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第29話:最後の作戦

 コルダ王とライサの肩を借りてクレーターから出てきたセラの周囲に、淡く温かい星光を放つ回復の魔法陣が幾重にも展開された。

 南側の巨人の軍勢を見事に撃破した第一騎士団長のルサーノ、魔法師団長のアマテア、そして大魔法の使用で消耗したコルミィ王妃までもが駆けつけ、クレーターの周囲へと集まってくる。


「見事な戦果だ、セラ殿! もはや言葉もない。心からの感謝と称賛を……」

 ルサーノが兜を脱ぎ、額の汗を拭いながら真摯な面持ちで礼を述べた。

 アマテアは、杖を片手にセラの闘衣の状態と肉体の回復具合を確認し、驚嘆の表情を浮かべている。

「本当に、とんでもない無茶をなさる……。この衣や体が、これほど傷つくことがあろうとは……」

「ですが、おかげで王都アストラムは守られましたわ!」

 コルミィ王妃が明るく微笑み、張り詰めていた空気がようやく緩みかけた――その時だった。


 北の方角から地を這うように流れてきた紫色の濃密な瘴気が、大穴の中に横たわる火竜の巨体へ一気に流れ込んだ。

 火竜の骸がドクドクと不気味に脈打ち、黒い粘液に包まれて溶解し始める。その異様な光景に、全員が再び息をのみ、武器を構えた。


「フ……ハハハハハ……! まさか、これで終わりだと思っておるのか? 愚かなる人族どもめ……」

 溶解する竜の肉塊の中から、妖魔神フォベトールの姿が不気味に浮かび上がり、火竜の骨や肉とドロドロに溶け合い、混じり合いながら、何かのかたちを成していく。

 瘴気の嵐が激しく吹き荒れ、穴の底から現れたのは、八つの巨大な首を持つ、漆黒の鱗に覆われた多頭の魔獣だった。

「こ、この魔物は……ヒュドラ……!! まさか、あの最悪の化物が……!!」

 その魔獣を目にした瞬間、コルダ王が、見たこともないほどに狼狽え、顔を青ざめさせた。その体は、怒りと恐怖で小刻みに震えている。


 八つの頭を持つ漆黒の邪竜ヒュドラ。それはかつて、コルダ王が生まれ育った北の祖国を、たった一匹で壊滅に追い込み、一夜にして毒の海へと沈めた悪夢の魔獣だった。

「み、皆の者、気を引き締めぃ!! 奴はただの魔獣ではない! 首を斬っても再生し、その全身から滲み出る毒の霧は、触れるものすべてを蝕む猛毒ぞ!」

 コルダ王の魂の叫びが響く中、ヒュドラの八つの頭が一斉に天を仰いで咆哮を上げ、黒い毒霧を周囲に撒き散らしながら、防壁に向かって進撃を開始した。


「セラ殿の、そしてコルダ王の闘志を繋ぐのだ! 我が国を終わらせるな! 突撃!」

 セラの神がかり的な活躍を見て発奮していた騎士団と傭兵たちは、命懸けでヒュドラへと挑みかかった。

 騎士団長ルサーノが白銀の愛馬を駆り、鋭い一撃でヒュドラの首を一本跳ね飛ばす。

 ライサも雄叫びを上げながら大剣を両手で振り抜き、もう一本の首を豪快に斬り落とした。

 コルダ王も、大剣から放つ闘気の真空刃で、中央の首を見事に切断する。

 しかし、切り落とされた三本の首の切り口から、ドクドクと黒い血が噴き出したかと思うと、一瞬にして新しい首が再生し、元の八つの頭に戻ってしまった。

「嘘だろ……!? 本当に一瞬で元通りになりやがった! これじゃあキリがないよ!」

 ライサが驚愕と絶望の声を上げる。

 さらに、最悪なことに、ヒュドラが撒き散らす高濃度の毒霧が戦場全体に広がり始めていた。

 霧を吸い込んだ兵士たちが次々に激しく咳き込み、その場にバタバタと倒れ込んでいく。アマテア率いる魔法師団が必死に広域の解毒魔法と回復魔法を展開するが、被害が大き過ぎて治癒が追いつかない。


 ヒュドラは倒れる兵士たちを踏みつぶし、じりじりと王都の防壁へと迫っていく。このまま街の中に入られてしまえば、かつてのコルダの祖国のように、王都アストラムは数万の屍とともに死の都と化してしまうだろう。

