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第7話:忍び寄る卍

「……こっちだ。魔物の気配がある。それに、魔精草の甘い香りが微かに残ってる」

 レオが街道から外れた獣道を進みながら、地面の草の倒れ方や足跡を指し示した。Dランクの駆け出しとはいえ、ギルドでの基礎訓練や日々の採取クエストで培った技術は確かなようだ。

「へえ、やるじゃん。頼りになるね」

 セラの言葉に、レオは少し照れくさそうに鼻の頭を掻く。

 二人が森の奥へと足を進めると、やがて視界の開けた場所に出た。そこに、奇怪な声と肉を焼くような嫌な匂いが漂ってきた。

 岩場に身を隠し、セラがこそこそと様子を窺う。そこには、赤茶けた皮膚と豚のような顔、そして筋張った屈強な肉体を持つ魔獣、オークがいた。数は六匹。奪った馬車の荷物を取り囲んでおり、馬車の荷台には、マルコが言っていた『魔精草』の入った木箱が積まれている。


「六匹か……。レオ、あの魔獣は、頭が切れるタイプ?」

「あいつらはオーク。ゴブリンよりも知恵がある。正面から突っ込むのは不利だ。腕力もあるし、集団で行動しているところを見ると、統率もとれているみたいだ」

「だよねえ……。なら、リングインの前に、かるく場外乱闘といこうか……!」

 セラは小さく笑い、レオに向かって人差し指を口元に当てた。

「アタシが裏から回って、こっそり数を減らすよ。レオはここで見張ってて」

「えっ? お、おい、素手でどうやって――」

 レオが止める間もなく、セラは猫のようにしなやかな動作で、物音ひとつ立てずに茂みの中へと消えていった。

 セラは風下の位置から、一番外側で見張りをしていたオークの背後へと忍び寄る。

 相手が退屈そうにあくびをした瞬間、セラは音もなく跳躍し、オークの太い首元に背後から右腕を巻き付けた。スリーパーホールド。裸絞めだ。

(暴れるなよー、子豚ちゃん。すぐに気持ちよくなるからねー……)

 セラは左手で相手の後頭部を押し込み、頸動脈をガッチリと圧迫する。オークは「ッグッ……!?」と短い声を上げ、もがこうとしたが、セラの的確な絞めつけにより、何の抵抗もできずに手を泳がせた。

 わずか数秒でオークの体から力が抜け、セラはその体を音も立てずに草むらへと横たえた。

(よし、まず一匹)

 セラは流れるような動作で、もう一匹の孤立しているオークの背後へ回り込む。今度は相手の腕をとって首元に巻き付けるコブラクラッチで、相手の声を喉元で押し潰しながら絞め上げ、静かに地面へと沈めた。


 そして、三匹目に近づこうとした、その時。

 地面に落ちていた乾燥した枯れ枝が、セラの足元でパキッ、と鋭い音を立てて弾けた。

「ブゴッ!?」

 近くにいたオークが敏感に反応し、素早く振り返る。草むらに倒れている仲間と、そこに立つセラの姿が、オークの濁った瞳に映し出された。

「ブゴォォォンッ!!」

 オークの警戒の咆哮が静かな森に響き渡る。残された三匹のオークが一斉に武器を掴み、真っ赤に血走った目でセラを睨みつけた。

「しまった、バレたかぁ。まあ、場外戦はここまでだね!」

 セラは隠密行動を諦め、堂々と立ち上がってファイティングポーズを取った。

 一番手前の大柄なオークが、巨大な鉄の大槌を振り回し、セラに向かって突進してくる。

 横薙ぎに放たれた大槌の猛撃。凄まじい風圧を伴う一撃が、セラの脇腹へと迫る。

 だが、セラは一歩も退かず、大槌の軌道に敢えて自分の体を預けるように踏み込んだ。

 セラの体に重い打撃の衝撃が走る。しかし、攻撃を受けた瞬間、セラの肉体は自動的に【超受身】を発動させている。大槌の破壊エネルギーはセラの強靭な体幹に吸収され、わずかな余波を残して消し去られる。

 オークの持つ大槌はビィィンと、甲高い音をたてて振動し、痺れた両腕が力なく下に垂れる。

「ブガガッ!?」

「なかなかいいスイングじゃん。……でも、ここからはアタシの見せ場だよ!」

 セラはオークの痺れた右腕をガシッと掴み、自分の左足を相手の太ももに引っ掛けた。そのまま相手の体を滑り上がるようにして、自身の右足をオークの首元へと巻き付ける。

「極(き)めるよ! オクトパスホールドォォーーッ!」

 セラの体が、オークの巨体に絡みつくようにして、美しい「卍(まんじ)」型となる。

 脇の下から相手の腕を極め、首と脇腹を同時に絞め上げる、プロレスの定番の関節技、卍固めだ。

「ブ、ブゴォォォッ!?」

 関節の激痛と頸動脈の圧迫により、オークが苦悶の悲鳴を上げる。残る二匹が助けに入ろうとするが、セラはオークを極めたまま、その巨体を盾にするようにくるりと回り込み、敵の接近を阻む。

