第28話:天翔ける不死鳥
防壁の最も高い場所にそびえ立つ、石造りの監視塔。
レオの「星紐」に引っ張られ、激痛に耐えながらその天辺へと登り詰めたセラは、冷たい強風の中で立ち上がった。
そこからの景色は、息をのむほど美しかった。
戦火に包まれているとはいえ、王都アストラムの街並みと、そこを流れる大河が一望できる。
「ひゃああー。高いねぇー……」
セラは風に髪をなびかせながら、眼下の世界を見下ろした。
この世界に来て出会った人々。不器用だけど、いつも背中を守ってくれたレオ。夫婦漫才のように仲が良いコルダ王とコルミィ王妃。そして泥臭くも熱い生き方を教えてくれたライサや傭兵たち。温かく迎え入れてくれた、たくさんの人々。
そして――この世界に来る「前」、リングの周りにそびえ立つ冷たい金網を登り、決死のダイブを敢行しようとしていた、前世の自分の姿。
「バカと煙は、って言うけど……結局、またこんなところに戻ってくるわけね……」
セラは自嘲気味に小さく微笑んだ。
体は少しずつだが回復してきている。だが、呼吸をするたび全身が軋むようだ。この高さからあの巨大な火竜を目がけて飛び降りれば、今度こそ本当に死んでしまうかもしれない。
「……だっさ! 飛ぶ前に落ちること考えるバカが、どこにいんのよ!」
セラは両手で自分の顔をビンタする。弱気の色は一瞬で消え去った。
プロレスラーとしての、そして一人の表現者としての理屈を超えた闘魂が、恐怖の波を押し返した。
その時、眼下のあちこちで、大きなざわめきが起こった。
「見ろ! 監視塔の天辺に誰か立ってるぞ!」
「あの赤とオレンジの服……セラだ! 『魔神殺し』のセラだ!」
「セラだ! セラが何かしようとしているぞ!」
「街を、みんなを、守ってくれ!」
監視塔の上に立つセラの姿を見つけた避難民たち、防壁の上で戦う兵士たち、そして血まみれになりながら戦う傭兵たちが、塔の上に向かって叫び始めた。
彼らはセラが何をするのか分かっていない。それでも、この無敵の英雄に、祈るような声援を送り続けていた。
不思議な力が、光の粒子となって舞い上がり、セラを優しく包み込んだ。
セラの胸元の不死鳥の紋章が、かつてないほど眩く発光する。
「へえ……。アタシのファン、もう、こんなにいるんだ……」
前世のリングで何度も聞いてきた、魂を震わせる歓声。見知らぬ異世界の声援の中には、どこか懐かしい声や、聞き慣れた手拍子があるようにも感じられた。
「……そうだ。アタシはプロレスラー。声援がある限り、絶対に降りることはできないッ!」
全身にみなぎる圧倒的な力。迷いは消え去り、胸の奥から熱い闘志が湧き上がってくる。
「レオ! アタシの後ろにロープを張って! 思いっきりジャンプする!」
「わかった! 任せてくれ!」
レオは素早く「星紐」を操り、監視塔の天辺の狭いスペースに、闘気を込めた三段張りのリングロープをつくりだす。
セラはロープに背中を預け、その弾力を確かめるように二度、三度と体を預けてリバウンドを試す。
「ようし……いい弾力っ! いくよ、レオ!」
「おう!」
セラは雄叫びと共にロープへ全力で背中を叩きつけ、その強烈な反発力を利用して、大空へ向かって跳躍した。
その瞬間、腕に嵌めた重力の腕輪が、セラの意思の奔流に過剰反応した。
キィィィン、という高音と共に、セラの体にかかる重力が「負」へと極度に反転する。
ブンッ、という空気を切り裂く鋭い音を立てて、セラの体は火竜の頭上を遥かに超え、雲に届くかというほどの高度まで一気に飛び上がった。
「わああぁぁぁーーーー! 飛びすぎっ! 高すぎぃぃぃーーーー!!!」
セラは見る見る小さくなる地上の火竜を必死に目で捉えようとする。その姿は、もはや豆粒のような点でしかない。
地上で見守っていたエミーも「ひゃあああ……! だ、だだ、大失敗ぃぃぃぃーー!!!」と両手で目を覆う。
しかし、セラは慌ててはいなかった。
空中で完全に逆さまになりながら、抜群の空中感覚で即座に姿勢を制御する。その眼には、火竜の姿がばっちりと捉え続けられている。
「よおし! 重くなれ! アタシのカラダぁぁぁ!!!」
腕輪に意思を伝えた瞬間、セラの体に強力な重力がのしかかる。
セラは、火竜の脳天目がけてまっすぐに、凄まじい速度で急降下を開始した。
落下速度が限界を超え、周囲の空気が摩擦で真っ赤な炎となってセラの全身を包み込む。
セラは落下しながら、空中で体を何度もひねり、回転し、衝突時のエネルギーを極限まで増幅させていった。
炎を撒き散らし、眩い輝きとともに天から舞い降りるその姿は、美しくも獰猛な、まさに「不死鳥」そのものだった。
「いっくぜぇぇぇぇぇ!!! フェニックス・スプラッシュだぁぁぁぁーー!!!」
もはや目視が難しいほどの、太陽のように眩しい炎を纏い、光の塊となったセラが、火竜の頭頂部に強烈なボディプレスを叩き込む。
王都全体が、まるで巨大な地震に襲われたかのように激しく鳴動した。
凄まじい衝撃が円筒状に広がり、その後、衝撃の波動が王都の防壁を揺らす。
防壁周辺の地面が直径数十メートルにわたって深く陥没し、巨大な凹地をつくり出している。
砂煙が晴れていく中、凹地の中心に現れたのは、頭部があらぬ方向へと折れ曲がり、地面に深く突き刺さって動かなくなった火竜の巨体だった。
そしてその竜の首近くに、闘衣をボロボロにし、大の字で寝転がっているセラの姿があった。
「……。当たっ……た? う、うぅ……。か、体、バラバラに、なりそう……」
自重を重くし、凄まじい速度で地面に叩きつけられたセラの体は、骨という骨、肉という肉が悲鳴を上げており、腕一本動かすこともできず、意識が消え去る寸前だった。
だが、セラの胸の奥にあるプロレスラーの魂が、彼女の体を内側から無理やり衝き動かした。
(……どんなにボロボロでも……先に立ち上がって、ウイニングポーズを決めるのが、プロレスラーだろっ……!)
セラは血まみれの口で歯を食いしばり、気力を振り絞ってゆっくりと上体を起こした。
そして、天に向かって、右手の人差し指を力強く立てた。
体が言うことを聞かず、少し斜めにはなってしまったが、まぎれもない勝者のアピール。
静まり返っていた王都が、地響きのような大歓声に包まれた。
「うおおおおお! 倒した! あの火竜を倒したぞ!!!」
「セラ!」「お嬢!」「セラさん!」
クレーターの底に向かって、コルダ王やライサ、そしてレオやエミーが駆け寄ってくる。
「お前ってやつは! 今度はいったい何をしたんだ!?」
ライサがセラを抱き起こし、誇らしげに肩に担ぎ上げる。そのもう一方には、コルダ王が肩を貸す。
レオは涙を流しながら笑い、エミーは飛び跳ねて喜んでいる。
セラは、この世界に来るきっかけになった前世での決死のダイブを、もう一度思い出していた。
(今度は、ちゃんとやれたみたいだ、ね……)
仲間たちの温かい声と、人々の歓喜の大歓声に包まれ、セラは前世からの宿願を果たした充実感に満たされていた。
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