「おのれ……! またしても、我が第二の故郷も、滅ぼそうというのか……!」

 コルダ王は血が滲むほど拳を強く握りしめ、悔しさに涙を流した。

「……陛下。皆にこの場から離れるよう号令を。私が、もう一度【メテオスウォーム】を撃ちます」

 コルミィ王妃が静かに、しかし決然とした声で申し出た。

「バカを言うな、コルミィ! お前の魔力は既に底を突いているはずだ! 撃てるわけが――」

「我が命と引き換えに、膨大な魔力を得る禁忌の術がございます。王家の務めを果たさせてください。どうか、お許しを……」

「ダメだ! そんなことは絶対に許さん!」

「陛下……! 街に入られれば、すべてが終わりなのです! この国と、民を守るためなら、私の命など……。あなたに出会えて、私は十分に幸せでしたわ……」

 コルミィの悲痛な説得に、コルダは言葉を詰まらせた。最愛の妃の命を犠牲にして国を救うか、それとも、城を枕に全員で共倒れになるか。

 血の滴る拳を見つめながら、コルダは喉をかきむしるような声で言った。

「……すまぬ、コルミィ。……魔法を、魔法を、たの……」

 王の苦渋の決断に、傍らにいたライサも表情を歪め、何も言えずに俯いた。

 王妃が静かに目を閉じ、杖を掲げて、王家の秘術の詠唱を始めようとした――その時。


「ちょぉぉぉっと待ったぁぁぁーーー!!!」

 王と王妃の背後から、セラとレオ、そしてエミーの三人が大きく手を振りながら走り寄ってきた。

「セラ!? お前、まだ戦場に……。そんな体で……!」

「王様、王妃様、諦めるのはまだ早いよ! アタシたちに考えがある! お願い、アタシたちに協力して!」

 セラの力強い言葉に、コルダ王は涙を拭い、セラに向き直った。

「考えだと!? あのヒュドラは斬っても斬っても無限に再生する! おまけに全身毒まみれだ! 近づくことも、倒すこともできん!」

「うん! それはレオにも、エミーにも聞いた!」

 セラはニヤリと笑った。エミーが遠慮がちに言葉を続ける。

「へ、陛下、お、恐れながら……。確かに、あれはヒュドラ。かつて北の国を滅ぼした凶悪な魔物です。討ち果たしたとの記録はどこにもありませんが、古い書物によれば、八本の首すべてを“いっぺんに”切ればよい、とあります」

 セラはこくこくと頷いている。

「そんな……。神話の時代のお伽話であろう? それに、そのようなことが……」

 ヒュドラの首は八本。ぞれぞれが意思を持ち、バラバラに動いている。同時に斬ることなど、できるはずがない。


「王様、ライサ。アタシとレオがあいつの首を絡ませて、一本にまとめる。アタシに毒は効かないし、レオは闘気で頑丈なロープをつくれるの! あいつの首がまとまって、動きが止まったら、二人でせーのでぶった斬って!」

 コルダは、セラの作戦のあまりの現実味のなさに、唖然としていた。一方のセラは、真剣そのもの。これ以上ないほどの真顔で、二人の答えを待っていた。

 セラの大真面目な顔を見て、ライサは思わず吹き出してしまった。

「プッ、ハッハー! やっぱり、お嬢は最高だな!」

 ライサはコルダ王の肩に手を置き、煽るように言う。

「……辛気臭えのはやめにしようぜ、旦那。タダで死ぬより、この無茶苦茶な作戦に乗った方が百倍おもしろそうだ。アタシは乗ったぜ!」

 ライサの言葉に、セラが力強く頷く。そして、セラとライサの情熱は、コルダ王の心にも火をつけた。

「……フッ、そうだな……。ワシとしたことが、最後まで戦い抜くことを恐れるとは……。セラ、レオ、その作戦、乗ったぞ!!」

 コルダ王の瞳に、再び覇気が宿った。王妃コルミィは杖を下ろし、深いため息を漏らしていた。


 セラは大きく息を吸い込み、戦場に響き渡る大声で叫んだ。

「よおーっし! 王国のみんな、最後の踏ん張りだ! あのニョロニョロ毒トカゲを、ぶっ倒すよ! 根性出していくぞぉぉぉーー!!!」

 絶望的な戦場の中、微塵の陰りも感じさせないセラの掛け声は、満身創痍の戦士たちが最後の力を振り絞るのに十分だった。まだ、希望がある。英雄セラが、何かをしようとしている。


「アタシたちも行くよ! ここまで来たら理屈はなしだ! 生き残って、お前たちも英雄になれ!」

 ライサが傭兵たちに叫び、手練れ数名とともに飛び出していく。みな手傷を負い、とうに限界を超えている。だが、その魂には、この戦場を戦い抜く覚悟が刻み込まれていた。

「姉御、死んだら化けて出ますぜ」

 片時もライサから離れず、その背を守り続けた双剣使いが、こんな時にも軽口を叩く。

「ふん、やめときな。アタシは、死んじまう奴はキライだよ。死ぬ気で生き残りな! いくぞッ!!」

 息を吹き返した王国軍は、邪竜ヒュドラを討ち果たすべく、再び戦場へと繰り出していった。

お読みいただきありがとうございます!

この作品を見つけてくださったこと。1話でも読んでくださったこと。奇跡のように嬉しいです。

【ブックマーク】や【評価(★★★★★)】もどうぞよろしくお願いいたします!

( ͜ ★ ・ω・) ͜ ★

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