第6話:アンダーカード
「世間知らずの小娘が……舐めやがって……!」
戦士たちの中でもひと際大柄な男が、テーブルを跳ね飛ばす勢いで立ち上がった。
身長は二メートル近く。丸太のような腕と、分厚い鉄の胸当て。背中には大斧を背負っている。
この男は、重戦士バルガス。これでもオルトのギルドでは中堅にあたるBランク冒険者であり、新人に舐められて引き下がるわけにはいかなかった。
「そのふざけた口、二度と開けねえようにしてやる!」
バルガスが凄まじい重圧でセラへと迫る。ギルド内の冒険者たちが、興奮の声を上げた。
「おいおい、バルガスが本気だぞ!」
「あのアホ女、街外れまで吹き飛ぶんじゃないか?」
止めようと身を乗り出す緑の髪の受付嬢が、悲鳴混じりの声を上げる。
「お待ちください! ギルド内での私闘は、規約で厳重に禁止されて――」
「……私闘? そんなんじゃないよ。ねえ、センパイ」
セラは受付嬢に見向きもせず、バルガスを睨みつけ、冷ややかに笑いながら言った。
「これは『エキシビション・マッチ』。つまり、デビュー前の前座だよ。腕相撲とか力比べみたいなもん。……ほら、さっさとかかってきなよ、デカブツ。じゃなかった、センパイ」
「てめえぇ、死ねやァァッ!!」
怒り狂ったバルガスが、丸太のような右拳を振りかぶった。
闘気こそ纏っていないものの、その巨躯から放たれるストレートは、まともに食らえば牛をも即死させる威力だ。風を切り裂く拳が、セラの顔面へと一直線に向かう。
避ける隙はいくらでもあった。だが、セラはやはり、避けない。
顎を少し引き、両足を床に踏み締め、その一撃を額のあたりで真っ向から受け止めた。
単なるパンチとは思えない、鈍い重低音がギルド中に響き渡る。
セラの足元に衝撃の波が走り、ギルドの木製の床板がメキメキと軋んだ。
「がはは! まともに喰らいやがっ――」
バルガスが勝利を確信して口角を上げた。
しかし、その笑みはすぐに引きつった。
セラの頭部が、殴られた衝撃でほんの数センチ斜め後ろに傾いただけだったからだ。
セラは首の筋肉を収縮させ、顔面に受けたエネルギーのすべてを【超受身】で完全に受け流していた。もちろん傷ひとつない。目眩すら起こしていない。
「……嘘、だろ……?」
バルガスのこめかみから冷や汗が流れる。手応えはあった。だが、この細身の娘からは決して想像がつかない、硬質で屈強な、そしてしなやかな「何か」を殴ったような感覚だった。
「威勢がいいわりには、軽いパンチだね。センパイ」
セラは首を左右にゴキリと鳴らし、冷たい瞳でバルガスを見上げた。
「相手の技をしっかり受けるのが、アタシの流儀だけど……この程度なら、もうお返ししてもいいよね?」
「な、ナメるなァッ!」
怒りで正気を取り戻したバルガスは、今度は右足で渾身の中段蹴りを放つ。
だが、その蹴りは、難なくセラの脇にキャッチされてしまった。
「くそ、放せェッ!」
セラはバルガスの太い足をロックし、バルガスは片足でぴょんぴょんと情けない動きをする。
「あんたはさっき、アタシを踊り子かなんかだとも、言ったよね?」
セラは、脇に抱えてロックしたバルガスの足へ自身の重心を集中させた。
「あんたが踊りなよ。くるくると、ね」
そして、セラは抱えたバルガスの足を支点に、自身の体を目に見えないほどの超高速で回転させた。ドラゴン・スクリュー。相手の片脚をねじり、回転に巻き込んで引き倒す技だ。
「う、うおおーー!? なんだ、体が……回るぅぅーー!?」
バルガスは空中できりもみ状に回転し、しばらく後、その巨体は足からギルドの床へ垂直に突き刺さった。
途方もない回転力が生まれたためか、バルガスはネジのように回りながら床へとめり込み、上半身だけが出ている状態で、目を回して気絶していた。
静まり返るギルド。
さきほどまでヤジを飛ばしていた荒くれ者たちは、口を半分開けたまま、全員が石像のように固まっていた。Bランクの重戦士バルガスが、素手の得体の知れない女に、一瞬で黙らされたのだ。
セラはゆっくりと立ち上がり、体から埃を払う仕草をした。
「ふぅっ。前座だし、こんなもんでいいか。……で、登録はできそう?」
セラがにっこり笑って受付嬢に向き直ると、緑の髪の受付嬢は、引きつった笑みを浮かべながら、小刻みに頷いた。
「は、はい……! ただいま、登録証を発行いたしますーー!」
受付嬢は震える手で金属刻印機を操作し、一枚の銅プレートをセラへと差し出した。そこには、セラの名前と共に、はっきりと刻印されていた。
――朱雀セラ:職業【プロレスラー】
「わー、ありがとう! かっこいいじゃん。大事にするよ!」
周囲の冒険者たちは、セラと目が合うのを恐れるように一斉に視線を逸らした。先ほどまでの冷やかしも、野次も、綺麗さっぱり、消え失せていた。
レオが呆然としながら、セラの隣に歩み寄る。
「あんた……。本当に、何者なんだよ……」
セラは誇らしげに、さっきもらったばかりの銅プレートをレオに見せつけた。
「ほらこの通り、ギルド公認の、プロレスラーだよ!」
セラが胸を張って言い放った、その時。ギルドのスイングドアが、バァン、と音を立てて勢いよく開かれた。
「セラさん! レオさん! ここにいらっしゃいましたか!」
現れたのは、さきほど助けた老商人、マルコだった。
その顔は青ざめており、息を切らし、額には大量の汗を浮かべている。
「マルコさん? どうしたの、そんなに慌てて」
「たた、大変なことになりまして……! 先ほど、街に納める予定だった『魔精草』を積んだ予備の荷馬車が、街のすぐ近くの街道で魔獣の群れに襲撃された、との知らせが入ったのです!」
セラは、レオと視線を合わせ、それから不敵に笑った。
「魔獣退治に、薬草の回収、ね。……いいじゃん、アタシらでやったろうじゃん!」
お読みいただきありがとうございます!
この作品を見つけてくださったこと。1話でも読んでくださったこと。本当に奇跡のように嬉しいです。
【ブックマーク】や【評価(★★★★★)】もどうぞよろしくお願いいたします!
( ͜ ★ ・ω・) ͜ ★




