第3話:邂逅の道
甲高い金属の擦れ合う音が、再び森の静寂を切り裂いた。
一度聞こえ始めると、それは連続的な打撃音へと変わり、微かに獣の咆哮のような声まで混ざり始める。
「誰かが、戦ってる……?」
セラは顔を上げ、音が響いてくる方角を見つめた。
行かないという選択肢はなかった。この見知らぬ世界で生きていくためには、何よりもまず情報を集めなければならない。この世界の実態を知る絶好のチャンスだ。
セラは軽く地面を蹴った。
その瞬間、彼女は自分の体の異変を感じ取った。
(えっ、速っ……!?)
ほんの少し踏み込んだだけなのに、まるで矢のように体が前へと飛び出したのだ。
木々の間をすり抜ける速度は、元の世界での全力疾走を遥かに凌いでいる。木の根や藪を跳び越える跳躍力も、まるで重力が軽くなったかのようだ。
《解説:スキル【超回復】による身体強化が反映されています。受けたダメージに応じて、回復後に身体が強化されます》
またしても脳内に響く無機質なアナウンス。
「やるじゃん、アタシの体! すごいよ!」
セラは不敵に笑いながら、更に加速した。木々の梢が後ろへと激しく流れ去っていく。
この圧倒的な万能感と躍動感は、泥臭い鍛錬を重ねてきたアスリートであるセラにとって、極上の快感だった。
やがて、鬱蒼とした森が途切れ、前方に一本の砂利道が見えてきた。どうやら人の手によってつくられた街道のようだ。
セラは街道の脇の茂みに身を隠し、音の発生源を観察した。
「あれって……かなりヤバい状況なんじゃ……?」
街道の路上には、一台の大きな荷馬車が立ち往生していた。
それを囲むようにして、さきほどセラが倒したのと同じ緑色の小鬼、ゴブリンが二匹いる。さらに、それより一回り大きく、犬のような顔に鋭い牙を持つ二足歩行の獣、コボルトが三匹、武器を手にして群がっている。
馬車の陰では、身なりの良い老人が頭を抱えて震えていた。行商人のように見える。
そして、その前方では、一人の少年が必死に鉄の長剣を振るっていた。
「くそっ、こっちに来るな! うおおぉぉぉッ!」
少年は革の鎧を身にまとっているが、そのあちこちは既に引き裂かれ、腕にも足にも血が滲んでいる。
剣の振りは鋭い。それなりに訓練を積んだ冒険者なのだろう。だが、敵の数が多すぎる。圧倒的に不利な状況だった。
「ギャギャッ!」
「グルルァッ!」
魔獣たちは賢かった。正面から少年の剣に挑むことはせず、一匹が注意を引きつけ、残りの数匹が死角から回り込んで少年の隙を狙っている。
少年がゴブリンの棍棒を剣で弾いた瞬間、背後からコボルトが飛びかかり、その背中を鋭い爪で引き裂いた。
「がっ……は……!?」
少年が苦悶の声を上げ、前のめりに倒れそうになる。
ゴブリンたちが勝ち誇ったように耳障りな声を上げながら、包囲網を狭めていく。
セラは茂みの中で、ひとしきり考えていた。
さっきの自分のとんでもない脚力。いま体に満ち溢れている、この得体の知れない力。
この世界のことはまだよくわかっていないが、やれるのではないか。
いや、やれる。助けられる。
そう思った時には、既に体が動いていた。
撃ち出された弾丸のように、さっきよりも更に速く、視界の端が歪むほどのスピードで、セラは疾駆した。
半円状に少年を取り囲むモンスターのうち、二匹のゴブリンがセラから近い位置にいた。
セラは、その二匹の背後へ風のように駆け寄った。そして、前方へ跳躍しながら、両手にひとつずつゴブリンの頭部を鷲掴みにし、ダブル・フェイス・バスターで地面へしたたかに叩きつけた。
何かが潰れる鈍い音と共に、セラのダッシュの勢いそのまま、ゴブリンの二つの顔が地面に擦り付けられて二本の線を描く。
ゴブリンは顔面を地面に埋めたまま、ぴくりとも動かなくなった。
「おおおらっしゃああぁぁーー!!!」
セラは雄叫びを上げて立ち上がり、残されたコボルトと少年との間に、マッスルポーズで立ち塞がった。
「なな……だ、誰だ!?」
絶望の淵にいた少年が、驚愕して目を見開く。
砂埃が舞う街道の中央。そこに立っていたのは、踊り子のような赤とオレンジのド派手なコスチュームに身を包み、不敵な笑みを浮かべた若い女だった。
「よおー。少年!」
セラは倒れているゴブリンと、呆然と立ちすくむ三匹のコボルトたち、少年を順番に見据えた。
「残りは三匹。こっからは、三対二の変則タッグマッチだ!」
少年は、あまりの事態にあっけにとられ、一瞬ぽかんと口を開けたが、頭を振って、すぐに我に返った。
「な……なんだよ、その格好っ……!! 武器は!? 防具は!?」
少年の叫びはもっともだった。鎧も着ず、剣も盾も持たず、ただ肌の露出の多い派手な衣装だけで魔獣の群れの前に立つ女など、正気の沙汰ではない。
「え? なんにも、持ってないけど。プロレスラーは、全身凶器だぜ! はっはー!」
セラは、親指で自分の胸を指し示して言う。
「あとは任せて、ホラ」
セラは、少年に自分の右手を差し出し、手をひらひらする。
「……え?」
「手ぇ出してって、ホラ」
全く意味がわからないまま、少年はセラの手に自分の手を合わせる。
「はい、タッチー! いくぜコラぁぁぁ、犬コロどもぉぉ!」
セラは首の骨をゴキリと鳴らし、両腕を大きく広げた。
すかさず、一番体格の小さなコボルトが、セラの喉元を引き裂くべく大きく跳躍した。
鋭い爪が、陽光を浴びてぎらりと光った。
お読みいただきありがとうございます!
この作品を見つけてくださったこと。1話でも読んでくださったこと。本当に奇跡のように嬉しいです。
【ブックマーク】や【評価(★★★★★)】もどうぞよろしくお願いいたします!
( ͜ ★ ・ω・) ͜ ★