 そのまま締め続けること数秒、オークは白目を剥いてその場に崩れ落ちた。


「ブギィィィッ!」

 残る二匹のオークが、武器を振り回して同時に襲いかかる。

 セラは倒れたオークを踏み台にして鋭く跳躍し、空中で見事なドロップキックを放って一匹を吹き飛ばした。そして着地と同時に、走り寄ってくる最後のオークの足と足の間を滑り抜け、するりと背後をとると、再び、流麗なオクトパスホールドを極めて締め落とした。

 吹き飛ばされた最後の一匹は、うつ伏せ状態の体を起こそうとしたところで、背中からセラに飛び乗られる。

「さあ、コイツでフィニッシュだ!」

 セラはオークの背中に馬乗りになり、両腕を自分の両膝でホールドし、両手でがっちりと首元を掴んで、そのまま全体重をかけて後方へ絞め上げる。キャメルクラッチだ。

「グゥッ、ゥゥゥゥゥ……」

 声にならない声と共に、オークの意識は彼方へと消え去っていった。


「ふぅ……。これで全部かな」

 セラが大きく息を吐くと、物陰からレオがおずおずと出てきた。その目は、驚きと畏怖に満ちている。

「あんた……本当に、何なんだ。その技はいったい……。剣も魔法もなしで、あのオークの群れをたった一人で……?」

「だからぁ、プロレスだってば、プロレス。アタシは“四十八の殺人技”の使い手ッ!」

 セラは、わーははは、と豪快に笑いながら、レオの肩をばしばし叩いた。

「そういえば、レオ、あんたも何か技を使うんでしょ? さっき移動してる時に言ってた『闘気(オーラ)』ってやつ。見せてよ。剣士が使う自己強化の技なんだよね?」

「あ、ああ……。見せるのはいいけど、期待しないでくれよ。俺のは、出来損ないなんだ」

 レオは自嘲気味に呟きながら、長剣を抜いて気を練り始めた。

 レオの体から、うっすらと青い魔力の光が立ち上り、それが剣の刃へと集中していく。

 だが、その光は、鋭い刃の形を成すことはなかった。

 レオが気を込めると、剣の先から青い闘気の光がビヨーンと伸び、まるでアメ細工のように糸状になって、空中でゆらゆらと揺れはじめたのだ。

「おおっ! なにこれ、ぷるぷるだ! かわいい!」

 セラは楽しそうに、弾性のある闘気の光をつっつく。

「……ほらな」

 レオは落ち込んだように肩を落とした。

「普通の剣士なら、闘気を武器に纏わせて、剣の硬度や切れ味を強化するんだ。身体能力を高めるタイプもある。でも、俺の闘気は、どうやっても『硬く』も『鋭く』もならなくて、こうして伸びて弾むだけ。使いものにならないゴミオーラなんだよ……」

 レオはひも状の闘気の塊を剣の先でくるくると回し、自ら掴んで引っ張って見せた。いかにも弾力のありそうな光の糸が、ビヨーンビヨーンと伸び縮みする。

 それを見たセラの瞳が、キラーンと輝いた。

「……ねえ、レオ」

 セラはレオの肩をがっちりと掴み、顔を至近距離まで近づけた。

「それ、もう少し太いロープみたいにして、ピーンと張り続けることって、できる?」

 突然の接近に、思わず心臓がどきりとし、レオの顔が紅潮する。

「え? あ、ああ……。太さを変えることくらいなら簡単だけど……それがどうしたんだ……?」

「へえ……簡単、なんだ……」

 セラは満面の笑みを浮かべ、期待に溢れた声で言った。

「何が『ゴミオーラ』よ。あんた、やっぱり最高のパートナーだわ!」

 レオの肩を掴んでぶんぶん前後に振ると、剣先のゴム闘気がぶるんぶるんと震える。

「ちょっと練習しよう! 練習!」

「れ、練習? 『魔精草』は? それに、俺の闘気はどんなに練習しても……」

「いーから、いーからーー!」

 オークの野営地には、すでに動かなくなった魔獣が六体。『魔精草』の木箱はわずかな数しか確認できず、多くはすでに持ち去られているようだ。そして、突然はじまった謎の「練習」。

 二人の初クエストは、まだ続いていた。

お読みいただきありがとうございます!

この作品を見つけてくださったこと。1話でも読んでくださったこと。本当に奇跡のように嬉しいです。

【ブックマーク】や【評価(★★★★★)】もどうぞよろしくお願いいたします!

( ͜ ★ ・ω・) ͜ ★

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