砂塵の向こうから現れたのは、人間の倍以上の体躯を持つ、鮮やかな赤い肌の巨大な人型の魔獣だった。筋骨隆々の肉体、頭部から生えた真紅の一本角、燃え盛る炎のような赤い瞳。そしてその両手には、鉄棘を打ち付けた凶悪な鉄棍棒が握られている。
「こ、こいつは……オ、オーガ、か……!? なんでこんな街道の近くに!」
レオが恐怖に顔を引きつらせ、後退りした。
オークなど比較にならない、文字通りの「怪物」。かつてこの国を荒らし回った魔王軍の残党、その生き残りだ。放たれる禍々しい殺気にあてられ、場の空気が肌を刺すように鋭く、冷たく感じられた。
「グルルルル……!」
オーガは赤熱する目をぎらつかせ、目の前にいる二人の人間と、足元で昏倒しているオークたちの姿を交互に見つめた。そして、邪魔者を排除すべく、鉄棍棒を軽々と担ぎ上げた。
「ひゃあぁー、デッカいねぇぇー。こいつは、ちょっとばかり面倒そうだねー」
セラは呑気に、迫りくる赤い怪物を品定めしている。
「レオ! 魔精草を守るよ!」
「お、おうッ!」
レオは恐怖を振り払うように叫び、剣を構えてセラに並んだ。剣先に青い闘気を走らせ、牽制と防御の体勢をとる。
「ガアアァァッ!」
力任せの薙ぎ払い。破壊的な豪力によって振るわれた鉄棍棒の一撃が、手前にいたレオの長剣を強烈に捉えた。
鉄と鉄のぶつかる鋭い金属音が響く。レオの持っていた長剣は砕け、凄まじい衝撃波をまともに受けたレオの体は、勢いよく吹き飛んだ。
「うわあああぁぁぁーーッ!?」
レオは悲鳴を上げながら岩壁に激しく叩きつけられ、地面に崩れ落ちる。
「レオーーーッ!」
セラが叫ぶ。だが、オーガは追撃の手をゆるめない。倒れ伏したレオを見下ろし、その頭部を粉砕すべく、鉄棍棒を両手で高く振り上げる。
セラは全力で地面を蹴り、オーガとレオの間に割り込んだ。
避ける時間はない。大木のような鉄棍棒が、凄まじい圧と共にセラに向かって振り下ろされる。
「受けてやるぜぇぇ、デカブツがぁぁぁッ!!」
セラは両腕を交差し、全身の筋肉を硬直させてその一撃を真っ向から受け止めた。
とんでもなく強烈な重撃。それは、今までに魔獣から受けた攻撃とは、まったく次元の違う一撃だった。
受けた瞬間、セラの【超受身】は確かに発動している。しかし、オーガの圧倒的なパワーは【超受身】の許容量を遥かに超えていた。衝撃を流しきれず、セラは片膝をついた姿勢で地面に沈み込む。足元の地面が大きく窪んでいる。
「う、ぐううっ……!」
セラの顔が苦痛に歪む。
オーガは鉄棍棒を先ほどより更に大きく振りかぶり、トドメとばかり、力任せにセラに振り下ろす。
膝をついた低い姿勢のセラの頭上から、容赦のない追撃が浴びせられる。
今度は手を開いて、掴み取るように攻撃を受けようとしたセラだが、その腕ごと、肩口から上半身にかけて鉄棍棒の重撃を叩き込まれた。セラは、ちょうど鉄棍棒を抱きかかえるようなかたちで、凄まじい圧力で地面へと叩きつけられる。
口から真っ赤な血が溢れ出し、骨が砕ける嫌な音が耳に響いた。全身が鋭い痛みに悲鳴を上げている。
セラの体は仰向けのまま大地にめり込み、腕が力なく開いて、地面に大の字となった。
視界が急激に暗くなる。指一本動かすこともできない。
(やっば……、これ……)
その時、脳内に警告音がけたたましく鳴り響く。
《警告:重大なダメージを検出しました。スキル【超回復】を発動します。自己回復には約三秒の猶予時間が必要です》
《カウント開始:ワン……ツー……》
(くっ……動けない……! けど、これって……)
霞む視界の中、オーガがゆっくりとセラの元へ歩み寄ってくる。セラの頭部を狙って、血の滴る鉄棍棒を冷酷に振り上げる。
《スキル【超回復】実行完了》
脳内にアナウンスが鳴り響いた瞬間、セラの全身にはち切れんばかりの活力が漲る。
「ふううぅーーんッ!!!」
セラは肩から勢いよく半身を起こして横にゴロゴロと転がり、間一髪のところでオーガの一撃を避ける。
セラの体は、眩い琥珀色の光に包まれている。
《解説します:スキル【超回復】による肉体強化が反映されています》
体中に力が溢れ、全身の筋肉が、輝くようにパンプアップしている。
(そうだ……。アタシの体、受ければ受けるほど、強くなる……!)
オーガは地面に突き刺さった鉄棍棒を引き抜こうと、両手で力を込めている。
そこに、セラが戦っている間に正気を取り戻したレオが、渾身の闘気を込めた気弾を放つ。
「止まっている相手になら……! 俺だってッ!!」
気弾はちょうど鉄棍棒の持ち手あたりに炸裂し、バチィィン! とゴムの弾けるような音を立ててオーガの手から武器を弾き飛ばした。
「ナイス! ナーーイスッ!!!」
セラは大きく手を叩きながら、堂々たる足取りでオーガへと歩み寄る。
そして、弾き飛ばされた鉄棍棒を踏みつけて言う。
「いいガタイしてんのに、棒っきれ振り回すだけじゃ、もったいないよねぇ…?」
セラはオーガに正対して腰を落とし、両手を高く上げ、指を大きく開いて、いわゆる「手四つ(てよつ)」の体勢で、腕と腕で押し合う形へと誘う。
「“力比べ”しようぜ……! なあ、オイ!!」
レオが信じられない様子で目を見開き、悲鳴にも似た声を上げる。
「バ、バカやろう!! せっかく隙をつくったのに……!!」
「おらぁぁーー!! 組んでこいやああぁぁぁーー!!!」
プロレスラー朱雀セラは、大胆不敵。どんな強大な相手にも、決して臆することはない。
オーガは両腕を高く振り上げ、組み付くというよりは、その巨体を叩きつけるように、セラに覆いかぶさってくる。
「セ、セラァァッ!!!」
レオの叫びは、両者の組み合う鈍い衝突音にかき消される。
土煙が上がる中、レオはがっしり四つに組み合う巨魁の魔獣と一人の小柄な女の姿を見る。
セラは全身から淡い琥珀色の光を放っており、その光は、まるで血管のように脈動しながら、セラの全身を覆っていた。
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